
ポート株式会社の代表・春日博文氏は、これまで数多くのM&Aを実行してきた経営者の一人だ。学生起業から上場までを経験し、現在も積極的なM&A戦略で会社を成長させ続けている。
そんな春日氏が「最初のM&A」として振り返るのは、上場直後に展開したメディアサイトの連続買収だった。
「上場した当初、いわゆるアフィリエイトのインターネットメディア運営事業をしていました。月に1回ぐらいのペースで、1年で10サイトほど買収していたんです。1件あたり数千万円、大きいもので1.5〜1.6億円規模でした」
上場時、春日氏はまだ30歳。学生起業からの上場ということもあり、マーケットへの理解も道半ばだった。利益を確実に伸ばすため、最も再現性が高いと考えたのがM&Aによる業績作りだった。
しかし、この戦略は早々に行き詰まる。買収を続けて1年が経過した頃、春日氏は「まずい」と気づいたという。
「結局、その10サイトは全部売却したんですよ。1サイトあたりの利益も大きくないし、買収し続けた瞬間に『これはまずいな』と思って、2〜3ヶ月後ぐらいにまとめて全部売りました」
意思決定は早かった。そしてこの経験から得た学びは、その後のM&A戦略の根幹をなすものとなる。
「ちゃんと大きい規模のものを買った方がいい、というシンプルな結論です。5,000万円のM&Aでも10億円のM&Aでも、デューデリジェンス(買収前の調査・精査)の工数は変わらない。買った後も、経営者として責任を持って事業を伸ばすために投入する人数は同じぐらいかかるんです。だったら、規模が大きくて、その後も伸びるM&Aをした方が絶対に効率的だろうと」
デューデリジェンスやPMI(買収後の統合プロセス)に投じるリソースが規模に比例して大きくなるわけではない以上、小型案件を積み上げるよりも、注力できる大型案件を選ぶ方が合理的だという判断である。
では、買収対象の規模はどう決めているのか。春日氏は領域によって基準を分けていると語る。
「既存事業の領域なら、小さくても行こうと思っています。すでに走っているビジネスモデルや組織にすぐ取り込みやすいので、規模はそんなに問わない。一方で、自社より大きい会社や同等規模の会社を買うようなチャレンジングなM&Aの場合は、数十億〜100億円規模を狙うようにしています」
これまでの最高額は40億円のM&A。当時、ポート社のEBITDAはざっくり7億円程度で、対象会社のEBITDAも同じく7億円規模だった。
「同じぐらいの規模をそのまま買収して連結されてくるので、かなり刺激的な意思決定でしたね。社内からも一部反対はありました。元々上場後にサイト群を売却した経緯もあって、当時の主力は人材や金融系。そこにエネルギー領域での40億円のM&Aだったので、新領域参入ということで議論は出ました」
メディアから人材、金融、そしてエネルギーへ──事業領域を広げ続けるポート社。その選定軸は何か。
「ひとつは社会課題を持っていること。もうひとつは、意思決定が難しい領域であることです」
この軸は、ビジネスモデルの変遷と密接に結びついている。
「元々はインターネットメディアでアフィリエイトをやっていましたが、ネット完結型のビジネスは参入障壁も低く、誰でも参入できてしまう。そこから人材やエネルギーのビジネスにシフトしてきました。Webマーケティングで集客して、人材紹介やエネルギーのインサイドセールス(電力・ガスの販売代理)といったリアルな営業と掛け算することで、差別性を効かせています」
Webだけだと評価軸が一つしかなく、差別化が難しい。しかしWebマーケティングと営業力を掛け合わせれば、両方の指標が重要になり、参入障壁が高まる。意思決定が難しい領域、つまり消費者が人に相談したくなる商材であれば、この掛け算が効く──これが領域選定の論理だ。
春日氏自身は、学生起業の頃からずっと営業畑を歩んできた。
「営業だけだとビジネスが広がっていかないので、創業して4〜5年経ってからメディアの勉強を始めました。最初からメディアだったら、営業を組み合わせて差別性を効かせるという発想にはなりづらかったと思う。たまたまかもしれませんが、最初に営業をやったのは結果的に良かったですね」
学生起業の定番である就活ビジネスからスタートしたものの、就活マーケットに固執する気持ちは最初からなかったという。
「就職活動という市場自体に大きな不があるとは思っていましたが、ここだけでやっていくつもりはなかった。創業4年目くらいにはファイナンスのビジネスもスタートさせていたので、人材以外の領域に出ることへのアレルギー反応はなかったですね」
直近の業績では、人材ビジネスよりもエネルギー事業の売上が上回るところまで来ている。
M&Aの実務面でも、春日氏のスタンスは独特だ。買収候補にアプローチする際、本人が直接コンタクトを取りに行くという。
「問い合わせメールも自分で送ります。今でもやっています。本社に連絡したときに『春日さんが来るんだ』と驚かれることもありますね」
なぜ代表自ら動くのか。
「競合領域の拡大をしていくとなったら、当然、競合へのM&Aが必要になります。競合からすれば、こちらの担当者レイヤーがアプローチしても、なかなか情報開示するところまではいかない。だから自分が直接行って、それだけ本気だということが伝われば、少し話が進む可能性がある」
アプローチの仕方にも、明確なポリシーがある。それは「時期を決めないこと」だ。
「『この会社を何年までにM&Aしたい』と決めようとしても難しいし、急いでアプローチすると引かれてしまう。だから僕らは基本、期限を決めずに長期のパイプラインを作るようにしています」
具体的なステップはこうだ。まずは資本業務提携、それが難しければ普通の取引からスタートする。繋がりを作り、ビジネスを動かしながら、お互いを知っていく。
「ある程度取引している中で見えてくることがあるじゃないですか。従業員同士の温度感やカルチャーも分かった上であれば、売り主さんも売却しやすい。最初から資本提携に行かなくても、業務提携や取引という手段がある」
この方法には副次的な効果もある。買収前に協業実績があれば、PMI(買収後統合)が事実上ほぼ完了した状態で資本提携に入れる。逆に、業務提携がうまく機能していれば、必ずしも買収まで進める必要すらない。
「いい業務提携ができていれば、買収しなくてもお互いにメリットがあるならそれでもいい。そういうことも含めて、まず本気だということを連絡することが大事です」
上場直後の小型M&Aから始まり、40億円規模の大型買収まで経験してきた春日氏のM&A戦略は、「失敗からの学び」と「掛け算によるビジネスモデルの差別化」、そして「代表自らの長期パイプライン構築」という三つの柱で成り立っている。
デューデリジェンスやPMIにかかる工数が規模に依存しないという気づき、Webマーケティングとリアル営業の掛け算で参入障壁を作る発想、期限を切らずに業務提携から関係を築くアプローチ──いずれも、自社の規模を超えるM&Aに踏み切ってきた経営者だからこそ語れる実践知である。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです

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