「スモールIPOは誰も幸せにならない」と語るマイネット創業者・上原仁氏。なぜ時価総額300億円未満の上場が経営者・投資家・個人株主の三方損になるのか、そしてこれからのスタートアップが取るべき出口戦略とは。M&A CAMPによるインタビュー。
株式公開(IPO)は、スタートアップ経営者にとって長年「ゴール」と語られてきた節目である。しかしマイネット創業者の上原仁氏は、M&A CAMPのインタビューで開口一番、こう言い切った。
「スモールIPOは誰も幸せにならない。だからやめておきましょう、というのが私の意見です」
上原氏が指す「スモールIPO」の定義は、世間一般で言われる時価総額100億円以下ではなく、300億円以下。なぜ300億円という水準が分水嶺になるのか。その理由は、上場後の株式の需給構造にある。
株価は突き詰めれば需要と供給で決まる。IPOから1年半ほどの期間は、ベンチャーキャピタル(VC)が保有株を市場で売却し、換金していく時期にあたる。
「VCはあくまで金融業です。機関投資家からお金を預かり、ベンチャーに投資し、株価が上がったところで換金して投資家に返す。これが彼らの仕事です」
IPO直後は出来高が多く、VCにとっては絶好の換金機会となる。仮にVCがIPO前に40%の株を保有していたとすれば、その40%分が市場へ供給されることになる。
本来であれば、この供給を吸収する役割を担うのが機関投資家だ。300億円以上の時価総額がついている銘柄であれば、経営者が機関投資家を回り、グロースプランを語ることで安定株主として迎え入れることができる。
ところが、時価総額300億円未満の銘柄に対しては、機関投資家は基本的に動かない。チケットサイズが小さすぎて、どれだけ対話を重ねても投資判断の俎上に載らないのだという。
結果として、VCの売却による供給だけが残り、それを吸収する大口の買い手が不在となる。株価は事業計画通りに数字を伸ばしていてもグイグイと下に押されていく。
株価下落の局面で買い手として登場するのは、個人投資家、とりわけ高齢の個人投資家だという。
「70代のおばあちゃん、おじいさんが、キラキラしたスタートアップの起業家を見て『孫のようだ、応援したい』という気持ちで年金から買ってくださっている。でも需給で決まる供給量によって、その株価がどんどん下がっていく」
表向きには「上場した立派な会社」と見られていても、実態は個人投資家に損失を負わせ続ける構造になっている。
創業者自身も苦しい立場に置かれる。IPOのタイミングで創業者の売り出しによって1〜2億円程度の収入を得ることはあっても、それ以降は株を売却しづらい。
「株価が下がっていく中で創業者がさらに売れば需給はもっと悪化する。苦しんでいる個人投資家から見れば『創業者が売ってやがる』と炎上する。倫理感のある経営者ほど売れなくなり、気がつけば株価は3分の1。そんな3〜5年を過ごしているスモールIPO企業の経営者はたくさんいます」
この構造問題は、マクロ環境からも変化を迫られている。日本のIPO数は年間およそ100社で、これ以上大きく増やすことは難しい。一方で、IPOを2年後に予定する「N-2」の企業はすでに1,000社以上にのぼると言われている。
このまま積み上がれば、翌年には1,900社、その翌年には2,800社と滞留が膨らむ計算になる。だからこそ東証や各地のエコシステムは、「本当に300億円超を目指せる事業者にこそ上場してもらう」方向に舵を切りつつあるという。
「これから先、IPOが最大の出口だという考え方は、もう古くなります」
では、300億円規模に届かない事業は価値が低いのか。上原氏の答えは明確に「ノー」である。
「例えば60億円の価値のキャッシュフローを生み出せる事業であれば、それは60億円のものとして売買されればいい。中長期に創出できるキャッシュフローでバリュエーションは算定できる。それは起業家が生み出した価値ですから、胸を張ってその事業を伸ばしてくれる会社に渡せばいい」
単独では成長しきれない事業も、シナジーのある大手のグループに入ればグイッと伸びるケースは多い。スタートアップ側にとっても、買い手候補を意識しながら事業を作っていくことは、これからの時代のスタンダードになるという。
