ホールディングス経営の活用法、銀行を5行使い分ける不動産投資の進め方、M&A時に税負担を抑えるスキームまで。経営者・福田氏が森尾氏に聞いた、知っておきたい資産形成と資金繰りのリアルな実務知識をまとめた対談記事。
経営者がある程度のキャッシュを手にした時、その先の選択肢として登場するのが「ホールディングス経営」と「不動産投資」だ。M&A CAMPでは、ダイアリー社の福田氏が、税務・資金繰りに精通した森尾氏に対し、ホールディングス体制を活かした資産運用、不動産投資の入り方、M&Aと配当の使い分けまでを率直に質問。一般にはなかなか語られない「経営者のお金の動かし方」を聞いた。
福田氏が冒頭で吐露したのは、不動産業界に対する漠然とした不安だ。漫画『正直不動産』のイメージや、ITやメディア業界とは異なるカルチャーへの戸惑いから「自分にできるか不安」と語る。
それに対して森尾氏が示したのは、シンプルな判断軸だった。
「不動産投資をするのが怖い方は、ひとつの物件を買うときに5つの銀行・信用金庫に投げてみるといいですね」
ひとつの銀行ではなく、複数行に同時に相談する。5行のうち全行が「うちで出します」と答えるなら、その物件はまずちゃんとした物件と見て良い。3行が出すと言い、2行が断った場合は、その2行になぜ断るのかを聞けばいい。逆に4行が「やめましょう」と言い、1行だけが「ぜひうちで」と前のめりになるのは、むしろ危険信号だという。
「銀行を経営判断のフィルターに使う」という発想だ。
森尾氏が強調したのは、銀行への相見積もりに対する誤解だ。
「皆さん、銀行に相見積もり取っちゃいけないと思っている方がいますが、向こうは普通に相見積もりを取りまくっていますからね」
ひとつの銀行にしか相談しないと、条件は必ず銀行有利に寄っていく。各銀行の最初の提示は「銀行にとって最善、企業にとって最悪」が基本であり、3〜5行に投げて競争させてはじめて、双方にとってバランスの取れた条件に落ち着くというのが森尾氏の見立てだ。
そのうえで、預金を潤沢にして「3年・5年は借りなくても回る会社」に仕上げておくこと、そして付き合う銀行の数を増やしておくことが、不動産事業を伸ばす土台になると語った。
「不動産会社って倒産確率は低いんですか?」という福田氏の素朴な疑問にも、森尾氏は明快に答えた。
「低いですね。倒産件数自体、他の業種に比べて圧倒的に少ない」
負債が数十億あっても、それに見合う資産を保有しているケースが多い。倒産が起きた時に「金額が大きいから」目立つだけで、件数で見れば極めて少ないという。一方で「人が苦しんでいる話のほうがニュースになる」ため、悪い評判ばかりが目に入りやすい構造があると指摘した。
また、創業50年・60年・70年という老舗企業を見ると、ほぼ例外なく不動産を保有しているという。バブルを乗り越えた老舗が今も残っているのは、不動産という担保価値ある資産を持ち、いい時期に返済を進めていたからかもしれない、と森尾氏は語る。
福田氏は27歳という自身の年齢を踏まえ、「不動産は早く始めるべきか、もう少し後でもいいのか」を尋ねた。
森尾氏の答えは「常に今がやり時」。
返済が進み、価値が生まれるまでには時間がかかる。10年前に始めた人は、いま大成功している。価値が倍近くになっているケースもある。だからこそ「時間軸の長さ」を考えれば、早く始めることに合理性があるという。
初心者が始めやすい入り方として挙げられたのが、都内通勤圏の中古区分マンションだ。たとえば1億円の物件であれば、自己資金2,000万円程度で残りを借入で組む。仮に2割値下がりしても、8,000万円のローンを返し切れば失うのは元手の2,000万円。預金が5,000万円ある中での2,000万円なら、致命傷にはならないというラインから検討するのが現実的だと語る。
福田氏のダイアリー社はホールディングス体制を取っており、資金調達と一部株式譲渡によりホールディングスに現金が入ったという背景がある。
