「属人性のある事業は売れない」——M&Aの世界では、長らくそれが常識とされてきました。創業者個人に依存したビジネスは、買い手にとってリスクが高いとされるからです。しかし、その常識をあえて逆手に取り、「自分という人間ごと買ってもらう」戦略で東証上場企業へのエグジットを実現した経営者がいます。 今回お話を伺ったのは、オンラインスクール事業を東証上場企業である株式会社エフ・コードへ売却し、数億円規模のエグジットを実現した山田一真氏。家族を支えるための起業から数年、M&A戦略、最終契約書(SPA)交渉の裏側、売却後のリアルな心境まで、M&Aの舞台裏を赤裸々に語っていただきました。
インタビュイー
山田さんが起業したきっかけを教えてください。
もともとは母に恩返しをするためでした。私は母子家庭育ちで、母と妹と私の3人家族です。僕がちゃんと稼ぎ頭をやらないと母に恩返しができない、3人の生活費や妹の学費を支えたい——そういう思いが根っこにあって、最初は個人事業から始めて、そこから起業しました。
M&Aによる売却を意識されたのは、いつからですか。
本格的に意識したのは3期目くらいですね。起業して3年間、矢面に立って、YouTubeをやって、Xのインフルエンサーもやって、いろんな仕事をこなして——それでも1億円貯まるのに17年かかるという現実をみて。会社に利益は出ていても、コツコツ積み上げるだけでは、家族を支えるという目標に到達するまであまりにも時間がかかる。だったら事業の価値そのものを評価してもらって、一気に出口を迎えるほうが合理的だと考えたんです。
一般的に「属人性が高い事業は売却しづらい」と言われます。どのようにクリアしたのでしょうか。
完全に逆の戦略を取りました。普通は「属人性があるから、売りやすいように属人性を排除する」と考えますよね。でも僕は一人会社なので、僕という人間の魅力を磨きまくったんです。「僕はロックアップとして今後も残るんだから、俺ごと買ったほうがいいよ」と。
ロックアップを前提として、あえてご自身を売り込んだのですね。
もちろん、最低限の仕組み化やマニュアル化、僕じゃなくてもできる業務は他の人が回せるようにはしました。でも軸足は「僕という人間による売上の底上げ力」を見せることに置いていました。ロックアップも、僕はむしろやらせてほしかったくらいで。創業した会社への愛もありますし、業務委託で働いてくださる方々への不義理もしたくなかった。だから残ることは、最初から受け入れていたんです。
デューデリジェンス(買収監査)の3、4ヶ月間も毎月売上を伸ばし続けたことで、「頑張ったら伸びる会社だ」という証明にもなりました。僕がいることで売上も伸びるのだから、その分も売却金額に盛り込んでほしい、という強気のスタンスでしたね。
M&Aのプロセスで一番難しかった局面はどこですか?
同率で2つあります。1つはデューデリジェンス。数字、契約、体制、会計、規約、受講生との取り決め、外注先との契約……ありとあらゆる調査があるので、ドラえもんが道具を漁るみたいに「あ、これです、あれです」と引き出しを探し続けるのが本当に大変でした。
もう1つが、最終契約書、いわゆるSPAのやり取りです。これが一番ヘビーでした。買収条件、インセンティブの条件、ロックアップの条件……細かいところを何度もコミュニケーションするんですよ。僕の場合はミーティングではなくチャットでのやり取りでした。仲介さんが間に入って「これはこうじゃないとダメでしょう」「このリスクは飲めませんが、ここは飲みます」と、僕だと言いづらいことを代弁してくれて。日本語の表現ひとつ取っても「この言い回しだと、こう解釈されたときにこちらが不利になる」と全部詰めていく。もう暗記するくらい契約書を読みました。
婚前契約書みたいなものだと思うんです。だから適当にやらないこと。これは本当にいろんな人が言うと思いますけど、ここは慎重になったほうがいい。面倒くさいの一言で片付けると、絶対に後で首が絞まりますから。
契約において、絶対に譲らなかった条件などはありましたか?
