インバウンド需要で席もお客もあるのに、人手不足で店が回らない――。DMM亀山会長が語る、固定観念にとらわれない給与決定の考え方と、需要と供給に基づく合理的な人件費戦略とは。レンタルビデオ店時代の反省から導き出された「ダサい給与アップ」のエピソードを交えて解説する。
前回の「社員の離職を引き止める」というテーマで、給与を上げるという選択肢が話題に上がりました。今回はその続編として、亀山会長に給与決定の考え方について深掘りして伺いました。
亀山会長がまず指摘するのは、現在の異常事態です。インバウンドでお客さんは押し寄せ、席もある。それなのに人がいないために店が回らない――そんな状況が飲食店を中心にあちこちで起きています。
一般的な感覚では、「時給1,200円だったところを300円、400円、最近では500円も上げるなんて高い」と感じるかもしれません。しかし亀山会長は、それでも集まらない現状に対して、もっと踏み込んだ発想転換を提案します。
亀山会長は、人件費の決定をGoogle広告の入札価格に例えます。広告の世界では入札価格でガンガン競り合うのと同じように、人件費もまた相場と需要供給で決まるべきだという考え方です。
エンジニアが足りない時期にエンジニアの給料が上がっていくように、本来であれば資本主義の「神の見えざる手」によって、足りない職種の賃金は自然と上昇していくはずです。しかし日本では、なぜか思ったほど上がっていない――この点が議論の出発点になります。
会社が給与を上げることに慎重になる理由のひとつは、「一度上げると下げにくい」という雇用上の制約です。社員の場合はその慎重さも理解できますが、一時的な需要であれば計算次第で柔軟に対応できるはずだと亀山会長は指摘します。
「時給に3,000円払っても、今人がいたらお客さんを回せるよ」となるのであれば、上げればいい。明らかに飲食店で働く人がいない状態なら、賃金はどんどん上がっていって当然なのです。
ここで亀山会長が示すのが、ビジネスとしての合理的判断です。
他社が「相場感」「これぐらいが最低限」という固定観念で給与を決めているなら、自社は逆張りで「人でいっぱいにありますよ。だってその分良くしているから」という戦略を取った方が合理的だ、という発想です。
この戦略には複数のメリットがあります。
- アルバイトが集まり、定着する
- 他店が時給1,500円のところ自店が2,000円なら、放っておいても応募が来る
- 同じようなサラリーマン層、同じデリバリー業務でも圧倒的な優位性が出る
そして、その分しっかりとビジネスとして成立する価格設定にすればいい。需要と供給というシンプルな原則を、多くの経営者が固定観念で見落としているというのが亀山会長の見立てです。
「本当は人がいないんじゃなくて、来ないだけ」――取材の中で出てきたこの一言が、問題の本質を端的に表しています。
話はマクロな労働市場の構造変化にも及びます。
AIが進展していくと、これまでホワイトカラーがやっていた仕事の一部はAIで代替できるようになります。単にコードを書くだけの作業ならAIで十分、という流れです。本来であれば、こうした業務の賃金は下がっていくはずです。
一方でブルーカラー、特に現場で動き回る作業系の仕事は、人手不足を背景にどんどん賃金が上がっていく。結果として、ホワイトカラーとブルーカラーの賃金逆転が起こってもおかしくない、というのが亀山会長の予測です。
「俺はオフィスで快適なところがいいから、ちょっと安くてもそこにいる」という人もいれば、「とにかく稼ぎたいから、荷物運びでもカフェでも何でもいいから頑張って稼ぐぞ」という人もいる。それぞれの選択肢があっていいのではないか、という見方です。
亀山会長自身も、最初からこうした考えに至っていたわけではありません。レンタルビデオ店を経営していた頃は、なるべく給与を抑えて商品を仕入れたいと考えていたそうです。
転機になったのは、辞めてほしくない人材が辞めてしまった経験でした。その時に、給料を上げるから残ってくれませんかと引き止めようとした自分自身を「ダサいな」と感じたのです。
この経験から、亀山会長は給与に対する考え方を反省し、変えていったといいます。
飲食店であれば、店長や主要な社員が一番大変な役割を担っています。アルバイトを回しながら現場を維持しているその人が抜けたら、店は回らなくなる。
だからこそ、業績の良い時にはボーナスをドンと出してあげる。「ここまでしてもらえるなら、悪い時はちょっとボーナスが減っても、楽になったからいいや」と思ってもらえる関係を作る。それをせずに放置すれば、その人は天手古舞いでクタクタになり、いつか限界を迎えて辞めてしまうのです。
亀山会長は最後に、人件費を「仕入れ」の発想で捉え直す視点を提示します。
物を仕入れる時、500円で仕入れたものを1,000円で売るというビジネスをするわけです。つまり、インとアウトの差額で利益を取る構造です。金利についても、調達コスト30%に対してリターンが80%あるなら、相応のスプレッドを取れるなら借りればいい。
人件費もまったく同じ構造です。足りなければ払えばいい。それが全体的に需要と供給の世界の中で価格が決まっていく――シンプルな構造なのに、意外と実践できていない経営者が多いというのが亀山会長の指摘です。
アメリカと日本の給与格差が2〜3倍あると言われる現状も、おそらくこの需要と供給の機能不全が背景にあるのではないか、という見立てで話は締めくくられました。
人が集まらない会社が陥りがちな固定観念から抜け出すには、給与を需要と供給で決まるものとして捉え直す視点が欠かせません。他社が相場感に縛られているなら、自社は合理的判断で踏み込んだ給与を出す。辞めてほしくない人材には、引き止めではなく事前のボーナスで応える。亀山会長の語る人件費論は、シンプルでありながら実践できている企業が少ない、本質的な経営判断のヒントが詰まっています。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
