DMM.com創業者・亀山敬司会長が、売上10万円の駆け出し時代から1000億円規模の現在まで、各フェーズで直面した悩みと乗り越え方を率直に語る。組織崩壊を防ぐ人事配置、横ばい時の事業転換、そして経営者ピークの自己認知まで、実体験に基づく経営哲学が詰まった一本。
DMM.com創業者の亀山敬司会長に、創業期から現在に至るまで、会社の規模ごとにどのような悩みを抱え、どう乗り越えてきたのかを聞いた。
最初の頃の悩みは、極めてシンプルだったという。
「1番最初は自分1人でやっていたから、雇用の心配は全くない。ただ、明日から食えるかどうかっていうのはあった。自分の食い扶持を稼げるか、という話から始まる」
亀山会長は当時、手持ちに常に10万円を残しておく習慣をつけていた。旅先のラスベガスで強盗に遭った際にも、10万円は手元に残していたほどだ。家賃が1万3000円ほどの3畳間に住み、最低限の蓄えで「とりあえず何か考える時間」を確保していたという。
売上が立ち始めた20代半ば、月商100〜200万円(年商3000万円規模)になっても、悩みらしい悩みはなかったと振り返る。プールバーやビデオレンタル店を営んでいた時期だ。
「自分の労働力さえ割けばいい。夜遅くまでやって、正月も休まず開けていれば、お客さんが来てくれる。今日は10万上がったぞ、と。全部稼いだ分が自分のものだと思えるから、やれる」
労働時間短縮や生産性が議論される昨今だが、亀山会長は明確に語る。
「自分に能力も生産性もない時は、時間で稼ぐしかない」
社員ではなくアルバイトの叩き上げを、2〜3年かけて見極めてから店長や社員に登用していく方法を取った。ミスマッチがほぼ起きない、堅実なやり方だった。
社員が数十人規模になった売上10億円のフェーズでは、初めて「責任」という重みが訪れる。
「こいつらが5年後、10年後も給料を払い続けられるか。それが義務付けられる」
ビデオレンタル事業はまだ伸びていたが、いずれ売上が横ばいになる時が来ることは予測できた。亀山会長が最も警戒したのは、まさにこの「横ばい局面」だった。
「給料は少しずつ上がっていくもの。だから売上が横ばいになると、こっから落ちていくんじゃないかと。落ちる前にやらなきゃ、と思った」
この危機感から、まだ資金があるうちに次の柱を準備する動きを始める。インターネット、DVD販売、ファミコンのフランチャイズ、旅行代理店 ― 「思いつくもの」を片っ端から試した。共通点はなかったが、その中からネット事業が花開いた。当初は8年ほど赤字だったが、ビデオレンタルやDVD販売の利益で支え続けた。
なお、預金は半年分の給料を払える額をキープし、それ以外は新規事業に投じる方針だったという。
「100人くらいまでが1番楽しい時期」と亀山会長は言う。みんなの顔が見え、単純なトップダウンでも回せる規模だ。
しかし200人、300人になると接点がなくなり、「マネジメントできる人をマネジメントする」段階に入る。
「自分が監督をやって、その監督を育てる監督みたいな話になる。プレイヤーとして優秀でも、10人の部下を任せるとうまくやれないやつは結構出る」
ここで重要になるのが、ポジションの入れ替えを恐れない姿勢だ。
組織崩壊が起きるのは、創業初期から一緒にやってきた人物に固執し、下のメンバーがついてこなくなった時だという。
「自分にとっては可愛い社員でも、部下からの人望がない場合がある。そこで思い切ってリーダーを変えられるかどうか。最悪なのは、力のない親族にやらせるパターン。傲慢になられたら、優秀な人がどんどん辞めてしまう」
オーナー企業ほど陥りやすい罠だ。本人は公平にやっているつもりでも、2番手からの情報がフィルターを経由して届くため、判断を誤りやすい。
「下が割れているなら、可愛くないと思うやつでも、そのポジションに置かなければいけない」
また、人柄も能力もある優秀な人物が、なぜか事業ではうまくいかないケースもある。亀山会長は2〜3回チャンスを与えるが、それでも結果が出なければ事業部長を変える。
「任命も大事だし、違うなと思ったら変える勇気も必要」
売上が500億円規模に達した時、特別な感慨はなかったという。
「目標設定がないから。500行ったら次は600。区切りがない」
同級生にも家族にも、売上を語ったことはほぼないと話す。
「同級生に『今こんだけだよ』って言ったって、ただの嫌なやつになるだけ。友達なくなる」
例外は採用目的で会社の安定性を伝えたい場合と、M&Aで合理性を説明する場面のみ。「会社のため」と「自己顕示欲」の境界を厳しく自覚している。
亀山会長は「自分の経営者としてのピークはとっくに過ぎている」と断言する。
「ピークは50歳ぐらい。現場のトレンドも掴めて、自分の足りない部分を社員が補ってくれていた頃」
現在伸びている部分は、過去に作り上げた組織力・資金力・人脈による「貯金」で動いていると分析する。
「能力は落ちているのに、やっている感は出せる。経営者ってごまかしが効くんだよ。『あいつに任せてるから、それは俺の成果』みたいに言える」
この錯覚に陥った経営者ほど「おかしくなる」と指摘。スポーツ選手や芸人のように能力低下が即座に可視化される職業と違い、経営者は惰性で偉そうな顔ができてしまうからこそ、自己認知が問われる。
現在の関心事は、権限の委譲と株の扱いだ。
「俺がいなくなった後に変な争いが起きないようにしたい。なるべく会社が揉め事なく、みんな楽しくやっていけるような絵を描くつもり」
ただし、悩みすぎても仕方がないとも語る。「死ぬ前にこうしておこうと言ったって、相当に変わるかもしれない。なるべく最善を尽くすだけ」
大きな悩みはなくとも、「迷い」は常にあるという。たとえばエンジニア組織を事業部ごとに縦割りにするか、CTO配下の横断組織にするか。事業の独立性とスキルアップのバランスをどう取るか。
「やっていく中で、こだわりなくやり方を変える。組織はどんどん変わっていくもの」
会社のミッションや理念について聞かれると、亀山会長は笑う。「DMM.comというドメインも、3文字でCO.JPを取れるものを選んだだけ。ABCが取られていたから残っていたDMMにした。思い入れもない」
アスリートや芸人と違い、経営者はピークを過ぎても「現役感」を持って続けられる稀有な職業だ。亀山会長はそれを冷静に自覚しつつ、最前線に立ち続けている。
「迷いは常にある。けれど、悩みすぎても仕方ない」
各フェーズで直面する課題は変わっても、その都度シンプルに「やるべきこと」へ落とし込んでいく。創業期から一貫したこの姿勢こそが、売上10万円から1000億円企業への道のりを支えた本質なのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
