新規事業への先行投資で赤字に転落した経営者が、会計のプロに「銀行から融資を受け続ける決算書の組み方」を相談。繰延資産(開発費)の活用、営業利益と純資産の重要性、税理士との付き合い方まで踏み込んで議論した。
新規事業への投資がかさみ、創業以来初の赤字決算が見えてきた——。多くの中小企業経営者が直面するこの局面で、銀行融資を切らさずに次の成長フェーズへ進むには、決算書をどう組み立てるべきか。今回は「赤字決算でも融資を受け続けるための会計の打ち手」をテーマに、会計のプロである森尾氏に話を聞いた。年間1,000万円規模の赤字が見込まれる経営者の生々しい相談から、繰延資産の使い方、銀行員が本当に見ているポイント、税理士との付き合い方まで、実務に直結する論点が次々と語られた。
相談の発端は、メイン事業に加えて新たに立ち上げたYouTubeチャンネルや人材紹介事業の採用コストがかさみ、それぞれ2,000万〜3,000万円の赤字を掘ったことだった。既存事業の利益を食う形で、全体ではおよそ1,000万円のマイナス。創業以来初めての赤字決算となる見込みだ。
この状況に対し、森尾氏はまず「赤字の中身を切り分けるべき」と指摘する。
「赤字には大きく2パターンあります。一つは売上が落ちて、固定費を賄いきれずに出てしまった赤字。もう一つは、来期以降の売上を増やすために投資したコストが原因で出てしまった赤字です」
後者であれば、来期・再来期に収益として回収できる見込みがあるはずだ。しかし銀行は「赤字という事実」しか見てくれない。ここで使えるのが、会計上の合法的な処理である「繰延資産」だという。
繰延資産は、貸借対照表の固定資産のさらに下に区分される項目で、その中に「開発費」という勘定科目がある。新市場開拓のためのマーケティングコストや、物の投資ではない基本的な先行投資コストを、損益計算書から外して資産計上する処理だ。
「例えば1,000万円の赤字が出ていて、そのうち2,000万円が来期以降の売上を獲得するための種まきコストだとします。この2,000万円を経費から外して『開発費』として資産に上げる。すると、今期の正味の収益力で見れば1,000万円の黒字、ということになります」
これは会計の大原則である「費用収益対応の原則」——費用と収益は対応させて正しい利益を表示すべき——に基づく正規の処理だ。人件費を含めることもあり、多くのスタートアップや新規事業を抱える企業の顧問先で実際に使われているという。
ただし注意点もある。
「やってはいけないのは、これを毎年繰り返して積み上げてしまうこと。本来は3年〜5年で経費化していかなきゃいけないところを、毎年経費化を見送ってどんどん乗せていく。そうなると『これは利益調整ですね』と銀行員に見られてしまう」
また、現預金が枯渇している状態で繰延処理だけ行っても銀行は警戒する。現預金に余裕がある前提で、経理処理として整える——これが王道だ。
では、繰延処理によって黒字を作るとして、どのラインを狙うべきか。森尾氏は驚くべき水準を口にする。
「銀行員の方から言われた言葉ですが、100万円以下の黒字は黒字じゃない。それも調整しないと出ないでしょう、と見られてしまう」
年商規模にもよるが、年商2億円規模の会社で300万円の黒字でも物足りない。むしろ「500万円〜1,000万円の利益を出して、税金を払ってもしっかり残す」方が、銀行員からの信用は高まるという。
「1,000万円の利益を出しても、税金は約300万円。手元に700万円残ります。その代わり、来年2,000万〜3,000万円の融資を受けられる可能性が出てくるなら、決して高くないコストです」
節税志向で黒字をギリギリに調整した結果、開発費そのものまで「怪しい」と疑われてしまう——これが最悪のシナリオだ。社長自身が適正な開発費を計上し、その上で出た利益にはきちんと納税する。この姿勢こそが、銀行員との関係性を健全に保つ。
相談者の今期決算は、営業外収益が数百万円あったため最終損益は1,000万円弱の赤字だが、営業利益で見ると100万円程度のマイナスにとどまる。「最終赤字でも経常利益が黒字なら、見え方は変わるのでは?」という問いに対し、森尾氏は明確に否定した。
「営業利益の下にあるのが支払利息です。営業利益が赤字ということは、自分たち(銀行)への利息も払えない会社なんだ、と見られてしまう」
ここで挙がったキーワードが「インタレストカバレッジレシオ」。営業利益が支払利息の何倍あるかを示す指標で、雑収入を除いて計算される。営業利益で支払利息をカバーできなければ、元金返済の原資も当然出てこない。
