ワークスアプリケーションズ創業者・牧野正幸氏が語る、IBM時代の怒りから始まった起業、ベンチャーキャピタルとの資本政策の失敗、そして「チームプレー不要」「49%は無視していい」という独自の経営哲学。1000億円売却経験者の本音インタビュー。
ワークスアプリケーションズ創業者であり、現在2社目を経営する牧野正幸氏。今回は事業相談ではなく、本人の人生をモチベーショングラフを元にひも解いた。
牧野氏は「自分はADHDだと思う」と切り出す。小学校時代は宿題を一度も提出せず、教科書は1週間で全部読み切ってしまうため授業も面白くない。先生からは「生意気」と嫌われ、成績は2か3ばかりだった。父親は国家公務員でありながら自宅で学習塾を営むほど勉強ができる人物で、祖母から「あんたの学校はいつの間に3段階になったの」と皮肉られていたという。
転機は中学校。「テストの点さえ取れば評価が爆上がりする」と気づき、先生の目を見て頷くといった「評価のハック」を覚えてからは、成績はオール5。1位を取り続けた。
新卒で就職した会社では言われた仕事しかできず再びパフォーマンスが落ちたが、出向先のIBMから契約社員として声がかかり、20代後半でグローバルプロジェクトの責任ある仕事を任されるようになる。給与もプロパー社員より高く、休みなく働いても「最高」だった。
潮目が変わったのは、世界中の企業のIT投資ROIを測定するプロジェクト。日本企業はROIがほぼ取れていないことが判明する。原因は、SAPなどのプロダクトを使わず、すべてスクラッチでゼロから開発していたからだ。
「プロダクトを作るべきだ」とIBM内で掛け合うも、「サービスは協力会社にやらせるもの」と却下。大手SIerにも提案したが、営業役員は「売れない」、開発役員は「SIの仕事が半減する」と全員拒否。
> 「全く日本に合っていないSAPを導入するプロジェクトで要望書を出したら、10cm以上の分厚い書類に対して5枚で『グローバルとして正しくない制度は組み入れられない』と返ってきた。法律なんだからしょうがないじゃん、と」
動機は使命感ではなく「ただの怒り」。小学校で宿題をやらなかった頃と変わらない、規模が大きくなっただけの怒りだったと牧野氏は振り返る。
起業後、人事部門の研究会を立ち上げ60社の大企業人事担当者と議論。プロトタイプを作り、お客様から前払いで発注をもらいながら開発を進めた。
資金繰りに窮し、ベンチャーキャピタル一覧から100社以上に電話するも、創業9ヶ月の赤字スタートアップに出資する文化は当時なく、ほぼ全社に断られた。そんな中、パソコン通信の掲示板でグロービス堀氏が「ベンチャー投資をやる」と書いていたのを見て事業計画を送りつけ、3000万円の出資を受ける。
しかし牧野氏は「資本政策」という概念を知らなかった。
> 「株は全部1株5万円で売るものだと思っていた。プレミアムという概念もない。ひたすら5万円で売り続けた」
結果、上場直前にはVCの比率が99.98%、創業者は0.2%しか持っていない状態に。当時のジャスダックには「オーナーシップの責任が見えない」という基準があり、上場できないと言われた。仕方なく1円ワラントを発行・行使して20%を取り戻し、上場にこぎつけた。
上場前のワークスアプリケーションズの採用方針は独特だった。
> 「面接で優秀そうな奴は採らない。逆に、面接で一言も喋れない奴とか、キャリア上に相当問題があるような奴を採る。経歴だけ綺麗な奴はいらない。地頭がいい奴をテストで見て採る」
理由は明快だ。給与も高くない無名のベンチャーに、本当に優秀な人間が応募してくるはずがない。だから「磨けば光るダイヤモンドの原石」を集めた。
組織論についても、ベンチャーキャピタルから「3本柱を立てろ」「チームで組織を設計しろ」と言われ続けたが、牧野氏は徹底して拒否した。
> 「組織なんか作っても大企業に勝てるわけがない。ベンチャーは個の力がない奴が集まってチームプレーをやっても大企業に勝てない。優秀な奴1人がやった方がパフォーマンスは出る。それを集めた方がいいに決まっている」
