9年かけて上場、9年の上場経営を経て退任したマイネット創業者・上原仁氏が、エクイティ調達を検討する若手経営者にアドバイス。VC調達の前提条件、バリュエーションの考え方、上場神話への警鐘まで、起業家のキャリア設計と資金調達の本質を語り尽くす。
本記事は、メディア事業・人材紹介事業を展開する経営者が、マイネット創業者の上原仁氏にエクイティ調達の相談を持ちかけた対談を再構成したものです。上原氏はマイネットを9年かけて上場させ、その後9年の上場経営を経て全役職を退任。現在はスタートアップのM&A促進事業「コリス」を共同創業しています。
相談者は、自己資本と銀行借入(現在1.1億円)で運営してきた事業に対し、営業体制強化と動画コンテンツ拡充を理由にエクイティ調達を検討中。キャッシュ2億円・純資産4,000万円という財務状況で、調達の是非を問う場面から対談は始まります。
上原氏が最初に投げかけたのは、「10年後、どんな姿になっていたいか」という問いでした。
相談者の答えは「動画コンテンツで世の中に大きなインパクトを作り続けたい」「日本初のコンテンツ企業としてグローバルで戦える状態を目指したい」というもの。一方で、自身の役割は「数字の管理や経営は分業し、チーフ・コンテンツ・オフィサー的な立ち位置」と整理しました。
この整理を受けて上原氏は、調達戦略の分岐点を提示します。
「テレビ局のようなプラットフォーマーを目指すのか、コンテンツメーカーを目指すのか。プラットフォーム側ならエクイティ調達はすごく向く。一方、すでに出来上がった市場のセグメントを着実に取っていくコンテンツメーカーの動き方なら、エクイティ調達はそんなに多くするべきではない」
プラットフォーマーの場合はネットワーク効果でグリッと立ち上がる構造があるためVC調達が向くが、コンテンツメーカーは利益を出して配当で還元する「株主を増やす」型のスタンスが合う、というのが上原氏の見立てです。
話題は、日本のスタートアップエコシステム全体への警鐘へと広がります。
「2022年までの5年間ぐらい、ちょっとみんなで浮かれすぎた。なんでもかんでもVC調達、VCもなんでもかんでも出すという状況になっていたが、その出口になるIPOマーケットは冷え込んでいる。構造的に、何でもかんでもIPOという時代じゃもうなくなっている」
M&Aマーケットも、30億円から100億〜150億円規模の「スモールIPO」されてしまうような領域では、大手企業と組んで資金・アセット・顧客層を活用する選択肢を作ることが重要だと上原氏は指摘します。しかし、世界のマネーから相手にされるイグジット環境も、大手企業と組むM&A環境も、まだ十分には整っていないのが現状だと言います。
そんな中でVCから調達するのが正当化されるのは、「プラットフォームを作り切れるような大きな市場へのチャレンジ」か「今まさに極度に急成長している領域でのチャレンジ」のどちらか。それ以外の場合、VCが期待するリターンを返すことができない、というのが上原氏の見解です。
対談で最も印象的だったのが、バリュエーション(企業価値評価)に関するアドバイスでした。
相談者が資料に「10億円」と書いたバリュエーション希望に対し、上原氏は明確に異を唱えます。
「正直、2億円とか3億円のバリュエーションで調達したらいいじゃないか、と個人的にすごく思います」
その理由は、バリュエーションを高くすると「選択肢が減る」から。例えば2億円のバリュエーションで調達して2年後に4億円でM&Aイグジットすれば、起業家もVCも双方ハッピー。しかし4億円のバリュエーションで調達してしまうと、4億円のM&Aオファーが来ても売れなくなってしまう、というロジックです。
「あまり高値で調達すると、要はイグジットの機会を逸することになってしまう。比較的低めで調達していた場合は、自分の中にオプション・選択肢がたくさん残った状態にしてくれる」
10億円のバリュエーションを誇示することで、10億円規模のM&Aオファーを見逃すという機会損失。「バリュエーション競争」に走る起業家コミュニティへの警鐘でもあります。
上原氏が強調するのは、起業家を「一度きりの人生賭け」ではなく「キャリア」として捉える視点です。
「起業家っていうキャリアは、起業をし続けること。1度目、2度目、3度目と起業し続けることによって、企業家としてのキャリア価値は上がっていくもの」
ピーター・ドラッカーが指摘した「人の労働寿命と企業の寿命の逆転」を引きながら、労働者が複数の会社を勤めるのが当たり前になったように、起業家も複数の会社を立ち上げるのが当たり前であるべきだと説きます。
さらに、M&A後のロックアップ期間についても独自の見解を示します。
「私はロックアップ期間はそんなに長くない方がいい、と提案する方。なぜなら起業家ってM&Aしたらやる気が大体なくなるから。その人がいなきゃいけない状態の物件なら、買わない方がいい。しっかりと仕組みになるところまでだけ起業家にコミットしてもらったら、その先は起業家はもう2周目3周目の起業をした方が社会に意味がある」
対談中盤、上原氏はDMM亀山会長の言葉を引用します。
「上場なんて貧乏人のやることだよ、という話。これは株を高値でVCに売りつける行為。能力貧乏ではない人が、わざわざVCに株を買ってもらってお金を手に入れる必要があるのか、という問い」
相談者の事業はすでに利益を出して食っていける状態。「能力貧乏ではない」のだから、VC調達という選択肢の前に、自社の事業特性とゴールを冷静に見極めるべきだという主張です。
