20代の起業家が個人のキャッシュポジションを上げ、リスクテイクできる土台を作るためにM&Aを検討する場合、最適なタイミングはいつか。売却経験者と先輩経営者が、買い手の見つけ方、ロックアップ、売却後のキャリアまで本音で語る対談。
スモールビジネスを立ち上げて売却する事例がここ数年で大きく増えた。20代のうちに財務的なレバレッジをかけたい起業家にとって、M&Aは個人のキャッシュポジションを最も早く引き上げる手段の一つになりつつある。
本記事では、東京大学出身で学習塾系の事業を営む20代の起業家が、すでに事業売却を経験した先輩経営者と、M&Aアドバイザーに「個人として最もレバレッジが効くM&Aのタイミングはいつか」をぶつけた対談を再構成する。
相談者は次のように切り出した。
「20代のうちに財務的なレバレッジをかけたいという思いがあって、M&Aが個人のキャッシュポジションを上げる一番早い方法ではないかと考えています。ただ、事業をやればやるほど『もう少し伸ばしたら、もう少し根がつく』と感じてしまい、引き際を定められなくなっているんです」
相談を受けた売却経験者の一人は、自身がメディア事業をウルゲート社へ売却した経緯をこう振り返る。
「Googleのアルゴリズム変動を食らって、零細企業のままメディアを運営し続けるのは厳しいと感じました。大企業の傘下に入った方がドメインパワーの観点でも伸びると思ったんです。これで終わりではなく、参加してさらに伸ばしていく形ですね」
値段については「下がっていた割には5年分弱の評価がついた」と語る。一方で、王道のセオリーも明確だ。
「上がっているときの方が値段はつきます。ジョイン後に明らかに伸びると見えていれば、7年分・10年分という評価も全然ある。伸びているうちに売るのが定石です」
さらに、20代でのM&Aには別の意味もあるという。
「トラックレコードを作るという意味で、20代はいいですよね。売り先が誰もが知る上場企業であれば、『上場企業が買うに足る事業を作った』という実績になる。資産形成の面でも、10年分くらいタイムマシンに乗った状態になる気がしています」
もう一人の先輩経営者は、タイミングを単一の指標で判断しないよう諭す。
「買い手・金額・その後のシナジー、すべてがバランスする案件を探すのがいい。自分の年齢、次のチャレンジのイメージも含めて全体最適で考えるべきです」
そして「奇跡の案件」を待ち続けることへの警鐘を鳴らす。
「シナジーがあって、長期的なキャリアにつながって、経済条件も良くて、ロックアップも自分の意向に合う——そんな完璧な案件はまず無い。だからこそ、総合点80点の案件を見つけることが一番重要になってきます」
相談者は、売却を志向する理由を率直に語る。
「自分はリスクが取れない側の人間だという自覚があります。東大に入ったのも、親に勉強の教材を買ってもらって面白くて続けただけ。三菱商事も内定していたのに、学生時代の起業をクローズせずに入社したのも、結局リスクを取らなかったということなんです」
「だからこそ、個人のキャッシュポジションを上げれば、経済的な意味合いでもリスクテイクができる。次は本当に大きいチャレンジを、オールインでやりたい」
これに対して先輩経営者は、その動機自体が次の事業設計にも跳ね返ると指摘する。
「オールインで挑むなら、それにフィットする事業を作らなければならない。だから売却交渉中の事業がトレードオフになることもある。比較的右肩上がりのときに、いい買い手に、適切な金額・条件で渡す——そこを全部マネージしないといけないんですよ」
「どうやって買い手を探すのか」という相談者の問いに対し、売却経験者はシンプルに答える。
「私はウルゲートさんの社長と仲が良くて、信頼関係があったのでごり押ししてもらいました」
そのうえで、相談者にはより広い動き方を勧める。
「いろんなところに行けそうな雰囲気がある人なんだから、売却を意識せずネットワークを作っておけばいい。上場企業はとにかく成長性を求められているので、買いたがっている会社は本当に多いです」
具体的なアプローチも示された。
「学習塾の領域なら、大手企業が20社くらいあるはず。そこに自分でネットワークを開拓していけばいい。『事業相談』という名目で会いに行ってもいい。受注や提携になるかもしれないし、買収につながるかもしれない。学習領域以外にフォーカスして事業を伸ばしている会社からすれば、東大生を抱えているという珍しいアセットは興味を持たれます」
相談者は、ロックアップ条件についても気になっている様子だ。
「がっつり稼働を取られるロックアップだと、時間を縮めたいというイメージから遠くなってしまう。だから再現性を高めるところに注力してきました」
一方、先輩経営者は買い手目線をこう整理する。
「M&Aで売上が上がっても、利益が上がらないと評価されない。親会社のPLをよくしてくれる方が、買い手としては実は嬉しい。役員として迎え入れるという形もあり得ます」
また、再現性のある組織作りについて相談者は次のように語った。
「講師は東京大学の学生から採用していますが、社員はバラバラの大学出身。再現性を担保するために、属人的にならない設計を意識しています」
話題は売却後のキャリア像にも及んだ。先輩経営者は、自身が一緒に創業期を戦ったメンバーの事例を紹介する。
「クラウドワークスで創業期に一緒だったメンバーが、上場させた後に辞めて、村上孝志さんが手がける開花器の役員になったんです。変化球すぎて誰も評価しきれない。比べなくていいからこそ唯一無二感がある」
そして、いまの時代の地殻変動についてこう語る。
「非ビジネス界隈の人たちがSNSやビジネス的な動きをし始めて、ビジネス側の人たちはちょっと飽きてきて文化と融合しようとしている。文化枠とビジネス枠の融合が起きていて、20代ならいろんなキャリアがあり得る」
相談者の現状については、こう諭された。
「いまの事業も楽しいけれど、このまま行ったらまずいと感じている——それは『良い負荷』が今の自分にかかっていないということ。もう少し面白いチャレンジがある場を選ぶ、あるいはそこにつながる回転を見つけるのがいい。インプットの幅を広げてみるのも一つです」
20代でのM&Aは、単に資産形成の手段としてだけでなく、「上場企業が買うに足る事業を作った」というトラックレコードを得る手段でもある。完璧な条件が揃う案件は存在しないからこそ、買い手・金額・シナジー・ロックアップの総合点で80点の案件を見つけ、伸びているうちに動くことが現実解となる。
そして売却後のキャリアは、必ずしもビジネス領域の延長線上にある必要はない。文化とビジネスが融合する時代において、唯一無二のポジションをどう作るか——M&Aはそのためのレバレッジでもある。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
