ポート株式会社代表の春日博文氏が、M&Aにおけるデューデリジェンスの進め方、買収後のPMIで現場に入る重要性、VCからの資金調達と株主構成が将来の売却にもたらす影響まで、買い手・売り手・経営者三つの視点から語る。
M&Aを成功させるために、買い手はデューデリジェンス(DD)で何を最優先で確認すべきか。買収後のPMIで現場との信頼関係をどう築くか。そして、将来のM&Aを見据えた経営者は、資金調達や株主構成にどんな注意を払うべきか。学生起業から東証上場までを経験したポート株式会社代表・春日博文氏が、自身の実務経験をもとに語った。
春日氏がM&AのDDで最も重視するのは、聞く順番だ。多くの買い手はM&Aデッキにある基本的な質問項目を最初に一気に投げかけるが、それでは売り主が飽きてしまうという。
「基本的な話を質問するのは最後にしようと思っています。みんな聞いてくる話なので、売り主は飽きると思うんですよ」
代わりに春日氏はビジネスの質問から入る。設立経緯や売却背景といった「買うか買わないかの判断に影響しない質問」は後回しにし、売上・利益・ユーザー数・ビジネスモデルの強みなど、価値の根幹に紐づく論点を先に確認する。社長は誰よりも自社のビジネスに詳しい存在であり、買い手としても「この会社を伸ばしてくれるのか」を見極めたい以上、ビジネスから対話を始めるのが理にかなっているという。
DDを進める中では、想定外のリスクが見つかることが少なくない。
- 取引先比率が想定以上に高すぎる
- 取引継続年数が極端に短い
- 取引先ごとのチェックがほぼ機能していない
- PL上は問題なくとも、BSを見ると財務基盤が脆弱
春日氏は、こうしたネガティブが見つかったときに重要なのは「本当に解消不能なネガティブなのか」を一つずつ見極めることだと話す。例えば債務超過は財務基盤を強化すれば解決できるし、増資で対応できるケースも多い。
「私の感覚なんですけど、本当に解消不可能なネガティブはかなり少ないんです。基本的にはネガティブとポジティブを差し引きしていって、価格に反映することで解決できるケースもある」
ただし、警戒すべきパターンが一つある。それは「M&Aの目的そのものとネガティブが一致してしまう」場合だ。
たとえばユーザー数を獲得するためにメディアを買収するケースで、SEOのドメイン評価が下がる兆候が見えていたり、就活メディアのように毎年ユーザーが入れ替わる構造的な不確実性があったりすると、目的の達成自体が揺らぐ。こうした「目的に直撃するネガティブ」は、価格調整では救えない致命的リスクになりうる。
買収後の事業運営、いわゆるPMIについて、春日氏は明確な持論を持っている。「業績を守るスタンスでM&Aするのは危険」というものだ。
「むしろ衰退すると思います。維持できるかどうかを確認していると、おそらく下がるレベルになる」
だからこそポートでは、DDの過程で対象会社の社長や事業責任者候補と対話しながら、自分たちで成長プランを描く。そのプランに自信が持てて、現場のキーパーソンと握れていない限り、買収には踏み切らないという。
組織を持つ会社を買収する場合、現場のメンバーは売却の意思決定プロセスをほぼ知らされていない。「明日から新しい資本が入る」と当日初めて知るケースもある。そんな状況で買い手側が役員レイヤーから入り込めば、現場は当然引いてしまう。
春日氏自身は買収先の役員に入るが、それ以外のポートからの送り込みは原則として現場レイヤーに限定している。各セクションに少なくとも1名は配置することで、現場の状況がポート本社にも吸い上がりやすくなるという副次的効果もある。
営業部に配属されれば、誰よりもテレアポをする。とんでもない量の活動量で動く。「楽しいから行ってきて」とは言わず、「大変だが、乗り越えた経験はかけがえのないものになる」と伝える。買った側が偉いのではなく、組織を一緒にしていく以上、適応する努力をするのは買い手側の義務だという考え方だ。
「現場のアルバイトの方々から『いい人が入ってきたな』と思ってもらえれば、雰囲気が良くなってくる」
もう一つ春日氏が強調したのが、売り主オーナーの扱いだ。売却後はオーナーが会社を抜けるケースが多いため、原則として無理に引き止めない。
契約上ロックアップで残ってもらう設計にしていても、本人のモチベーションが変わってしまえば経営は成立しない。「ロックアップで残ってくれるからM&Aしよう、というのは危険」と春日氏は言い切る。
