
東京・白金で高級チョコレートブランド「カカオキャット」を運営する田島氏は、もともとベーカリーとスイーツを手がける「オールハーツカンパニー」の創業者だ。3年前に同社を売却し、現在は北海道とシンガポールを拠点にチョコレート事業を展開している。
「ものづくりが好きだったので、創造性あふれる事業がやりたいと思ってベーカリーとスイーツを選びました。どうせやるなら独立して大きくやりたい、と」
専門学校を経て1年間の修行を積み、20代で夫婦2人で独立。当初は上場や売却といった出口は意識しておらず、「ずっとこの会社をやっていくんだろう」という感覚だったという。
20代後半までに売上は40億円に到達。しかし30代前半で大きな挫折を経験する。
「売上42億円まで行ったところでドンと落ちて、30億円ぐらいまで赤字寸前まで行ってしまった。兄に売却の相談をしたら『赤字の会社なんて売れんぞ』と言われて、自力で改善するしかないなと」
そこから経営の勉強を本格化。それまでは商品力で売上を伸ばしてきたものの、契約管理や人の管理、コスト意識が甘かったと振り返る。全店舗を回り、倉庫の掃除や棚卸しから見直して立て直した。
さらに高収益な会社の作り方を学ぶため、収益率の高い同業他社を複数買収。「お菓子という領域での儲け方を、いろんな角度から学んだ時期でした」。これが経営者としての田島氏を作り上げた。
会社が売上100億円規模に成長すると、関わる人も増え、自然な流れでIPOを目指すようになっていた。しかし直前にコロナ禍が直撃する。
売上は一時大きく落ち込んだが、新ブランドを投入して回復。半年後に再びIPOへトライする段階で、大手企業から声がかかった。
「もともとIPOは僕の意志というより成り行きで進んでいた面があった。上場企業の社長になりたかったんだっけ、と自問したときに、本気でやりたかったのはチョコレート事業だった」
既存事業と並行することも可能だったが、投資面でも時間の使い方でも中途半端になり、大手と戦えない。であれば一度ここで売却し、新しい挑戦に集中したほうがいい──そう判断した。
売却後すぐに立ち上げたのが、チョコレート事業「カカオキャット」だ。北海道・夕張に工場を構え、海外展開も進める。
「海外に行くと、日本の食のレベルの高さを実感する。世界基準で見ても最高峰。それを世界に広げていくのは事業家としてとても楽しい」
ロールモデルに挙げるのは、世界最大の食品企業ネスレだ。
「ネスレはM&Aで多くの会社を統合し、スイスから世界へ商品を広げてきた。経営戦略や事業展開の仕方は一番参考にしています」
ビジョンを大きく持つことで、目の前の小さなトラブルや不安が払拭される、という感覚もあるという。
再起業のスピード感について田島氏はこう語る。
「10倍とは言わないけれど、1/5の時間で進んでいる感覚はあります」
要因は資金、人脈、そして経験から得た知識。一方で、決断は早くても「決定までは慎重に考える」姿勢を強く持つようになったという。
また、売却で大きな資金が入ったあとの生活変化を尋ねると、答えは意外なものだった。
「ほぼ何も変わっていない。創業以来お金は投資にばかり回していたので、ようやく親孝行ができるようになったかな、ぐらい。お金は事業に使いたい。事業をやっているのが一番楽しいので」
買収側として多くの経験を持つ田島氏に、企業を見極めるポイントを聞いた。
「いまは利益率30%を下回りたくない。改善したとしても利益率が1桁になる事業は、どれだけ安くても買わない」
日本のお菓子メーカーの利益率は2桁に届かない会社が多い中、その3〜4倍の収益率を目指す。
「売上規模が1/3でも、利益率が3〜4倍あれば時価総額は並ぶ。収益体質の会社を作っていきたい」
M&AやIPO準備の過程で「企業価値で考える」思考が身についたと振り返る。ストック型で利益が積み上がる事業構造を好み、ロイヤリティのように溜まっていく利益の源泉をいかに作るかを重視している。
田島氏のM&A体験談から見えてくるのは、「上場がゴールではない」という経営者の本音と、売却を再挑戦への原資・時間・自由を得るための戦略的選択と捉える視点だ。挫折を経て磨いた数値感覚、ネスレを参考にしたグローバル展望、そして利益率30%を譲らない買収基準──いずれも、これからM&Aや事業立ち上げを検討する経営者にとって示唆に富む話と言えるだろう。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです

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