トイザらスはなぜAmazonとの提携で勝ち切れなかったのか。オンラインというコアケイパビリティを自社で育てなかったことの代償、そして経営者が長期視点を取り戻すための「暇」の重要性について語られた対談を再構成しました。
世界的な玩具小売チェーンであるトイザらスはなぜ倒産に至ったのか。背景には、Amazonとの独占契約という有名なエピソードがある。
小売業として強力な売り場を持っていたトイザらスは、世の中の購買行動がオンラインへと移行していく局面で、二つの選択肢に直面した。一つは、自社内でオンラインのケイパビリティ(組織能力)を育てること。もう一つは、オンラインで強いプレイヤーと手を組むことである。
トイザらスが選んだのは後者だった。当時まだビッグプレイヤーになりきっていなかったAmazonと組み、Amazon内に「トイザらスコーナー」を設けるかたちで独占契約を結ぶ。両社にとってウィン・ウィンに見える座組みだった。
しかし時代が進み、オンライン市場が拡大しAmazon自身も巨大化すると、状況は一変する。Amazon側からすれば、トイザらスとの独占契約に縛られて他社の玩具を扱えない不利益のほうが大きくなる。違約金を払ってでも契約を解除し、より広い品揃えで成長するほうが合理的になった結果、契約は打ち切られる。
問題は、その時点でトイザらスのオンラインケイパビリティが「ゼロ」だったことだ。アライアンスに頼り切っていたために、いざ独り立ちしようとしても立ち戻る土台が残っていなかった。これからの市場の主役になっていく領域でケイパビリティをゼロにしたままアライアンスする戦い方は、極めて危ういということを示す事例である。
この構造は、トイザらスに限らず多くの企業に当てはまる。たとえば営業の弱い組織が、営業会社と連携してその機能を外部に委ねるケースは少なくない。
ここでの判断軸はシンプルだ。「営業」というケイパビリティが、これからの自社にとって本当に重要なものなのかどうか。もし営業力が将来のコアになると考えるなら、アウトソースしてはいけない。育てながら一部の力を借りる、というオプションはあり得ても、丸ごと外に出してはいけない領域である。
一方で、自社のコアはあくまでR&Dであり、新しいコンセプトを生み出し続けることが本質だ、という割り切りが社内にあり、市場側でも営業の重要性が相対的に低いのであれば、営業をどんどん外に出す判断は十分に合理的だ。
つまり、何が自社のコアになるのかを見極めたうえでアウトソースや提携の意思決定を下すこと。そして短期だけでなく長期の視点で見ること。これが、ケイパビリティ戦略の出発点になる。
長期で物事を考えるためには、経営者自身が「暇」である必要がある、という視点も重要だ。
社長が忙しいということは、目の前の短期業務に時間を奪われているということでもある。明日の売上、明後日の売上に目線がいくのは、創業直後のスタートアップであれば自然なことだ。しかし次のフェーズに入った段階で、社長がいかに暇になれるかが大きな分かれ道になる。
暇になるとは、ぼんやり過ごすことではない。エンパワーメントを進めて自分がいなくても会社が回る状態を作り、その結果として1年後・2年後を考える時間を確保することを指す。逆に、社長自身がメール返信や営業、講演などで月曜から日曜までスケジュールが埋まっている状態では、長期の議論は構造的にできなくなる。
この「橋」を渡れない経営者は多い。暇になることに罪悪感を覚えてしまい、つい短期業務に手を出してしまう。だが、目の前のことから一歩引いて中長期を考える余白を作り、そのうえで忙しく動くというバランスは、どのフェーズでも欠かせない。
もう一つ、エンパワーメントを阻むのが「自分がいないと困る」という感覚への愛着だ。
会社が自分なしでも回るようになると、どこか寂しさを覚える経営者は多い。逆に、問題が発生したときに「これはこうしたほうがいい」「さすがですね」とやり取りが生まれると、自分の承認欲求が満たされ、相手の問題解決も早まる。一見ウィン・ウィンに見える関係だが、ここから抜けられなくなると、社長は永遠に短期の問題解決係から離れられない。
抜け出すためには、社内の問いを誰かに任せ、自分は次の問いを見つけて動くしかない。任された側を多少振り回しているように見えても、結果として中期での会社の成長につながる。
ただし注意点がある。任せたあとに、その担当者の活躍に嫉妬してしまうケースだ。これは会社の構造というより、人間としての本能的な反応であり、スタートアップ経営者を見ていても、肩書きや売上規模に関係なく現れる。
経営の現場には、子どもの頃から繰り返してきたその人の特性がそのまま顔を出す瞬間がある。
常に自分が一番でなければ気が済まない。家庭環境のなかで愛情が不足していたために承認を求め続けてしまう。そうした幼少期から繰り返されている「ムーブ」が、偉くなったときに、いろんな人を巻き込みながら見にくいかたちで表面化することがある。しかも周囲はなかなかそれを指摘してくれない。
これは決して悪いことではなく、人間として避けがたいものだ。重要なのは、自分はこういう人間だと自己認知し、ここは割り切る、ここは学習する、という形で向き合っていくことだ。
そのうえで結論として言えるのは、経営はチームで行うべきだということだ。
経営者一人で舵取りしようとすると、その人個人の凸凹が大きな形で社内に漏れ出してしまう。一方、経営チームを組み、「社長はこうだが、私はそこをこう埋める」「あの人はこういう形で補う」という関係性が機能すれば、組織としての振る舞いは大きくマイルドになる。
歯車が回り始めたフェーズでは、経営はチームで担うほうが望ましい。自己認知と、それを補うような体制づくり。これらをきちんと設計することが、勝ち続ける経営者の条件と言える。
トイザらスの事例が示すのは、コアになり得るケイパビリティを安易にアウトソースする危うさである。何を自社で育て、何を外に委ねるかは、長期視点なしには判断できない。そして長期視点を持つためには、社長が短期業務から距離を取り「暇」になれる体制が要る。エンパワーメントの先にある寂しさや嫉妬といった感情にも自覚的になりながら、経営をチームとして組み立てていくこと。これが、変化の激しい時代を勝ち抜くうえで欠かせない経営者の振る舞い方である。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
