
ペライチ創業者の橋田一秀氏は、20代をSE・エンジニアとして過ごし、30歳でペライチを創業。9年間の経営を経て、昨年持ち株を全て売却した。現在40歳となった橋田氏は、この1年をほぼエンジェル投資家として過ごしている。
ペライチは創業から9年間で5回の資金調達を実施した。最初の3回はシード〜プレAにあたるVC・事業会社・エンジェルからの一般的なスタートアップ型ラウンド。流れが大きく変わったのが4回目(シリーズB)と5回目(シリーズC)だ。
4回目のシリーズBではラクスルが大きく出資し、それまで入っていた外部株主が全てラクスルにセカンダリーで売却。さらにラクスルが増資を引き受け、創業者51%・ラクスル49%という資本構成になった。そして5回目のシリーズCで、創業者保有の51%全てをSMBCキャピタル・パートナーズに売却。同社がさらに増資を引き受け、現在は同ファンドが筆頭株主となっている。
ラクスルからの出資は、コロナ禍でペライチ事業が追い風を受けていたタイミングで進んだ。当時、現ラクスル社長の永見世央氏(当時CFO)が個人としてエンジェル投資をしており、その流れでラクスル本体としての出資検討が始まった。
ラクスル社内で議論された際、「マイノリティ出資ではパワーをかけられない。やるならがっつり持ちたい」という結論となり、3〜4割規模での出資が前提となった。しかし増資だけでそれを実現するにはバリュエーションを大きく上げる必要があり、現実的ではなかった。そこで既存株主のセカンダリー売却と新規増資を組み合わせ、結果的に既存外部株主は全員エグジット、ラクスル49%・創業者51%という資本構成に落ち着いた。
創業者がギリギリ51%にこだわった理由は2つある。1つは「創業3名でまだやり切っていない」というモチベーションの問題。50%以上を渡してグループに入る覚悟は当時まだ持てなかった。
もう1つは、ラクスルにとって当時はまだPMI(M&A後の経営統合)の経験が十分でなかったことだ。50%近い出資を受けたあとに統合がうまくいかなければ、創業者側として打つ手が限られる。「うまくいかなかった時に、他のセカンダリー先を探せる選択肢をギリギリ残しておく」ための49%でもあった。
ラクスルから資本が入った後、ペライチ事業は大きく伸びた。一方で橋田氏自身は「自分はあまりパフォームできていない」と感じていたという。0→1のカオスをまとめ上げる局面と、ベースが整った事業をグロースさせる局面では、必要な筋肉が違う。CMやマス施策、組織づくりといったグロースフェーズでは、後から加わったメンバーやラクスルから派遣された取締役の方が向いている——そう判断し、創業メンバー全員での退任を自ら切り出した。
このとき多くの人が「ラクスルへの売却」と認識しているが、プレスリリースを丁寧に読むと事実は異なる。最終的に創業者の51%を引き受けたのはラクスルではなく、SMBCキャピタル・パートナーズだった。
背景には2021年末以降のスタートアップ・グロース市況の悪化がある。ペライチはSaaSとしてまだ赤字を掘る必要があるフェーズで、ラクスルが追加で買い増す難易度は上がっていた。そこで、創業メンバーが抜ける株式の引受先をラクスル側にも協力してもらいながら探した結果、SMBCキャピタル・パートナーズに行き着いた。同ファンドは事業再生案件を多く扱うが、ペライチは好調事業として引き受け、その後も独立した運営が続いている。
2段階エグジットは、売り手にとって不安が伴う構造でもある。橋田氏はこれを「結婚の前に一旦同棲しましょうという感覚」と表現する。1発目から100%譲渡してグループ入りするのは難しいと感じるなら、まずマイノリティ〜ハーフ未満で資本提携し、相性を確かめてから次のステップを判断する選択肢があってよい。
ペライチの場合、ラクスル側が「中途半端な比率では意味がない」というスタンスだったため、創業者側の「50%未満で残したい」という線とぶつかり、結果として49%に落ち着いた。
DD(デューデリジェンス:買収前の対象会社の調査)はおよそ2ヶ月で完了。ラクスルの決算発表のタイミングに合わせて取引を公表する逆算で、Excelのリストが大量に飛び交うタイトなスケジュールを乗り切った。橋田氏は「相手の事情を理解した上で交渉する」ことの重要性を強調する。
VCから出資を受けていた時期は「数百億円規模でIPOする」というファイティングポーズが基本だった。しかしラクスルから49%の出資を受けた時点で、契約上も実態上も、将来的にはM&Aルートに進む可能性が濃厚になっていた。
そこで橋田氏らが下した意思決定は、「IPOかM&Aかというこだわりを一旦捨てる」というものだった。永見氏とは「とにかく大きくやる」ことだけを握り、その先のシナリオは絞らなかった。ラクスル傘下に入ってからのスイングバイIPO(傘下に入った後に再度上場を目指す手法)も含め、選択肢を残すスタンスを取った。
