中小企業に多い家族経営は、規模拡大とともに従業員のモチベーションや後継者問題で軋みが生じる。DMM創業者の亀山敬司氏が、自身の経験をもとに家族経営の落とし穴と、財産を子に残さないという独自の哲学を語った。
中小企業の多くは、社長の配偶者が経理を担い、子どもが手伝うといった家族経営からスタートする。DMMグループを一代で築き上げた亀山敬司会長もまた、家族経営から事業を立ち上げた経営者の一人だ。しかし亀山氏は、規模が大きくなった企業における家族経営や、子どもへの事業承継には否定的な立場をとる。本稿では、亀山氏が考える家族経営の境界線と、後継者・財産に対する独自の哲学を整理する。
亀山氏はまず、純粋な家族経営そのものを否定しているわけではないと前置きする。
「飲食店をお父さんとお母さんでお好み焼き屋をやっています、子どもが手伝います、というのは全然あり。うちもそんな感じだったから」
問題が生じるのは、そこから社員を5人、10人、100人と雇うフェーズに入った時だ。家族と社員が混在する組織では、「適正に評価されている」と社員側が感じにくくなる。家族や親戚が要職に入ってくる構図は、社員から見れば極論として「迷惑な話」になりかねない、と亀山氏は率直に語る。
大企業になってもなお一族経営から抜けない会社は少なくない。亀山氏はその背景を、「自分が築き上げたものを子どもに継がせたい」という創業者の根源的な欲望として説明する。
「俺が死んだ後も息子に残すんだ、孫に残すんだ、みたいな感じなんじゃない」
しかし、社員から見たときの構図はシビアだ。創業者が一代で1,000人規模まで育てた会社に、息子が「1,000人からスタート」で乗り込んでくる。創業者が乗り越えてきた修羅場を経ていない二代目が、その傾斜を超えることはほぼ不可能だと亀山氏は断じる。
さらに、二代目本人にとっても割の合わない構造があるという。
「うまくやれなかったら、先代は良かったのにボンはダメだなと言われる。うまくいったらいったで、ボンは楽だよな、先代の土台に乗ってるんでしょと言われる。多分大した評価も受けない」
金銭的には恵まれても、心の中では尊敬されない。人間として屈折しやすいポジションでもある、というのが亀山氏の見立てだ。
もっとも、亀山氏は二代目不要論一辺倒ではない。一定規模の会社で創業者が抜けたあと、幹部が4〜5人残った場合、そこで内紛が始まる可能性がある。そうした時に「神輿として担ぐ存在」が必要になるという視点だ。
「飾りでもいいから二代目がいた方がいい、という考え方もあるわけ。天皇みたいな感じで、そこを支える中で実力主義で経営はやる」
二代目を象徴的存在として残し、現場の経営は実力ある幹部が担う。この座組みであれば、派閥争いや「どっちの派だ」という宿世の対立を避けやすい。上場会社(パブリックカンパニー)になれば、もともとの持ち分が薄まる構造上、こうした形に近づきやすいとも指摘する。
では、自身の事業をどう次に渡すか。亀山氏の答えは明快だ。
「もし息子に何か残すとするなら、今の経営陣に任せて、せめて株主からは出してくださいと。配当だけください、という形にする。あとは売却して、売った分で遺産分けしてあげる」
会社の経営は実力者に委ね、子どもには株式や経営権ではなくキャッシュで渡す——会社にとっても本人にとっても、その方が幸せだという考え方である。
そもそも亀山氏自身は、「財産を残さない」という方針を以前から家族にも明言しているという。子どもたちはそれぞれ普通に勤めており、株についても「基本的に財産は残さない」前提で、社員へのMBO的なスキームを構想中だと明かす。
「社会のことを考えてじゃなくて、子どもたちのことを考えた時にそっちがいいと思っているだけ。家族第一主義かつ損得で考えた結果、残さない方がいいという結論」
DMM自身の継承設計についても、亀山氏は今まさに思案中だという。今の幹部たちと形を決めながら、後の経営者が暴走しないよう「文献化」「座組み化」していく作業だ。
