0→1、1→10、10→100。フェーズが変われば求められる筋肉も変わる。創業者がいつ次の経営者にバトンを渡すべきか、米国型の経営承継トレンドを参考に、起業家・事業家・経営者の役割分担を解説する。
会社の成長フェーズには、大きく3つの段階がある。「0から1を作る」「1から10にする」「10から100に広げる」。これらはアサインすべきメンバーも、創業者が使う筋肉もまったく異なる。それを一人の創業者や経営メンバーがやり切るのは、難易度が極めて高く、合理的とは言えない。
アメリカでは古くから、起業家(0→1の人)、事業家(1→10の人)、経営者(10→100の人)が別人で担うのが一般的になっている。Googleもその典型例だ。創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは「エンジニアとして最強」の0→1人材だったが、プロダクトがマーケットフィットして成長フェーズに入った段階で、いわゆる“おじさん経営者”を迎え入れ、しっかりと1→10の役割を担わせた。その後、上場後の持続的な成長まで託す形になった。
日本ではIPOの時期がアメリカに比べて早く、時価総額100億円程度で上場してしまうケースが多い。そのため、創業者がそのまま上場後の経営者まで担い続ける比率が高かった。
しかし、ここ5〜6年で会長にステップアップする創業者が増えてきている。後を引き継ぐのは多くの場合、CFOやCOO経験者だ。質的にも「ビジョンを掲げる人」というよりは「仕組みを作る人」「モデルを作る人」「オペレーションをしっかり仕組み化できる人」の方が、1→10、10→100のフェーズはなめらかに進む。
具体例も増えてきた。再生医療スタートアップのセルソースは、創業者の裙本理人氏が上場まで導いたうえで、ファミリーマート元代表の澤田貴司氏にCEOをバトンタッチした。裙本氏自身はその後、新たな新規事業に向かっていった。ラクスルの松本恭攝氏も、永見世央元CFO(現代表)に代表を任せ、自身は次の事業「上質」に向かっている。
日本の起業家・経営者界隈も、米国型の合理的なバトンタッチの構造に近づいてきているのが、最近のトレンドだ。
起業家タイプの人にとっては、0→1をやり続けるほうが、その人の人生にとっても、社会へのアウトプットとしても価値が高い。グリー創業者の田中良和氏が完全退任後に新たな起業を重ねている例は、その典型と言える。
そこで論点になるのが「会社を完全に離れて新事業を起こすか」「同じ会社の中で新事業を立ち上げるか」だ。ポートフォリオ経営をする規模感まで来ていれば社内でやる選択も理に適う。しかし、ユニコーン規模であっても複数プロダクトを抱えると「コングロマリット・ディスカウント」と呼ばれ、市場から低く評価されてしまうことが多い。
社内でやるか社外でやるかは、起業家自身が決めるよりも、社会・市場からどう評価されるかで判断するのが正解に近い。多くの場合、外でやった方が市場からは評価されやすいというのが現状だ。
一方で、楽天は全プロダクトを楽天ポイントで結びつけ、GMVが増えれば増えるほど楽天経済圏全体が発展するという考え方を20年以上前から打ち出してきた。コングロマリットをポートフォリオ経営として強固に結合させながら成長させる戦略であり、これは「社内で複数事業をやる」良い例と言える。
ただしスタートアップの場合、すでに伸びている1事業がある状態で、別のプロダクトを社内で立ち上げようとすると、多くの場合マイナスに働く。上場時には1つの事業モデルの方が市場で評価されやすく、M&Aによるイグジットでも、買い手は「Aはいらないが、Bだけ欲しい」となりやすいからだ。
したがって、1社につき1ビジネスモデルで考えていくのが基本。代わりに起業家が複数の会社を立ち上げるのは合理的、という構造に今後なっていく可能性が高い。日本でもシリアルアントレプレナーがもてはやされるようになり、資金調達も格段に滑らかになっている。元グリー・元メルカリの青木氏が起業した際には、各社の創業者経験者が集まり、注目VCが揃って出資する“オールスター”状態になった。
「0→1の1」とは何か。本当の意味では、PMF(プロダクトマーケットフィット)が成立し、かつユニットエコノミクスが成立した段階が「1」になったタイミングだ。言い換えれば「顧客獲得コストをかければかけただけ伸びる状態」になった瞬間である。
1→10の段階では、顧客獲得単価を下げるための施策、継続率を維持するためのサービス改善などを、ひたすらPDCAで回し続けることになる。仕組みを作って仮説検証PDCAを重ねるフェーズが、1→10である。
10→100は、1つのビジネスモデルがある程度の天井まで到達した後、同じ競争力を活用しながら2つ目、3つ目の事業を作り、ポートフォリオとしてマネジメントする時期だ。日本では多くの場合、IPO後にこのフェーズに入る。
整理すると、0→1の人は「起業家」、1→10の人は「事業家」、10→100の人を「経営者」と呼ぶのが個人的にしっくりくる。創業者の仕事もフェーズごとに変わっていく。
- 0→1:アイデアと情熱でチームを引き、自ら手を動かしてアートを作り上げる時期
- 1→10:手を動かすのではなく、向かう方向を高い解像度でメッセージし、バリューを整え、共通ゴールを示す時期
- 10→100:複数事業をポートフォリオとして経営する時期
「全部ずっと自分でやらなければいけない」と思いすぎないこと。バトンタッチを前提にすれば気持ちは軽くなる。
要注意なのは、1→10の半ばを過ぎ、PDCAが本格的に回り始めた時期に、創業者が「自分の仮説の方が正しいはずだ」と現場に手を出し始めることだ。現場の方が顧客のことをよく分かるようになってきている段階で、創業者の介入は多くの場合間違いを生む。
ビジネスがサイエンスのフェーズに入ったときに、そこへアートを差し込むと、すべてがぐじゃぐじゃになってしまう。創業者が真に価値を出せるのは、すでにサイエンス化した事業に手を入れることではなく、もう一度ゼロから綺麗なアートを自分の思いで作り上げることだ。
そしてもう一つ、創業者が自覚すべき構造がある。ある程度ビジネスが出来上がった会社の中で、創業者は絶対的な力を持つようになる。「自分の言っていることが正しいから、みんなその通り動いている」のではなく、「社長が言うから、みんなその通り動いている」状態になっているケースが極めて多い。意図せず独裁国家化してしまうのだ。
だから、解像度の高い領域で創業者が口を出すのは、ある程度のフェーズ以降は控えた方が良い。たとえそれが正しかったとしても、「創業者の言った通りにやるだけ」の組織を作ってしまう。サイエンスのプロセスにとっては、その正しさはむしろ邪魔になる。
創業者がフェーズを経て出し続けるべきは、具体的な指示ではなく、姿勢やカルチャー、バリューといった抽象度の高いものだ。事業の細部はサイエンスを担う事業家・経営者に委ね、自身は新たなアートを生み出す側に回る——それが、起業家・事業家・経営者という役割分担の本質である。
社長を辞める時期に悩む創業者にとって、自分が今どのフェーズにいて、どの筋肉で会社に貢献しているかを問い続けることが、合理的な判断の出発点になる。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