外から見た現在のペライチについても、橋田氏は「このままIPOするのが一番きれいなシナリオの1つ」と語る。利益が出る会社になればラクスルが買い戻すルートもあり得る。事業成長を続けてさえいれば、選択肢は複数残るというのが橋田氏の見立てだ。
現在エンジェル投資家として70社以上に投資する橋田氏は、現在の市場環境について率直な見方を示す。
シードには潤沢な資金が流れ、数千万円規模の調達は比較的容易になった。一方で、シリーズAのハードルは大きく上がっている。理由はシンプルで、IPOできる会社数は年間100社程度と限られているからだ。スタートアップ数が増えても出口の数は急には増えず、相対的にIPOの「枠」は狭くなる。さらにファンドサイズが大型化したことで、VCはより大型のIPO・ユニコーン水準のリターンを求める。結果としてシリーズAでの選別が一段と厳しくなっている。
日本のM&A市場では10億円超のバリュエーションでの売却はまだ多くない。だからこそ橋田氏は、起業家に対して次のように勧める。
- シリーズAまでにポテンシャルを見出せたなら、大きく資金調達してチャレンジする
- そうでなければ、1桁億円規模での売却を選択肢に入れ、2社目・3社目で勝負する
- 創業期に高すぎるバリュエーションやJ-KISS・優先株で調達しすぎない
- 制度融資や借入をうまく使い、エクイティに頼りすぎない
「小さくIPO」より「複数回の売却を経てユニコーンを目指す」方が、確率論として合理的という考え方だ。シリアルアントレプレナーが2社目以降のスタート時点でプレシードから数億円調達できるのも、こうしたトラックレコードの蓄積があるからだという。
売上1〜10億円規模の経営者に向けて、橋田氏は外部資本導入のメリットを2つ挙げる。
1つは規律。外部の目が入ることで、経営にいい意味の緊張感が生まれる。IPOを目指していなくても、エンジェル投資家を1人でも入れる効果は大きい。
もう1つは「使い倒せる株主」を持てることだ。橋田氏自身、ペライチ時代を振り返って「もっと株主の力を借りればよかった」と感じている。経営者の仕事は、解決したい課題に対してヒト・モノ・カネ・情報のリソースを集めること。やったことのない局面に向き合う以上、経験者に聞くのが最短ルートになる。株主であれば利害が揃うため相談しやすく、踏み込んだ議論もしやすい。
株主が増えると運営が大変になるイメージもあるが、電子契約の普及で実務負担はかつてより大きく軽減されたという。複数株主を抱える場合は、株主間契約や「Drag Along(共同売却請求権:マジョリティ株主の売却決定に他株主も従う条項)」をきちんと締結しておけば、売却時に1人の反対で取引が止まるリスクは抑えられる。
売却後の生活リズムについて、橋田氏は「ペライチ時代と働く時間はほとんど変わっていない」と語る。この1年でエンジェル投資を70社以上実行し、コミュニティスペース運営など好きな取り組みに時間を費やした結果、スケジュールは常に埋まっている状態だ。
ただし、コミュニケーションの相手は大きく変わった。ペライチ時代は社内コミュニケーションが9割を占めていたが、現在は逆に9割が社外。投資先や関係者とのチャットやFacebookメッセンジャーが日常の中心になっている。シンガポール移住なども周囲から勧められたものの、投資対象が日本である以上、当面は日本を拠点に続ける方針だという。
エンジェル投資のスタイルは、1社あたり100万〜500万円が中心で、5億円以下のシードフェーズが主戦場。ペライチを辞める前から自身の役員報酬の中から「30万円〜80万円」といった少額でも投資を始めていた経験から、「お金の額より、入ってほしい人に入ってもらう関係性こそがエンジェル投資の本質」と語る。
橋田氏のケースは、IPOとM&Aを二者択一で考えない柔軟さと、各フェーズで自分の役割を冷静に見極める姿勢が際立つ事例だ。49%・51%という資本構成の意味、PMIリスクへの備え、シリーズAの山の高さ、そして売上1〜10億円の経営者にとっての「使い倒せる株主」の価値——どれも、今まさに資本政策やM&Aを検討する経営者にとって示唆に富む。
外部資本が入っているか否かにかかわらず、M&Aを選択肢として持ち、プランBの事業計画まで考えておくこと。「どっちでもいいから、でかくやる」というスタンスは、出口戦略を考える上で1つの指針になるだろう。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです

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