IT系のように事業がキャッシュを生む会社は、毎年の利益が「行き場のないお金」として親会社に積み上がっていく。それを貸付として子会社に回し、不動産を取得していくという動かし方が可能だ。
「不動産は規模が大きく見えるだけで、自己資金は2〜3割。社長自身が頭に汗をかかなくても、その不動産を借りてくれている入居者の知恵と努力が借金を返していってくれる。価値が落ちなければ、借金は自然と減っていく」
森尾氏が描く構造は、本業のキャッシュを温存したまま、レバレッジで資産を積み上げていくものだ。
福田氏は「株式投資なら数パーセントの上昇が見えるが、不動産はリ回り3%や2%、1%もある。会社を伸ばしたほうが早いのでは」と疑問を投げる。
ここで森尾氏が指摘したのが、経営者の不動産投資における「利回りの定義」の違いだった。
本業がキャッシュを生んでいる経営者にとって、不動産投資の目的はキャッシュフローではない。彼らが見ているのは、自己資金に対する資産増加率だ。
たとえば1億円の物件を、自己資金2,000万円・借入8,000万円で取得し、年間400万円ずつ返済が進むとする。家賃収入から経費を引いた手元現金は0円でも、物件価値が維持されていれば、毎年400万円分の借金が消え、その分自己資産が増えていく。2,000万円の元手に対して年400万円——彼らが見ている利回りはこの水準なのだという。
「返済が加速して自己資金が増えている、という感覚を持つこと。これがバランスシートで投資を考えるということです」
多くの経営者が損益計算書(PL)的な発想は得意だが、貸借対照表(BS)的な発想は苦手だ。だからこそ、PLだけ見て「キャッシュが残らない不動産投資」を否定的に捉えてしまう。だが本業がキャッシュを生んでいる経営者にとっては、見えないところで資産が増えていくBS的な投資こそが理にかなっている、と森尾氏は語る。
不動産融資で頼りになるのは、メガバンクではなく信用金庫と地方銀行、特に「他県の地方銀行」だという。千葉銀行、横浜銀行、山梨中央銀行、静岡銀行など。
地元で貸し切れない資金を東京で運用したい他県地銀にとって、都内の経営者は重要な貸出先候補だ。事業性融資は地元企業に集中するため、東京で貸せる先はおのずと不動産になる。「彼らはお金を貸さなければならない事情がある」というのが森尾氏の見立てだ。
そのため、平時から接点を作っておくことが効いてくる。本業の融資ニーズがなくとも、いずれ不動産に興味を持った時に、その付き合いが生きる。さらに帝国データバンクの評点を上げておくと、銀行側から接触してくる確率が高まるという。51点以上が「超優良」のラインとされる。
話題は資金繰りからM&Aの設計に移った。福田氏が紹介したのは、M&A CAMPで取材した別の経営者の事例——株式売却ではなく、ホールディングス体制で1社を上場させ、配当でキャッシュを作る選択肢だ。
ここで森尾氏が解説したのは、税務面での違いだった。
M&Aで個人に株売却益が入る場合、税率は約20%。一方、ホールディングス(法人)が子会社株を売却すると法人税率は約30%が適用される。一見、個人で受けたほうが安く見える。
しかし、売却価格には「純資産」が含まれている。たとえば5億円の売却価格のうち、純資産が3億円・のれんが2億円であれば、事前に純資産3億円を配当として親会社に吸い上げ、売却価格を2億円まで下げてしまえば、課税対象が圧縮される。「5億円の20%」と「2億円の30%」では、後者のほうが安くなるケースが出てくるのだ。
森尾氏は、M&A後の資金は個人より法人で受けたほうが運用しやすいと語る。
個人にキャッシュが入ると、相続税の対象になり、再投資のために新規法人を作っても実績がなく、中小企業特例を使うために資本金1億円以下に抑えれば、5億円のキャッシュを5社に分けて運用するような煩雑さが生じる。