理想は、対象会社のナンバー2が社長や副社長として組織を引き継ぐ形だ。ナンバー2は組織のマネジメント実態を握っていることが多く、現場にも安心感を与えられる。
話題は経営者視点での資金調達に移った。春日氏は学生起業時にベンチャーキャピタルから出資を受けており、創業以来100%オーナーだった時期は1日もない。
「何をどうすればいいか分からなかった自分にとっては、すごくいい環境でした」
VCが入ることで、資金回収のために成長への貪欲さと緊張感が経営側にも伝播する。シードフェーズでは事業の骨格について助言を受け、その後の投資フェーズでは数億円単位の資金をどう使うかを学んだ。
上場までの過程ではメディア事業に投資を続け、3期連続で約3億円の赤字を出した時期もあった。それでも投資を止めれば営業利益が出る構造が見えていたため、行けるところまで投資を続けるという判断ができたという。
「メンタルが強いと言われましたが、小さい事業や小さい会社で終わってしまったら、何のために起業したのか分からなくなる。そのリスクのほうが怖かった」
春日氏が振り返って良かったと感じている設計がある。それは、各フェーズで1社のリードVCに大きく入ってもらう形にしてきたことだ。
複数社に分散する形でなく、リードが大半を占めるラウンドにすることで、投資家側も本気度が高くなる。フェーズごとに「次はこういうことを求められている」というメッセージが明確に届き、会社を伸ばす方向性として捉えやすくなったという。
さらに春日氏が前提にしていたのが、「投資前にディスカッションした担当者が、投資後のモニタリングも担当する」こと。投資判断者と伴走者が違うと進捗管理がぶれやすいため、最初から一気通貫でつき合える相手を選んでいた。
買い手側の視点に立つと、売り主の株主構成は買収難易度に直結する。
「VCがたくさん入っている場合は、交渉が相当ハードになるという心象は確実にあります」
さらに厄介なのが、シリーズごとの優先株主間契約だ。前回ラウンドの調達額を下回る価格でM&Aになった場合、各株主のリターンがどう設計されているかが買い手から見えにくい。利害関係者が多ければ多いほど、株主全体の同意取得に時間がかかり、ディール自体が頓挫するリスクも高まる。
そのためDDが始まる前の段階で「株主全体のM&Aに対する意向が揃っている状態」を作っておくことが、売り手にも買い手にも望ましい。将来のM&Aも視野に入れる経営者にとって、安易に株主を増やすことは交渉コストの増大につながりうる。
ポートが上場した後、春日氏が苦戦したのは未上場時代との対話相手の違いだった。未上場期は数社のVCと顔の見える関係を築けたが、上場後は数千人規模の株主が生まれ、誰と話せばいいのか分からなくなる。
最初の1〜2年は株価から無意識に逃げていた時期もあったという。しかしそれでは「上場会社になった意味」を見出せないと考え直し、IR活動を自ら営業活動として捉え直した。
- IR窓口に届く質問に、個人投資家・機関投資家を問わず春日氏自身がメールで返信
- クォーターごとに決算説明会をオンライン開催し、質問を受け付ける
- 文句もアドバイスも、トップ自らが受け止める
「IR活動は本当に営業活動だなとすごく思います。アウトバウンドする気持ちで行かないと、投資家の気持ちは分からない」
M&AもIRも、本質は営業である。買い手としてのDD・PMI、売り手としての株主設計、上場会社としての株主対話。立場は違えど、相手の立場に立って自ら歩み寄る姿勢が、すべての局面で問われている。
春日氏の話から浮かび上がるのは、M&Aを通底するシンプルな原則だ。買い手はビジネスを最優先に問い、致命的なネガティブと解消可能なネガティブを切り分ける。PMIでは現場の最前線に入り、買った側こそ適応努力を尽くす。資金調達ではフェーズに合ったリード投資家と深く組み、将来のM&Aを見据えるなら株主構成を複雑にしすぎない。そして上場後は、見えなくなった株主の顔を自ら見に行く。
資本の論理だけで組織や人のキャリアを曲げないこと——それが、買い手・売り手・経営者のいずれの立場でも、長期的にM&Aを成功させる本質だと言えそうだ。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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