
アトモス創業者・本明秀文氏が事業を始めたのは1997年頃。原宿で約2.7坪の小さな店「チャプター」をオープンしたところからキャリアが始まった。
きっかけは、代々木公園のフリーマーケットでボロボロのアディダスの靴を「売ってくれ」と頼まれた一件だ。上野で2,900円で買った靴が1万8,000円〜2万円で売れると知り、「これは商売になる」と確信した。アメリカ・フィラデルフィアで学んだ経験を活かし、現地で靴を仕入れて日本で販売するビジネスを始めた。
チャプターが平行輸入中心だったのに対し、2000年に立ち上げたアトモスはメーカーから直接仕入れる業態。フューチャーオーダーで9ヶ月先の商品を確保するこのモデルの方が、商売としてはシンプルだったという。
商社で2年働いた後、「人に使われるのは苦手」と独立した本明氏。当初は本人と母、現在の妻、妹の4人で運営しており、その体制でも年商7億円を記録していた。
「あんまり変わらないですよね。4人でやっても7億」と本明氏は振り返る。当時は円高(80円〜110円)を背景に、内外価格差を活かしたビジネスモデルが極めて利益率の高いものだったという。
転機は35歳の頃。当時の年商は27億円だったが、母から「あなたは自分の才能を殺している。もっと真面目にやれ」と2時間にわたって叱責された。
そこから本気でやろうと決意した結果、売上は次のように推移した。
- 1年目:27億円→29億円
- 2年目:37億円
- 3年目:51億円
- 4年目:75億円
- その後:130億円超
「本当に遊ばない」生活を徹底した結果だという。お酒もタバコもギャンブルも車にも興味がなく、「靴を買うことが自分にとってのギャンブル」と本明氏は語る。
アトモスは最終的に400億円超でフットロッカーに売却された。しかし、本明氏の生活は驚くほど質素だ。
- 起床は毎朝4時、1時間の散歩
- 昼食は自作の弁当
- 夜の外食はほとんどしない
- 経費含めて週5,000円程度の支出
- 月1万5,000円ほど本に使う
- 週末は新宿の喫茶店や紀伊國屋書店で読書三昧
- ゴールドジムでシャワーとサウナを済ませることも
「お金は1つの結果でしかない」「死んだらケツも拭けないゴミ」と語る本明氏。生活水準を一般の人とずらさないことが、商売の感覚を保つ秘訣でもあるという。
「靴で言うと、10万円の靴を100足売るより、1万5,000円の靴を1万足売る方が簡単。貧乏くさいから一般の人がどう思っているか分かる」
売却のきっかけは、長年のパートナーであるジョン・リー氏(韓国系アメリカ人)の存在だった。彼が以前経営していたキックスUSA(75店舗)を135億円でドイツ企業に売却した経験を持っていたことが、本明氏の判断を後押しした。
バリュエーションは、日本で30億円、海外も含めたEBITDAベースで約10〜12倍。「人生は1つしかないから、違ったこともできるかな」というカジュアルな動機もあった。
なお、ジョン氏には事前に8%の株式を譲渡。「36(億)の8%だから結構いいお金」とサラリと語る。
売却後の1年間も会社に残った本明氏が最も後悔したのは、長年連れ添った社員との関係を失ったことだった。
「20年、15年、10年付き合うと、『あれだよ』『あ、あれね』で意思疎通できる人間関係ができる。それを一緒に売ってしまうのは痛い」
第二ラウンドで最も大変なのは、ゼロから人間関係を再構築することだという。前職の社員はロックアップ条項で引き抜けないため、本当にゼロからのスタートになる。
本明氏にとって商売は「未来学」だ。半歩先の未来を予想し、当たった時の打率が経験とともに上がっていく。
例えば、現在大ヒットしている中国のポップマートのキャラクター「Labubu」を見て、「これは1995年のエア・マックスが売れた時と同じ現象だな」と分析する。事例がストックされ、パターンが見えてくる感覚だという。
また、現代について「モコモコしたアクセサリーが売れている」という観察から、「物はいっぱいあるけれど人間関係が薄い時代の裏返しで、人々は柔らかいものを求めている」と考察する。
本明氏は熱心な読書家だ。夏目漱石、ホッブズの『リヴァイアサン』、木村敏(精神医学)、中井久夫、東浩紀など幅広く読む。
「現代とは何か」を考え続けることが、商売における感性を磨く。「過去の人と対話できる」ことが本の魅力だという。
また、現在準備中の新規事業として、パリ在住の中国人実業家とのジョイントベンチャーで飲食事業を構想中。日本でショッピングバッグを持っているのが外国人だけになった現実を踏まえ、「インバウンドを取り込まないとダメ」「トヨタの真似をして外国人に買ってもらうビジネスモデルを作るしかない」と語る。
本明氏が人生を教わったのは、吉祥寺の喫茶店「どん」のおっちゃんだった。6カ国語を話すという異色の存在で、「金を持っていてもバカだから、誰とでも喋るようにしろ」と教えてくれた。
肝臓を患って亡くなる際、おっちゃんは「お前に使ってあげれる時間がなくなった」という意味を込めて、喫茶店をたたんだという。
「自分が溺れた時に酸素ボンベを持ってきて『空気吸いな』と言ってくれる人が1人いるかいないかで、人生は大きく変わる。お金より大事」
あるメディアで本明氏は「商売で1番大事なことは自分を知ること」と語った。商売とは相手の顔に映る自分を見ることであり、嫌なことをされた時にどう対処するかが哲学につながる。
人間の善悪は表裏一体で、捉え方次第で商売ではプラスにもマイナスにもなる。失敗を重ねながら、商売の中で自分を知っていくしかない。
上場やM&Aを検討する若手経営者に向けて、本明氏は次のように語る。
- いい経験も悪い経験もなるべく濃縮して積む
- マーケットと常に対話する(YouTube→ショート、Google→TikTokなど時代のギャップを捉える)
- お金で売却しても本質的な商売観がないと第二ラウンドで失敗する
- 上場すると半年以降は皆暗くなる(コンプライアンス・関係者の増加)
- アイデアと実行力、人の話を盗める姿勢が大事
「お金を持つと簡単に儲けたい人ばかりが寄ってくる。面白い奴は100人に1人」
57歳になった本明氏の関心は、お金ではなく「ちゃんと生きること」にある。亡くなった父親と夢の中で対話し、誕生日プレゼントに「親父ともう1度喋りたい」と思う──そんな感覚こそが、商売を続ける原動力なのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです

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