象徴的な事例として上原氏が挙げたのが、IoT通信プラットフォームを手がけるソラコムだ。
5年ほど前、ソラコムはKDDIに事業を売却した。ただし創業者の玉川憲氏は約5割弱の持ち分を残し、KDDIが6割以上を保有する形での売却だった。
売却当時、ソラコムの顧客数はおよそ8万回線。それが4年後には200万回線にまで拡大した。KDDIの保有するアセットやリソースを活用したことで、ソラコムはその後IPOの承認も受けるに至った。
KDDIにとっても、ポートフォリオに有力事業を取り込めただけでなく、IPOによるキャピタルゲインも得られた。売却した側、買収した側、双方にとってハッピーな帰結となった事例である。
スタートアップが300億円超を目指せるかどうかは、シリーズAで優先株を入れる前にある程度判定できる、と上原氏は指摘する。
PMF(プロダクトマーケットフィット)に至るまでの活動を、客数×客単価−コスト=利益という基本式に分解する。新規獲得にかかる費用、月間で現実的に取れる件数、単価帯ごとのパレート分布などを丁寧に組み上げていけば、その事業が将来的に時価300億円の規模に届くかどうかは事前にチェック可能だという。
判断基準として上原氏が示した目安が、年間純利益10億円というラインだ。
「IPOから少し時間が経って成長軌道に乗っている会社のPERは30倍ぐらい。つまり時価総額300億円に必要なのは年間純利益10億円。このビジネスモデル方程式が組めるかを、シリーズAで優先株を入れる前にチェックすべきです」
この方程式が組めるのであれば、優先株で2桁億円の調達をして、ユニコーンを目指して磨き上げていくべきだ。一方で、優先株を入れる際にM&Aによる売却の選択肢を奪うような条件は避けた方がいい、という助言も添えられた。
300億円や500億円を目指してIPO準備を進めていたのに、上場審査の過程で100億円規模の評価しかつかないと判明するケースもある。その場合の選択について、上原氏の答えは率直だった。
「300億円に届かない値付けでIPOしてしまうぐらいなら、一度上場を取りやめて、もう1〜2年事業を磨き上げた方がいい」
スモールIPOの構造的なつらさを知っているからこその助言である。
ここで上原氏は誤解を招かないよう釘を刺す。
「IPOに夢がない、というわけではありません。300億円以上のIPOには当然、華やかな次なる経営のステップがある。それを目指すのは全然悪いことではない」
また、VCが諸悪の根源だという話でもない。VCはVCで、IPOまでの伴走を真摯にサポートしている。本業が金融業のプロフェッショナルである以上、株を売ること自体は構造として避けられない。
問われているのは、その構造を理解した上でどんなソリューションを編み出すか、という視点である。そしてそのソリューションの一つとして、これからの時代はスタートアップM&Aがますます重要になっていく――それが上原氏の見立てだ。
上原氏のメッセージを整理すれば、要点は次の通りである。
- スモールIPO(時価総額300億円未満)は需給構造上、株価が下がりやすく、個人投資家・創業者の双方を疲弊させる
- N-2社が1,000社を超え、東証も「300億円超で上場できる企業」に絞る方向にある
- 60億円の事業なら60億円で売る、スタートアップM&Aは胸を張って選んでよい正攻法
- ソラコム×KDDIのように、売却後にこそ事業が大きく伸びる例もある
- シリーズAで優先株を入れる前に「年間純利益10億円」を作れるビジネスモデル方程式が組めるかを検証すべき
- M&Aによる売却の選択肢を残す資金調達設計が、これからの常識になる
IPOかM&Aかという二者択一ではなく、自社の事業価値と成長余地に応じて出口を選ぶ。経営者にも一定の投資家的視点が求められる時代になっている。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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