
克氏のキャリアは、新卒で三菱UFJ銀行に入行することから始まった。4年間の銀行勤務を経て、PwCや監査法人トーマツでキャリアを積み、その後フリーランスのコンサルタントとして約1年間稼働。資金を貯めた後、メディア「ファインドキャリア」を起業する。
約2年半の運営を経て、HR系の上場企業である未来ワークスへ売却。2年間のロックアップ期間がちょうど終了し、2月から新会社をスタートさせる予定だという。売却後に事業が伸びないというパターンも珍しくない中、ファインドキャリアは買収後も伸び続けたという点は特筆に値する。
注目すべきは、社員0人の状態で3.5億円規模のM&Aが成立した点だ。1人会社で売却まで至るケースは、意外にも身近に存在するという。
克氏が最初から組織拡大を志向しなかった背景には、ITプラットフォームの発達によるマーケティングのレバレッジがある。YouTubeやInstagramといった発信ツールを使えば、1人でも1対Nのコンテンツを作り、極端に言えば全世界に届けることができる時代になった。
ここ5年から10年にわたり、国内のスタートアップが個人をエンパワメントするツールを次々と生み出してきた恩恵を受け、克氏は「1人でどこまでいけるか」を試みた。組織化やエクイティファイナンスを検討する前に、自己資本で事業を伸ばすことを優先したのだ。
もう一つの理由は、変化の激しい時代におけるピボットのしやすさである。エクイティファイナンスを実施した際の評価額が高くつきそうなバリュエーションと、エグジット時のバリュエーションの差が大きすぎることを懸念し、自己資本でスモールにスケールできる形を理想と位置づけていた。
克氏は当初から「5年以内に売却する」というプランを持っていた。金融機関出身という経歴から、M&Aに対するネガティブなイメージは持っていなかったという。
1社目のメディアを運営していた際、日経主催のイベントを取材する機会があり、そこでマネーフォワードのCFO・金坂氏が「マネーフォワードではM&Aと言わずにグループジョインと呼ぶ」と語っていたことが印象に残っているという。M&Aという言葉に抵抗感を持つ経営者は依然として多く、「グループジョイン」という表現を意図的に広めていくことが、日本のM&A文化の浸透に寄与する可能性があると指摘する。
メディアの売却事例や10億円以下のM&Aにおいては、買い手側の企業の時価総額が150億円以下というケースが意外に多い、と克氏は分析する。逆に、3桁億円規模を超える大企業にとっては、その規模では次の事業の柱となり得ず、対象になりにくい。
DeNAによるイリアム買収のように、150億円規模の案件でなければ大企業の次の柱として成立しない、という構造がある。だからこそ、スモールな立ち上げからのエグジットを再現可能な形で示すことは、日本の起業家を増やすうえでもプラスに働くのではないかと考えている。
2月から始まる新会社では、業務委託の活用を続けつつ、組織を作ってグロースさせる経験も強化したいと語る。さらに、これまで未経験だった借入による資金調達にも挑戦したい意向で、特に実店舗系のDXに関心を持っているという。来た案件にすぐ動けるよう、資金を確保しておくスタンスだ。
エクイティファイナンスを行うと、資本市場の論理に左右されることになる。極端に言えば、米国の中央銀行による金融政策でバリュエーションが変動するため、不確実性と運の要素が高まるという自覚が必要だと克氏は説く。
だからこそ、経営を行っている起業家の中には、神社参拝やトイレ掃除といった習慣を取り入れる者も多い。克氏自身も、自宅のみならず街中のトイレを勝手に掃除するなど、徳を積む活動を実践しているという。
勝ち筋が見えない中でコツコツ試行錯誤しながら進むことは、極めて難しい。売上や利益といった一般的なKPIではなく、自分だけのKPI──筋トレや神社参拝、トイレ掃除のように、確実に積み上がっていくものを持つことが重要だと克氏は語る。
「これをやっているから絶対大丈夫」と自分に思い込ませる強気的なやりきり力こそが、起業や事業の成否を分けるセンターピンなのではないか、というのが克氏の見立てだ。事業の良し悪しもある程度大事だが、最後はやりきれるかどうかに収斂するという。
頭の良さと起業の成功は必ずしも比例しない。克氏は自身を「アカデミックスマート」寄りと位置づけ、高学歴で会社員を経験した人材は、新卒1年目から3年目あたりでストリートスマートさが失われていく傾向があると指摘する。
10年間会社員を経験した克氏が辿り着いた結論は、「頭でっかちな勉強系起業家でも勝てるのは、過去問がある領域で起業すること」だった。先行事例で「このパターンでこの程度の利益が出ている」というインプットが得られれば、その半分や4割を実現するだけでも十分な成果になり得る。月2000万円程度の利益が出ていると本人が公言している事例を参考に、自身の事業設計に落とし込んだのだという。
事業センスそのものは学生起業家には敵わないと自己分析しつつも、うまくいっている事象から抽象化してセンターピンを探る作業は得意領域だと語る。
事業1本では才能的に限界があると感じている克氏は、今後はメディアや執筆業との掛け算によるキャリア形成を考えている。事業センスに過度に依存せず、自身の強みである文章領域と組み合わせていく方針だ。
人生は長く、健康こそが最も大事だ──そう前置きしたうえで、克氏は「健康に良いのはスタートアップではなくスモールビジネスである」と断言する。心身の健康に余程の自信がない限り、9割の起業家にはスモールビジネスを勧めたいというのが本音だ。
スモールビジネスの魅力は、自分でコントロールできる状態を作れることにある。スタートアップに比べてまだ認知されていないこのアプローチが広まれば、人生の選択肢は確実に増える。スモールビジネスの成功例と魅力がもっと伝われば──そう願って、克氏は今日も発信を続けている。
0人の組織で3.5億円のM&Aを成立させた克氏の事例は、自己資本でスモールにスケールするという選択肢のリアリティを示している。エクイティファイナンスは資本市場の論理に左右される一方、スモールビジネスは自分でコントロールできる範囲で着実に積み上げられる。やりきり力を支える自分だけのKPIを持ち、過去問のある領域で勝負する──そんな等身大の戦略が、これからの起業家にとって一つの指針となるはずだ。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです

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