
オンラインサロンや個人の影響力に依存する属人性の高い事業は、果たしてM&Aの対象になり得るのか。元LINE執行役員でビジネスインフルエンサーとしても知られる田端信太郎氏は、自身が主宰するオンラインサロン「田端大学」を株式会社インクルーシブへ事業譲渡した。本記事では、その経緯と意思決定の裏側について田端氏本人が語った内容を再構成して紹介する。
田端大学の事業譲渡先となったインクルーシブは、メディア系の企業を束ねるネット企業だ。同社代表の藤田氏と田端氏は、ライブドアに同じタイミングで入社し、その後の急成長と転落、再起を共にした「戦友」のような関係性だという。
譲渡の話は、藤田氏側からの打診で始まった。インクルーシブはそれ以前にホリエモンこと堀江貴文氏のメルマガ事業を買収しており、その成功体験があったことが背景にあったとみられる。田端氏自身、「オンラインサロンのような事業を売却するという選択肢があるのか」と、その打診を受けて初めて知ったと振り返る。
田端氏が売却を決めた最大の理由は、自身の働き方に関するこだわりにあった。
「どうしても人を雇いたくない。でも本当に自分1人でできることは限られている。この中でうまい具合にいいとこ取りをぜひしたい」
事業譲渡によってインクルーシブにとっては「田端大学=自分の事業」となる。つまり、スタッフ採用や信用度、人材といったリソースを、田端氏が自分1人で抱え込まずに活用できるようになる。1人でやっていれば自由はあるが、できることは狭められる。その自由を失わないまま、リソースを獲得する手段としての事業譲渡だった。
検討段階では、子会社形式と事業譲渡の両方が選択肢として上がっていたという。最終的に事業譲渡を選んだ理由について、田端氏はこう語る。
「100%子会社の子会社社長と違うから、事業譲渡の方が僕が例えば炎上した時にインクルーシブに迷惑がかかりにくい」
影響力ある個人が看板の事業だからこそ、買い手企業へのリスク遮断を意識した選択だった。さらに、譲渡後も運営自体は田端氏が続ける業務委託契約をセットで結んでいる。田端氏自身、これを「不動産のリースバックのような感じ」と表現する。事業の所有権は移しつつ、運営は元のオーナーが担う構造だ。
売却後にやる気がなくなるのではないかという問いに対しても、田端氏は「別にそういうもんでもない」と淡々と答え、譲渡後も実質的に変わらず運営を続けている。
買い手であるインクルーシブの狙いは、明確な事業戦略に基づいていた。同社の本業は、地方のテレビ局や新聞社、出版社などのウェブサイトの広告枠を預かり、レベニューシェアで還元するアドネットワーク事業だ。地方メディアが自前ではネット広告の専属営業部隊を持てない、という課題に応えるビジネスである。
上場から1〜2年が経過し、さらなる成長を目指す中で打ち出されたのが、B2Cの有料課金コンテンツ事業の強化だった。これをゼロから立ち上げるよりも、既に支持を集めるコンテンツを買収した方が早い──堀江氏のメルマガ事業や田端大学の取得は、その戦略の一環だった。
M&Aの前後で、田端氏自身のビジネス観にも変化が生まれた。オンラインサロンは「弱者ビジネス」「新興宗教ビジネス」と揶揄されることが増えていた。田端氏はその理由を「曖昧な目的で人を集めて、無期限で課金するから」と分析する。
そこで田端氏は、新たに「Twitterブートキャンプ」のような期限付き・成果具体型のプログラムへとシフトを進めた。「あなたのフォロワーが増える」「経営者に対して人が採れたり、見込み客が増える」といった具体的な成果を提示し、期限を切って提供する形式だ。現在準備中のオンラインスクールでも、参加者同士が横で繋がりすぎないように設計しているという。
「2〜3年ごとに、DJミックスのように少しずつ色が変わっているぐらいがちょうどいい」
これは、固定的な事業に依存せず、社会の評価軸の変化に合わせて自身の事業ポートフォリオを再構成し続ける田端氏の姿勢を象徴する言葉だ。
インタビューでは、田端氏のエンジェル投資についても話が及んだ。出資先の一つに音声プラットフォームのVoicyがあり、田端氏は1500万円ほどを投じているという。
Voicyの代表・緒方氏に投資を決めた理由について、田端氏はこう語る。
「若くてファイナンスのこともよく分かっていない人が夢だけ語って『俺たちが世界を変えます』と言うパターンとは違う。緒方さんは、無駄遣いや変なお金の使い方は絶対にしない人だという信頼感がある一方で、おっさんならではの落ち着きと、それでも野望をずっと持ち続けている。そのバランスが良かった」
本来の価値より低く見積もられているものを見つけて投資する──田端氏のM&Aや投資判断の根底には、定量的な財務分析だけでなく、経営者の人柄やバランス感覚を見極める嗅覚がある。
属人性が高く、会社が運営するには適さないと言われがちなオンラインサロン事業も、設計次第でM&Aの対象となり得る。田端氏のケースが示すのは、(1)事業譲渡+業務委託というスキームで属人性を維持しつつリスクを切り分ける、(2)買い手側にB2Cコンテンツ強化という明確な戦略がある、(3)売り手と買い手の人的信頼関係がベースにある──という3つの条件だ。
個人の影響力をどう事業化し、どう資本市場と接続するか。田端大学のM&Aは、属人型ビジネスのオーナーにとって示唆に富む事例と言える。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです

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