「事例もないし、抜け道も出てくる。組織って時代とともに腐敗していくものだから」
出来上がった当初は機能していた仕組みも、何十年か経つと中身が入れ替わり、当初の理念が形骸化する。NPOや学校法人など、志で立ち上がったはずの公益的な組織が権力闘争に陥る例は枚挙にいとまがない。それを避けるための「憲法」をつくろうとしている、というのが現在の構想だ。「壮大な社会実験」と亀山氏自身も認める試みである。
家族経営の議論は、後継者育成のあり方にも及ぶ。「小さい頃から帝王学を学ばせれば二代目もできるようになるのでは」という問いに、亀山氏はこう答える。
「帝王学やってる政治家がいい政治家になるかというと別の話。むしろ初めから帝王だから人の痛みが分からない、ということもある」
そして、帝王学を仕込むということは、親子の会話の多くが「ビジネスとはこういうもの」「悪いやつが来たらこう引く」「社員のキャリアはこう決める」といった経営の話になることを意味する。それは家族の会話というより上司と部下の関係に近づいてしまう。
「家族としては、最近どう?幸せにやってる?くらいの会話の方が健全だと思う」
亀山氏自身、付き合い始めの頃は奥さんが自社のカフェバーでアルバイトとして働いていた経験がある。当時、亀山氏が1ヶ月の旅に出るにあたり、自身の1ヶ月分の給料を社員に分配する施策を打った。しかし、社員ではなくアルバイト扱いだった奥さんはその対象外。
「『なんで私がもらえなかったの』『そんな風にしか見てもらえなかったんだ』と泣かれてしまって」
経営者としては社員と非社員のどこかで線を引かざるを得ない。一方、奥さんからすれば感情的に納得しがたい。話は平行線になり、結局「仕事は別にしよう」と会社を出てもらった、という体験談だ。
「家庭ではすぐ土下座する。ごめんなさい、どんなことでもさせる。でも仕事に関しては、公正で合理的な判断をしないといけない場所がある。そこは譲れなかった」
家庭と職場の論理は両立しない。だからこそ「ここだけは分けておこう」という結論に至った——亀山氏はそう振り返る。
地方の中小企業ほど、株主の目が外部から入らず、公私混同が起こりやすい。亀山氏は、自社では親戚を入れることを全面的に禁止していると語る。
「真石(真面目な石・出資の話)でどうのと聞かれても、『うちはこない(縁故採用しない)』という話になる。ちゃんとした仕事をしろよとみんなに言ってる手前、自分らだけ親戚に緩いことはできない」
社員に課しているルールは、自分にも適用する。少しでも例外を作れば、周りはもっとやる。「自分で作ったルールを自分で守らないと、周りもついてこない」というシンプルな原則だ。
家族経営から脱皮する局面では、「自営業の社長」から「会社の社長」への役割転換が必要になる。店の余りものを家族で食べて済ませていた時代から、社員を雇えるオペレーションに切り替える——その瞬間に、社長としての立ち居振る舞いも変わるべきだという。
亀山氏のメッセージを整理すると、以下のようになる。
- 純粋に家族だけで営む商売はあり。問題は社員が増えてからの公私混同
- 二代目への経営承継は、本人にとっても社員にとっても割に合わないことが多い
- 残すなら経営権ではなくキャッシュで。売却して遺産分けする選択肢が現実的
- 一定規模の会社では、二代目を「象徴」として置き、経営は実力者に委ねる設計もありうる
- 公私の線引きは、創業者自身がもっとも厳しく守る必要がある
「継がせたい」という創業者の感情は自然なものだ。しかし、子どもの幸せを本気で考えるならば、財産も会社も渡さないという選択肢が浮上する——亀山氏の語り口には、家族第一主義を貫いた末の合理的な結論が貫かれていた。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