創業メンバー3人が優秀なら300人規模までは個人プレーで十分というのが牧野氏の持論。ビジョンが明確であれば、人間関係の雑魚さは起きないと言い切る。
牧野氏は10年ほど前にMBOを実施し、未上場会社の株式の67%を保有していた。
> 「未上場の場合、51%以上持っていたら上場企業と違って無敵。49%の少数株主は無視していい。上場していたら49%だろうが1%だろうが無視してはいけないルールがあるが、未上場にはそれがない」
しかし、組織が大きくなるにつれ予測通りに動かなくなり、モチベーションが落ちていく。最終的にはCEOを退任。退任直後の1ヶ月は「出社する先がない」ことが何より辛かったと語る。役員車もやめ、バスで移動していたら社員から「イメージが壊れるからバスはやめてくれ」と言われたという逸話も。
2社目の起業について、牧野氏は元同僚と同業他社を回り、HR SaaS業界の課題を再認識。エンタープライズ向けでPoC止まりが多く、各サービスのコード体系がバラバラで連携できないという問題を発見し、「誰もやらないなら俺がやる」と再起業した。
上場とM&Aについての見解は明快だ。
> 「中途半端にその人(創業者)が持っていると会社は伸びない。リビングデッド状態。売れ売れ、次にチャレンジした方がいい」
ただし「買え買え」とは絶対に言わない。上場後のIT企業はキャッシュが余り、PL影響を避けるためにM&Aで資金を使うが、ほとんどが失敗する。「買って良かったと言えるのは10社のうち2~3社。それも結局自分たちのリソースを爆弾に突っ込んでいるから、自前でやった方が早かった」と振り返る。
時価総額100億円の壁が話題になっているが、牧野氏は構造的な問題を指摘する。
> 「自分の会社の売上だとかを見たときにTAM(市場規模)を考えていない人が多すぎる。シェア5割取っても20億にしかならないなら、次の柱を立てるしかない。でも2本目、3本目を立ち上げるのは時間もかかるしうまくいくとは限らない。元のTAMが小さいと2本目で20億が40億になっても厳しい戦いになる」
そんなTAMの状態の会社は売却した方がいい、というのが牧野氏の結論。学生起業や1社目の起業は「売却前提で作るべき」と断言する。
最後に、牧野氏はAI時代のビジネスについて言及。
> 「Anthropicが言っているSaaS is DeadはERP is Deadのこと。ツール系SaaSは真っ先になくなる。日本特有の問題として、SI is Deadも来る。20年以上連続でITエンジニアが不足し続けてきた状況が終焉に向かう」
生き残るのは定型業務を扱うSaaSと、プロジェクトマネジメント領域。AI活用で少人数・効率化された組織への移行は不可避だと語る。
牧野氏が経営で最も重視してきたのは「矛盾のない経営」だ。
> 「顧客満足度を100%上げたいが、新規も増やさなければならない。これ自体矛盾しているが、矛盾させてはいけない部分は自分の中に飲み込むしかない。今やるべきことは100%の顧客満足ではなく、ユーザーベースを増やすことだ、と優先順位を明確に伝える。総花的にやると現場は何に手をつけているか分からなくなる」
そして最後に色紙に書いたのは「優秀な人材が全て」という言葉。
> 「企業を支えているのは優秀な人材。その人材を採用・維持するために全てを回すべき。人ありきで考えなければいけない。最大の仕事をしてもらい、最大の報酬を払えば辞めない。そうすれば会社は勝手に伸びる」
仕入れから考える経営ではなく、人から考える経営──1000億円企業を作り上げた経営者の結論である。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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