DMM亀山会長が語る、リーダーシップの本質。「ピュアな善人だけでは組織は守れない」という持論のもと、経済力・ずる賢さ・責任の引き受け方など、人を率いる者に求められる資質を語り合った対談を記事化。
良いリーダーとは何か。亀山会長との対談は、まずこの根源的な問いから始まった。
「人を引っ張っていこうと思うと、まず『この人だったら食わせてくれるかな』というのが長くいる動機になる」と亀山会長は語る。人材不足の時代、入社のハードルは下がった。だからこそ、その先で「食わせるレベルが少しずつ上がっていく」と感じさせられるかが重要だという。
リーダーシップには複数のスタイルがある。表情を隠して強さを見せる任侠型、ビジョンを掲げて宗教的にまとめる型、恐怖で統制する型。会社では恐怖型は人が逃げるから機能しにくいが、国家レベルではプーチンのように成立するケースもある、と亀山会長は分析する。
対談の核心は、リーダーに必要な「ずる賢さ」をめぐる議論だった。
亀山会長は、作家・星新一の小説を引き合いに出した。銀行強盗を企てる悪党が、5万・10万の集金には満足できず、もっと出世してから盗もうと考える。営業マンになって1億を任されても「もう少し上を目指したい」と頭取まで上り詰める。気づけば誰もが「立派な人」と称える存在になっていた──という寓話だ。
「関係者全員にメリットを出している。俺もそういうところがあるかもしれない」と亀山会長は冗談めかしつつ、人間の本質に潜む計算高さを認める。500億円の損失を一人で保証するような行為も、純粋な善意というより「会社の信用にとって自分がそうした方がいい」という長期的な計算が働いている。それも含めて「いい人」なのだと。
「本当に純粋なだけでは経営者として下にはいけない」
亀山会長はそう断言する。芸者さんがお人よしでどこかの保証人になり、会社が潰れた──そういう話は世の中に溢れている。「悪魔道が溢れている」世界で純粋さだけを武器にすれば、必ず食い物にされる。
では、どうやって「ずる賢さ」を身につけるのか。亀山会長の答えはシンプルだった。
- 自身の経験を通じて磨く(ストリートで学ぶ)
- 漫画『ナニワ金融道』のように悪い手口を描いた作品から学ぶ
- ずる賢さを「持っているけれど使わない」状態をつくる
力は防御のために身につける。「使えるけれど使わない」ことで、いざという時に自分や仲間を守れるのだという。
話題は、リーダーが背負うべき責任の重さに移る。
「同じ船に100人乗っていたとして、船が沈みそうになったら何人か落とさなければならないかもしれない。残りを生かすためにボートを下ろすのもリーダーの決断だ」
亀山会長は厳しい比喩で、リーダーの本質を表現した。誰もやりたがらないことを引き受ける覚悟があるか。それができないなら、組織を大きくしすぎない方がいい場合もあると説く。
自分がリーダーに向いていないと感じたら、リーダーシップを発揮できる人をナンバー2にして、自分は別の役割を担う選択肢もある。組織が100人規模になれば、考えが合わない人も出てくる。「そこまで背負いたくない」と思うなら、規模拡大が正解とは限らない。
対談の終盤では、組織を大きくすることのトレードオフも語られた。
「組織が大きくなるほど、クリエイティブはだんだんビジネスっぽくなって面白くなくなっていく」
一人でコツコツと数字を伸ばしていく道もある。海外でPCを叩いて何億も増やしている個人もいる。だが、そこには共有する仲間がいない。社員と「今月も利益が出たな」と分かち合う喜びと、経営の重圧で胃が痛くなる苦しみは、表裏一体だ。
社員に号泣されれば辛い。だが「ありがとう」と笑顔を向けられた時の喜びも、同じ場所から生まれる。
リーダーシップの本質について、亀山会長の主張はこうまとめられる。
- 経済的に仲間を食わせられること
- 一緒にいて楽しいと思われる愛嬌
- ピュアすぎず、ずる賢さを理解した上で使わない強さ
- 誰もやりたがない責任を引き受ける覚悟
- 自分の器を見極め、無理に大きくしない判断力
「基本は愛嬌でまとめつつ、ずる賢さを身につけながら追っていくしかない」──組織を率いる者にとって、これは生涯のテーマなのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
