
マイネット創業者の上原仁氏は、ソーシャルメディア事業から始まり、SaaSへのピボット、Yahoo! JAPANへの事業売却、そしてソーシャルゲーム事業の連続買収によるロールアップ戦略で一部上場まで企業を成長させてきた。買収件数は50件以上にのぼり、売り手・買い手双方の立場でM&Aを経験している。
本記事では、上原氏がこれまでのM&Aで体得した「成功の方程式」を、Yahoo! JAPANへの事業売却の舞台裏、ロールアップ戦略の要諦、PMIの実践知という3つの観点から紐解いていく。
上原氏が最初に売却したのは、2007年にスタートした飲食店向けのリアル店舗集客SaaSだった。QRコードでメールアドレスを集め、属性別にターゲティングメールを配信することで再来店を促すサービスである。2010年時点でMRRベースで黒字化していたが、ガラケーからスマートフォンへの転換期にあたり、上原氏は事業ごとピボットする決断を下した。
「ガラケーベースのSaaSをスマホに転換して成長させると、どうしてもゆっくりになってしまう。スマホの波に乗り遅れずに成長していくためには、新規事業をスマートフォンベースドで立ち上げていくんだという意思決定をしました」
売却先となったYahoo! JAPANは、当時、宮坂学氏(現・東京都副知事)が代表となり「爆速経営」を掲げてスタートアップのM&Aを積極的に進めていた時期だった。上原氏は、Yahoo! JAPANに先に事業売却していた知人の宮澤氏(現・常務執行役員)と元々スタートアップ時代から共業関係にあり、その横の繋がりからスピーディに交渉が進んだという。
「M&Aには売り手と買い手の間に様々な思惑があります。そこに信頼関係が先にある場合とない場合で、PMIの難度がかなり変わってくる。幸いにして売却先に十分に信頼関係を持てる卒の利き手がいたことは、すごく良かったなと思っています」
Yahoo! JAPANへの事業売却で得た資金を元手に、マイネットは1本目のソーシャルゲームでグロスランキング8位まで到達。そこから連続買収によるロールアップ戦略へと舵を切る。当時はまだ日本で「ロールアップ」という用語が浸透していなかったため、上原氏は証券会社や監査法人に対して「事業の仕入れ」と表現していた。
「ソフトウェアサービスをお客様ごとお買い取りする、事業の仕入れ活動です。マーケティングで広告を打つのと同じような意味合いで、事業の買取りがあるんですと説明していました」
IPO審査中も含めてIPO前に約10件、上場後にも買収を重ね、累計50件以上の買収を実現した。買収を重ねることで、ノウハウは確実に蓄積されていったという。
買収件数を重ねれば、当然ながらトラブルにも遭遇する。上原氏が経験した表明保証違反の事例として、買収対象事業の主要人材が他社と排他的な業務委託契約を結んでいたにもかかわらずそれが開示されていなかったケースや、ゲーム内の経済設計(インフレ)がシステム上の上限に達していたことを隠して売却されたケースなどがあった。
こうした失敗を踏まえ、上原氏はデューデリジェンス(買収前の対象企業精査)の精度を高めていった。同時に、ロールアップ方式ならではの強みも活かされた。
「ソーシャルゲームの場合、キーとなるKPIとその過去の推移を読めば、将来の数値の状態が読めるんです。買収運営を重ねる中で精度がどんどん上がっていき、値付けに間違うことがなくなってくる」
M&Aは値段をつけて、その値付け通りの将来キャッシュフローを生み出してくれることを期待する取引である。期待を外さずに済むよう、保守的な値付けをすることが成功の必要条件だと上原氏は語る。
「失敗した場合はシンプルに減損ですが、減損を重ねるのは上場企業として市場からネガティブに見られてしまう。それが起きないように、控えめの値付けをするのが鉄則です」
M&A成功のもう一つの鍵がPMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)である。上原氏は、PMIにおいて「仕組み」と「カルチャー」を明確に分けて考えていた。
一般的にPMIで言われる「100日プラン」では、Day1から100日の間に人事・経理・ビジネスの仕組みを買い手側に統合する。マイネットもこの仕組み統合は100日で実行した。一方、カルチャー統合は別物として「3年プラン」で扱った。
「ゲーム会社にも様々なカルチャーがあり、それぞれのカルチャーの中で育まれたコミュニケーション方式や目指すものがあります。数値の目指すものは合わせてもらいますが、カルチャーとして目指しているものを変えるのには基本3年かけるという考え方でした」
この長期目線は、売り手側にとっても安心材料となる。特に若い会社やクリエイター気質の経営者にとって、「管理されたくない」という思いは強い。買い手が3年かけて互いの理解を深めるプロセスを尊重することで、スタートアップM&Aはスムーズに進みやすくなる。
「契約額や事業計画よりも、本当の意味での共通理解は『その企業がグロースすること』である——そこをやっていくとスムーズです」
3年プランといっても、スタートアップM&Aの場合、創業者が3年後にも残っている前提を置くことはないと上原氏は言う。ロックアップ期間が終わる頃には離れていることを前提にしながら、なおその事業をグロースさせ続けるにはどうするか——その課題に向き合うこと自体が、創業者にとって貴重な学びの機会になる。
「売上0円から10億円を作るのと、10億円から100億円を作るのは全く違います。個人プレイから組織を作る力への変化が必要で、創業者自身の自己変革が求められます」
上原氏は、企業の成長フェーズを次のように整理する。
0→1のフェーズは「アート」の時代だ。創業者の世界観やパッションに惹かれて初期の仲間が集まり、共にアートを作り上げる楽しい時間である。
1→10のフェーズは「サイエンス」への移行だ。作り上げたアートを次のグロースに持っていくため、ビジネスモデルの方程式を磨き上げ、仕組み化を進める段階である。多くの創業者がこの仕組み化を苦手とするが、上原氏は「訓練でなんとかなる」と語る。
「作り上げる時のパッションだけでなく、続けるというパッション——持続的な成長構造というビジネスモデルを作り上げることにパッションを向ける、この切り替えが必要です」
さらに数千億円規模の企業になろうとすると、経営者として複数事業をポートフォリオで持続的に成長させる段階に入る。社員・顧客・取引先だけでなく、株主などのステークホルダーへの説明責任も果たさなくてはならない。
「鳥の目線内に神の目線で全体がうまくいくように操作していく、神の見えざる手に自分がなるような気持ちで会社にまつわるものを動かす必要が出てきます。経営者というフェーズになると、自分が作った事業とか自分の会社という『自分自分』という観念は、むしろ低い方が良かったりします」
上原氏が語るM&A成功の方程式は、極めてシンプルだ。買い手としては適切な値付けと、仕組み・カルチャーを分けたPMI設計。売り手としては信頼関係のある相手と組み、長期目線で事業のグロースに向き合うこと。そして双方に共通するのは、「双方の企業がグロースすること」を真の目的に据えるという視点である。
50件超の買収経験を持つ上原氏の言葉には、机上の理論ではない実践の重みがある。M&Aを検討する経営者にとって、本記事の知見は貴重な羅針盤となるはずだ。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです

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