メディア事業をミライワークスへ売却した経営者・かつき氏。社員ゼロでの起業、スモールビジネスを起点とした「修行型」キャリア、そしてM&Aがもたらす人生の土台について、独自の経営観を語った対談記事。
メディア事業をミライワークスへ売却した経営者・かつき氏。執筆活動や書籍プロデュースなど、ビジネスの枠を越えた活動を続ける同氏の自宅を、M&A CAMP編集部が訪ねた。
冒頭、夏休み期間を経て2社目を本格稼働させようとしているという話題に。一般的なコンサルティングファームは高学歴で事業経験のないメンバーが中心だが、「事業経験や売却経験のある人がやる経営コンサルがあってもいいのではないか」と、かつき氏は語る。M&Aのデューデリジェンス(買収対象企業の詳細調査)やコスト削減のような定量分析は既存のファームが強い一方で、新規事業のグロースを支援する「商売経験者の経営コンサル」は手薄だという見立てだ。
発信面でも、YouTubeやSNSでDMを通じて相談を受けるケースが増えており、キャリアコーチングをインターネット上でレバレッジさせる形を模索しているという。「BとC、両方走らせて当たったほうを伸ばす」。1社目で転職メディア・英語メディア・プログラミングメディアの3本を試し、転職メディアだけが伸びた経験から導かれた、勝率を意識した立ち回りである。
「シリコンバレーでうまくいっている経営者は、実は45歳前後で起業しているケースが多い」。連続起業とユニコーン企業の創出には相関があるという研究を引きながら、かつき氏は若手起業家に「焦らないこと」を勧める。
自身も、これから5年ほどは「修行期間」だと位置づけているという。事業経験を積み、売却を組み合わせながらキャッシュを得て、大手企業での会社員経験すら活かす。「45歳になった時の起業では、現場業務は一切やらない。完全に組織化するために、今は逆にディテールまで全て自分でやっている」。経営者が現場業務の細部を理解していないと、現場社員から信頼されず、組織は内側から崩壊しやすい――そんな実感が背景にある。
学生起業ブームについても「12年ほどはサラリーマンで修行してから起業しても遅くない」というスタンス。難易度の低い事業からコツコツ利益を積み上げるほうが、成功確率も再現性も高いと説く。
いきなり大型調達でスタートアップ的な急成長を狙うことを、かつき氏は「30元連立方程式を解くようなもの」と表現する。変数が多すぎて、たとえ解けても再現性が担保されない。
そこで提案するのが、スモールビジネスから始めて「筋トレ」のように負荷を上げていく方法だ。バーベルにいきなり200kgを載せず、扱える重量を段階的に増やしていくイメージである。途中で自分が起業家に向いていないと気づけば、会社員に戻る・フリーランスとして活動するという選択肢も取りやすい。
また、事業を「マネタイズ専用」と割り切る発想も特徴的だ。インターネットによって情報発信が民主化され、生成AIによってクリエイティビティすら民主化されつつあるなかで、「アーティストになってもいい時代」に、事業ですべてを実現しようとする必要はないという。時価総額1兆円企業を目指して上場経営者になることが向いているのは、「売上・社員数・時価総額が増えていくことを純粋に楽しめるタイプ」だけ。事業以外にもアイデンティティの依存先を持つことが、結果として幸福度を高めると話す。
スモールビジネスとスタートアップは比較されがちだが、実は両輪だとかつき氏は強調する。スモールビジネスが増えれば起業家の絶対数が増え、その層からスタートアップが生まれてくる。逆に、スタートアップが生み出すツールは個人事業主のレバレッジを高め、スモールビジネスを下支えする。
アメリカでは年金マネーがVC(ベンチャーキャピタル)に流れ込むほど起業家層が分厚く、イグジット(投資回収)の約9割をM&Aが占める。日本ではM&Aが10%にも満たない水準だが、起業家の裾野を広げる発信が現状ではスタートアップ偏重になっており、もっとスモールビジネス側の発信が必要だという。
さらにマクロ環境にも触れる。ウクライナ情勢に端を発するインフレで米金利が上昇し、スタートアップのバリュエーションは世界的に押し下げられている。だが、5年というタイムスパンで考えれば、「インフレが収まり金利が下がるタイミングで再びグロース株のバリュエーションは戻る」。短期での利益確保に追われる現役プレイヤーには見えづらいが、長期視点では「今こそ赤字を掘りに行くタイミング」という逆説も成り立つというわけだ。
かつき氏にとってM&Aは、キャピタルゲイン(譲渡益)以上の意味を持っていたという。0から立ち上げた事業を売却まで形にしたという実績、そこから生まれる人脈、紹介の連鎖。「金融資本・人的資本・社会資本」という、人生の土台となる3つの資本がまとめて手に入る感覚があったと振り返る。
ただし、M&Aが民主化されすぎて早すぎるタイミングで売却してしまうケースや、売却後に虚無感に襲われるパターンには注意が必要だとも話す。土台はあくまで土台であり、その先に何を積み上げるかは別の問題だ。日本のM&A市場をアメリカ並みに育てるには、フリーランスやスモールビジネスの厚みも含め、相当な時間がかかるとも語った。
なぜ社員を雇わず業務委託中心で事業を回すのか。その理由を、かつき氏は「レバレッジの種類」で説明する。
YouTubeなどのコンテンツマーケティングは、作ったコンテンツが資産として残るためマイナスにはならない。一方、組織化は固定費が増え、売上に対して利益が伸びない、あるいは売上自体が下がるといった「マイナスのレバレッジ」になり得る危険なツールだという。
キラキラしたキャリアの人材を採用したくなる衝動はあるが、人が機能するかどうかを見抜くのは経験を積んでも難しい。だからこそ、3〜6ヶ月は業務委託として一緒に働いてから採用判断するスタイルを採っているという。「無風で何も起きない時期に仲間を作りに行くのは大事だが、それが安易な逃げになっているケースも多い」と釘を刺す。
対談の終盤、若手起業家に向けたメッセージとして、かつき氏は「起業はギャンブルではない」と繰り返した。
「ちょっと退屈で笑われるような、月並みなビジネスを褒め称える側でいたい」。トレンドに乗ったビジネスは一瞬で陳腐化する一方、地味でもキャッシュフローを生む事業は、追い風が吹いた瞬間に大きく伸びる。1円でも多く稼ぎ、1円でもコストを減らすことを愚直に続けながら、波が来るのを待てる体勢を保つ。これが最も再現性のある戦い方だという。
上場後も伸び続けている企業を観察すると、地味なことをコツコツ積み上げているケースが多い――かつき氏はそう語る。「かっこいいことはリターンが少ない。泥臭くてチープなことにこそリターンがある」。研究者気質ゆえに「一般的にはAだが実はBではないか」と問い直す姿勢を持ち続けてきた、かつき氏らしい結論だった。
社員ゼロで会社を売却し、執筆や書籍プロデュースへと領域を広げるかつき氏。リスク強度を自分で見極め、スモールビジネスを起点に「筋トレ」のようにビジネス筋力を鍛える。M&Aを「人生の土台」を手に入れる手段として活用しながら、事業以外のアイデンティティも育てる。
スタートアップ一辺倒の語りに偏りがちな起業観に対して、ひとつのカウンターを示す対談だった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