上場経営の本質についても、上原氏は厳しい現実を伝えます。
「上場するというのは、単独1人切りで市場で戦っていく宣言。例えば人材事業のあるエリアで1番になって売上20億円で上場すると、リクルートやビジョナルといった14兆企業と横並びで競争させられる。一瞬で潰される」
上場経営者の最大のミッションは「株価を作ること」であり、世界の何十兆円を動かす機関投資家に選んでもらう難業に挑むことになる。それがあらゆる起業家にとって本当にやりたいことなのか、という問いかけです。
相談者がもう一つの選択肢として挙げた「事業会社からの調達」についても、上原氏は注意を促します。
「バリュエーションなんか何でもいいからお金出したい、と言ってくる事業会社の方がいたら、それはあまり良くない。事業として成立していない段階で、その仕組み作り以外のことに手をつけるのは、企業価値を作る上でも起業家のビジョン実現のためにも良くない」
事業会社が本来欲しいスタートアップとの付き合い方は、「自社の主事業として取り込みたいもの」、つまり一定成立している事業を取得するか、明らかにシナジーが見える組み合わせ(例:メディア×小売のサプライチェーン連携)。事業がまだピヨピヨの状態で連携を組んでも、双方ハッピーにならないというのが上原氏の見立てです。
対談の中で上原氏が提案したのが、新設分割を活用した資金調達手法です。
相談者の事業のうち、すでに黒字化している新卒メディア事業を新設分割会社として切り出し、その株式を100%買収してもらう。買収対価は元の会社に残るため、株式の切り売りなしに資金調達ができるという発想です。
「事業を売却して資金を調達し、その資金を使って次なる事業展開をしていく。そうしたら株式を切り売りする必要がなくなる」
コンテンツメーカーとして複数のチャンネルを立ち上げ、飽きてきたチャンネルを譲渡して新たな資金を作る——上原氏は、相談者にとっての「美しい回し方」としてこのモデルを提示しました。
上原氏の経営哲学の核心が表れたのが、創業者の役割についての一節です。
「事業って作って、ある程度仕組みになったら、創業者の影響力なんかできる限り0にしていった方がいい。創業者がまた次なる事業に興味を持っているにも関わらず、元作った事業が創業者に頼っている状態——これって本当にハッピーじゃない」
本来は、事業が単独で独立した仕組みとして動ける状態にした上で、創業者は次なる事業に100%集中する方が互いに幸せ。「あなたのことも好きだけど、新しい人もできちゃった」と言いながら手放さない男女関係に例えられたこの状態は、相談者にとっても刺さる指摘でした。
組織を仕組み化するために必要なのは、人事権(評価権)と決裁権限の譲渡。これを渡せれば、子会社か事業部かといった形式は問題ではない、と上原氏は語ります。
相談者が「リスクを取らないことがリスクなのでは」と問うと、上原氏は順番が違うと指摘します。
「どんなリスクを取るか、が先。今という点からリスクを捉えるんじゃなく、10年後なっていたい姿を実現するために取るものがリスク」
広告投下やチャンネル増設は「マイクロなリスク」であって、本当のリスクは「10年後になっていたい姿へのチャレンジ」そのもの。そこから逆算して、必要なアクションが決まり、そのために必要な資金を調達する——この順番を間違えてはいけないというメッセージです。
対談の終盤、上原氏は相談者を「上場経営者には向いていない」と断じます。
「クリエイターとして才能があって実際に成果も出せる人に、上場市場で株価を上げるための仕事なんてしてほしくない」
そして、リハック高橋弘樹氏や中田敦彦氏といった、資金調達せずに自身の才能でインパクトを出している事例を挙げ、相談者の進むべき道のヒントを示しました。
「メディア企業って、上場せずに回している企業さんも多い。出版社とか、新聞社とかね」
上原氏が対談を通じて一貫して伝えたメッセージは、「起業家には選択肢がある」ということでした。
「自分のなりたい姿に合致した選択肢を選んでいくようにしてください。選択肢がなくなったら、起業家じゃなくなる」
資金調達のアクションのせいで取りたい選択肢が取れなくなる——それは起業家にとって最も辛い状態であり、うつになる原因の一つでもあると上原氏は警告します。
対談を通じて浮かび上がった、エクイティ調達における重要な論点を整理します。
- VC調達が正当化されるのは「プラットフォーム型ビジネス」か「極度に成長中の市場での圧倒的1位獲得」のいずれか
- バリュエーションは高すぎない方が、起業家としての選択肢が増える
- 上場・IPOは数ある選択肢の一つに過ぎず、神話化すべきではない
- 1番強い資金調達手段は「売上」。利益を再投資する経営が最も強い
- 創業者は仕組みを作ったら影響力をゼロに近づけ、次の事業へ向かう方が社会価値が高い
- 事業会社からの調達は、事業が一定成立してから検討すべき
- 「リスクを取る」とは目の前のアクションではなく、10年後のありたい姿への挑戦
相談者は最後に「危なかった、調達する前に上原さんに相談してよかった」と語り、対談を締めくくりました。スタートアップ神話に酔うことなく、自分の事業特性とキャリア設計に合致した資金調達手段を選ぶ——この当たり前のように思えて実践が難しい原則を、改めて確認させられる対談でした。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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