「皆さん経常利益が大事だと思い込まされている方が多いんですが、雑収入で調整されていればよし、というのは誤解です。本業はダメだけど副業で頑張っています、と主張しても、その頑張りを認めてくれない銀行員のほうが多い」
単年度の赤字が銀行評価に与えるダメージは、純資産の規模で決まると森尾氏は言う。
「貸借対照表の右下、純資産の金額です。皆さんPLの赤字ばかり気にしますが、例えば純資産5,000万円の会社が500万円の赤字を出したところで屁でもない、という見方をされます」
2期連続で500万円ずつ赤字でも、5,000万円が4,000万円になるだけ。逆に純資産1,000万円の会社が200万円の赤字を出すと「ギリギリ感」が出てきて、調整を疑われやすい。
さらに具体的な目安として挙げられたのが、社債発行の基準だ。保証協会の保証付き社債で純資産5,000万円、一般の地方銀行であれば概ね1億円。この水準を超えると資金調達の選択肢が一気に広がる。
「同じ1億円でも、資本金8,000万円+利益剰余金2,000万円より、資本金1,000万円+利益剰余金4,000万円のほうが銀行は貸しやすい。資本金が第三者割当やファンドから集めたものだと、『また増資すれば返されるんでしょう』と思われてしまう。利益の蓄積が厚いほど、銀行は安心するんです」
つまり経営目標として、毎年の売上・利益だけを追うのではなく、純資産金額を目標に据えるべきだという提言である。
相談者は近く第三者割当増資によって1億円規模のエクイティ調達を控えている。これにより純資産は一気に厚くなるが、それでも「赤字決算」という事実は残る。
「赤字決算でエクイティが入ったら、『もう銀行は卒業ですね』と言われてしまう可能性もあります。エクイティと違って、銀行員は将来を見る目がない。赤字という事実だけ捉えて、新規融資は控えようとなる」
ここで重要になるのが、決算書のタイミングだ。
「銀行さんの中では、決算書は1年間有効です。途中で増資して試算表を見せても、決算書のほうが優先される。試算表は税金が絡まないので『お試しの表』と見られて、信用度は低いんです」
だからこそ、エクイティが入る前提でも、決算書は繰延処理を含めて適切に整え、銀行員が応援しやすい数字にしておく——これが両輪を回す鍵となる。
最後に話題になったのは、税理士との付き合い方だ。森尾氏自身が会計事務所出身として、業界の構造を率直に語る。
「会計事務所の若い頃は、『社長、利益出ちゃいました』とよく言っていました。経費を見直して税金を減らせると、社長から感謝される。でも、その結果として純資産が積み上がらず、次の融資に悪影響が出ることもある」
さらに「借金するな」と助言する税理士も少なくない。借金が悪というイメージに加え、預金に余裕ができた経営者が前向きに投資して失敗した時、「あの時止めてくれなかったのか」と責任を問われたくないからだ。
この構造を踏まえ、経営者から税理士へ伝えるべきメッセージは明確だ。
「『金は借りたい、預金は潤沢にしたい、税金は払えるだけ払いたい』——これを前提にしてもらえれば、利益がしっかり出る決算書を組んでもらえます」
対話の終盤、森尾氏は決算書の本質をこう語った。
「皆さんが思い描いた経営が、数字に現れるようにする。このコストは来年の種まきだから今期の費用じゃない、と先送りして収益に合わせて計上していく——それが本来の思いだったはずです。それを経理処理で『赤字、終わった、来年しぼみそう』にしてしまうと、せっかく蒔いた種が無駄になってしまう」
決算書は、税務署に提出する事務書類ではなく、銀行員・投資家・取引先へのPRツールである。1,000万円の赤字を1,000万円の赤字のまま提出するか、繰延資産を活用して経営の実態を映した数字に整えるか。その判断は、税理士でも銀行員でもなく、経営者自身が下すべきものだ。
相談者は最後にこう振り返った。「現預金こそ正義だと思って借入を増やしてきましたが、その使い方の経理処理まで含めて設計しないと、赤字に押し潰されて前向きになれなくなってしまう。緊張感は大事だけど、それは『来期挽回するぞ』という緊張感であって、銀行に申し訳ないという緊張感ではない」
赤字を恐れるのではなく、赤字の中身を語れる決算書を作る——これが、次の成長ステージに進む経営者に求められる会計リテラシーである。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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