言える範囲で言うと「業績連動型インセンティブをもっとください」ということと、「何か起きた時の保証のライン」です。極端な話ですが、もし「地震が起きて私が死んだ場合、全額返金する」といった条件があったとしたら、防ぎようがないですよね。「そんなこと起こらないだろう」で済ませず、1%しか起きないかもしれないけれど、可能性のあることは重箱の隅をつつくように掘り起こして話す。そうしないと苦しい。そこは声を大にして伝えたいところです。
数々の準備を重ねて、ようやくクロージング。率直にどんなお気持ちでしたか。
「うまい飯行くぞ!」というより、「ホッとした」という感覚でしたね。3年間のトラブルや辛さを経て、デューデリで大変な思いをして、契約書で胃が痛い思いをして……それが全部終わったときの「ホッ」ですよ。そこに全部詰まっていました。
売却後、生活に変化はありましたか。
そうですね……犬を飼いました(笑)。自分個人で一番高い買い物がそれでした。でも、それくらいです。そんなに変わっていません。別にめちゃくちゃ贅沢できる額でもないので。売って楽をしようみたいな感覚はまったくなくて、今まで通り生きています。
入ってきた資金はどうされているのですか。
全部、株に入れています。今の自分には身分不相応だと思っているので。20代でたまたま上手くいって偉そうにインタビューを受けているだけの未熟者ですから、僕みたいな人間が3億円を手元に持っていたら絶対にいい使い方をしないだろう、という自分への“確信”があるんです(笑)。だから触れないようにして、将来ちゃんと成長した自分が有効に使うだろう、と。完全に自己投資という方向ですね。
現在はロックアップ期間中で、エフ・コードのグループ会社という立場ですが、シナジーは感じていらっしゃいますか。
めちゃくちゃありますね。他のスクール経営者さんとの繋がりが一気に広がりました。グループ会社にはプログラミングを教えているデイトラさんや、AIを教えている会社さんなどがいて、実際に協業が生まれています。(グループに)入っていなければ数千万円単位で起きていなかった売上が実際に立っていますし。親会社のディフェンス力や、グループ会社の攻める力をナレッジとして共有してもらえるので、とんでもないことになっていると思います。
お客様への影響はいかがですか。
受講される方が安心してくださるケースが、以前より明らかに増えました。「20代のよく分からない人間がやっている場所」ではなく、「上場企業の子会社として、デューデリや詳細調査をくぐり抜け、ガバナンスやコンプライアンスにしっかり気をつけてやっている」という事実を、名実ともに表に出せたので。「安心して受講できました」というお声もちらほらいただいています。
関わる方の層も変わりましたか。
今まではオンラインスクールを個人でやっていて「何だこいつ」と見られていたような方とも、協業の話ができるようになりました。オンラインスクールでM&Aをやっている人ってほとんどいないので、珍しがってもらえる。(視点を)ずらしてよかったな、と感じています。
M&Aを振り返って、「やり直したい」と思うことはありますか?
2つあります。1つは、もっと早くやればよかった。やってみたら、M&Aって意外と簡単だったんです。もちろん大変ですよ。でも「不可能」ではない。プロ野球選手になるのは努力してもなれないかもしれないけれど、M&Aは「やればできる」ことだと、やった後だからこそ分かりました。1期目から、いつか売る前提で数字を整備したり、属人性を整理したり伸ばしたり、広告比率を上げたりしていたら、スピード感がまったく違ったと思います。
もう1つは、孤独な時間が長すぎたことです。僕はオンラインで引きこもりに近い形でやっていたので、M&Aも最後に判子を押すまで、仲介業者以外にほぼ誰にも相談できなかった。売るか売らないか、最後まですごく悩んだんです。ポジショントーク抜きで相談できる相手を意図的に探せていたら、判断の解像度も推進力も、もっと上がっていたと思います。経営者は孤独になりがちなので、M&Aに関係なく、相談できる相手を事前に見つけておくことは大事だと思います。
M&Aを目指す経営者へメッセージをお願いします。
オンラインスクールを経営されている方へ。決して売れないわけではありません。一人のインフルエンサー的な存在が広告塔となって売上を上げているような形でも、今はM&Aを検討する企業がたくさんあります。利益率が高く、事業として魅力的にしやすいのがオンラインスクールの強みですから。出口に迷っている方がいれば、気軽にお話を聞かせていただいて、お力になれたらと思っています。
「もっと早くやればよかった」と思えるくらい素敵な相手は、絶対にいます。M&Aは逃げでも、ステージや戦場から降りることでもありません。素敵な選択肢の一つとして、ぜひ楽しんで、有効に使っていただけたら嬉しいです。

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