ホールディングスにキャッシュを残せば、すでに実績も取引もある会社の中で運用ができ、株式投資・不動産・投資信託をまとめて保有できる。さらに資産管理会社を子供の数だけ分割しておけば、相続時に株主名簿の書き換えだけで承継が進む。証券口座や不動産名義をひとつひとつ書き換える手間とコストを考えれば、「資産は会社で持ち、その会社の株を経営者が持つ」スタンスがもっともシンプルだという。
福田氏は、新設したM&A CAMPの株式会社を「親会社7割・福田氏個人3割」で持っている、と明かした。これに対する森尾氏の答えは明確だった。
「100%のほうがいいですね」
外部資本を入れるのは事業上の必要があれば良い。しかし、自身が個人で子会社株を中途半端に持つと、配当のたびに自分にも配当を出すか考える必要があり、次世代への承継設計時にも複雑性が増す。「株式交換」のスキームで一本化できる可能性があるため、税理士に相談したほうがいいというアドバイスだった。
福田氏は、ホールディングス傘下に新設する子会社の資本金を600万円にしようとしていた。森尾氏はここで重要な指摘をする。
資本金600万円で1年目に800万円の赤字を出すと「債務超過」になる。不足分を親会社からの貸付で補填しても、それは負債であり決算書を悪化させる。
さらに、後から「資本金が足りなかったので増資しました」という履歴は、登記簿に残り続ける。「あ、最初に失敗して慌てて増資したんだな」と銀行や取引先に見られる可能性があるのだ。
資本金1,000万円超で発生する追加負担は、年間で約11万円程度の差。それを惜しんで100万円や600万円で始め、後から修正することのほうが、信用面でのコストが大きいというのが森尾氏の見方だった。
会社の登記簿(全部事項証明書)は、想像以上に多くの情報を発信している。
本店所在地が頻繁に変わっている、バーチャルオフィスやレンタルオフィスを点々としている——これらは「事業成長に合わせて移転した」と前向きに捉える人もいれば、「各所で銀行に相手にされず転々としている」と取る人もいる。
役員もシビアに見られる。社長と苗字が違う役員が増えると「この人は誰なのか」と徹底的に調べられる。先輩経営者を「アドバイザー」として役員に迎えた途端、その先輩の会社の状況が悪ければ「身内認定」され、融資が止まったケースもあるという。
「うちのお客様面談の中でも、年に1ペースぐらいでありますね」と森尾氏。役員1名の単独経営のほうが、誰を信用すればいいかが明確で、むしろ評価されやすい場合もある。
株式の分散も後悔しやすいポイントだ。
「創業メンバーに5%ずつ分け与えて、これどう取り返したらいいですか、と相談に来る方は多いです」
森尾氏の助言はシンプルだ。M&Aや上場が決まった時に分けてあげればいい。決まる前に渡す必要はない。報酬で還元したいならボーナスで上げればいい。生株を分散させた瞬間に、選択肢は大きく狭まる。
対談の最後、森尾氏は経営者の選択肢を整理した。
M&Aは確かにシンプルで分かりやすい。育てて売って、税率20%、手元に8割が残る。だが、その8割を「個人で受けるのか、法人で受けるのか」で、その後の運用しやすさは大きく変わる。
そして、必ずしも売却だけが正解ではない。資産管理会社に株式を保有させたうえで、上場・M&A・配当継続のいずれを選ぶかはその時に判断すればいい。子会社単位で持株会社を分割し、承継したい子供と、現金で残してあげたい子供で会社単位で切り分けるスキームすらある。
「テクニカルな企画系を専門にしている税理士もいる。そうした専門家の力を借りれば、出口の選択肢はいろいろな方向性が取れます」
本業のキャッシュフロー、ホールディングスの設計、不動産レバレッジ、M&A時のスキーム——どれも単独では語れず、組み合わせて初めて意味を持つ。だからこそ、平時から銀行・税理士・専門家との接点を作り、選択肢を準備しておくことが、経営者の資産戦略の本質なのだろう。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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