カルチャーに合わない社員に辞めてほしいと考えたとき、経営者は何をすべきか。労務トラブル解決の専門家・新田龍氏が「退職勧奨」と「懲戒解雇」の違い、就業規則の重要性、そしてベンチャー企業がトラブルを未然に防ぐための運用方法を解説する。
M&Aや組織拡大の局面で、経営者を悩ませる課題のひとつが「労務トラブル」です。明らかな不正や犯罪行為であれば対処は明快ですが、現場でよくあるのは「カルチャーに合わない」「成果は出しているが社内の輪を乱す」といったグレーな問題社員への対応ではないでしょうか。
本記事では、働き方改革総合研究所代表で労務トラブル解決の専門家として知られる新田龍氏に、ベンチャー企業の経営者が押さえておくべき「合法的かつ円満な社員の辞めさせ方」を伺いました。著書『問題社員の正しい辞めさせ方』のエッセンスをもとに、退職勧奨と解雇の違い、就業規則の作り込み方、そして日々の運用の重要性について語っていただいた内容をお届けします。
問題社員への対応方法は、大きく分けて「北風方式」と「太陽方式」の2種類があります。
北風方式とは、いわゆる解雇に踏み切る厳しいアプローチです。法律上は「解雇」という制度自体が認められており、犯罪行為や明らかに会社へ損害を与えた場合などは懲戒解雇という形で実施できます。しかし今回テーマにする「カルチャーに合わない」レベルの社員に対して解雇を行うと、後から不当解雇として訴えられるリスクが非常に高くなります。
新田氏によれば、解雇を巡る裁判で会社が支払う和解金の中央値は約150万円、平均で200万〜300万円ほど。残業代未払いやハラスメントなどの労基法違反が重なると、数千万円規模になることも珍しくないといいます。
一方、太陽方式は「退職勧奨」と呼ばれるアプローチです。会社からは決して「クビ」とは言わず、本人に「辞めます」と言ってもらうように働きかける方法で、企業側の根気が試されるやり方です。
太陽方式の核心は、「辞めさせたい人をむしろ一生雇い続ける覚悟を持つ」という発想の転換にあると新田氏は語ります。
週に一度ほどミーティングを行い、これまでの働きぶりや会社が期待していることを丁寧に伝える。心の底から変わってもらうために、会社側がさまざまな働きかけを行うのです。
問題社員には大きく2つのパターンがあります。ひとつは、最初から労働法の知識を背景に「いざ解雇されたら訴える」と待ち構えているタイプ。こうした相手にうかつに「クビ」と告げると、むしろ喜んで裁判に持ち込まれてしまいます。逆に、丁寧に育成しようとすると「うざったい」と感じて自ら去っていく傾向があるそうです。
もうひとつは、仕事の覚えが遅いだけで、長い時間をかけて育てれば伸びる可能性があるタイプ。このパターンの社員には、根気よく接することで「こんな自分でも会社が育てようとしてくれている」と感じ、戦力に転じることもあるといいます。
日本の労働法のもとで正社員と長く付き合っていく経営スタイルを取るなら、太陽方式のほうが現実的だというのが新田氏の見解です。
意外にも、労務トラブルの扱いに最も慎重なのは大企業だと新田氏は指摘します。リストラや懲戒処分はすぐにニュースとなり、合法的な対応であっても社会から厳しい目を向けられるからです。
では中小企業やベンチャー企業はどうかというと、地域による差が大きいといいます。地方では情報が行き届いていないため、解雇された社員が会社を訴え返すケースは比較的少ない一方、都会では労務トラブルを専門に扱う弁護士が多く、SNSに「解雇された」と書き込んだだけで弁護士から「取り返せますよ」と声がかかる時代です。結果として、中小企業のトラブルも大企業並みにセンシティブな問題に発展しかねないのです。
優秀な社員と社長の相性が悪く、その社員が辞めてしまうと現場に連鎖が起きる――こうした事態を防ぐには、入社の段階から手を打っておくことが理想です。
そのうえで、新田氏が「多くの会社がやり切れていない」と指摘するのが、就業規則の作り込みです。どこかのテンプレートをコピーしただけのものではなく、自社で求める人物像、歓迎しない人物像、評価する働きぶり、問題行為とみなす行動などを、何ページにもわたって書き込んでおくべきだといいます。
入社時点で就業規則をしっかり読んでもらい、「当社のルールはこうだ」と期待値をすり合わせる。これだけで入社後のトラブルの多くは予防できるのです。
懲戒処分(社内ルール違反に対する制裁)を会社が下せるかどうかも、実は就業規則次第です。就業規則に懲戒処分の規定が書かれていなければ、そもそも処分を下すことはできません。退職を促す条項についても、書いてあるかどうかで会社の立場は大きく変わります。
「あとから就業規則を変えてもいいのか」という疑問について、新田氏は「改定は可能」と答えます。ただし手続きが必要で、従業員代表(または労働組合の代表)から意見書をもらい、所轄の労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています。
また、改定した就業規則は全従業員が見られる場所に置いておく義務もあります。物理的に掲示するか、社内で共有しているフォルダに配置するなど、誰でもアクセスできる状態にしておかなければなりません。
治安の悪い地域を立て直す際に「割れた窓を直す」「落書きを消す」といった細部から手をつけるのが効果的だと言われる「割れ窓理論」。新田氏は、組織運用にもまったく同じ発想が当てはまると語ります。
軽い遅刻、ささいな居眠り――本来は会社のルール違反にあたる行動を、誰がやっていても同じレベル感で注意し、「就業規則に合っていないよ」と共通言語で指摘していく。これを日常的に積み重ねることで、組織のルールは社員に浸透していきます。
出社前提の会社で出社しない社員が出てきた場合も同じです。「これは違反だから、いつまでに改善してください」と要求し、改善されなければ就業規則違反として処分を出す。この繰り返ししかないと新田氏は言います。
会社作りは国作りに似ています。後から急にルールを厳しくすると「以前はよかったのに、なぜ今さら」とハレーションが起きやすいため、ルール作りはできるだけ創業初期から着手すべきです。
「問題社員の正しい辞めさせ方」を一言でまとめるなら、その8割は採用と就業規則の作り方、そして日々の運用にあります。ルールに書いてあるのなら粛々と執行していく。たとえ優秀な社員であっても、ダメなものはダメだと貫く必要があります。
そしてこのルール作りと浸透こそ、経営者がある程度「独裁」でやり切らなければ機能しない領域でもあります。ベンチャー企業の経営者にとって、組織のサイズが小さい今こそ、就業規則と日常運用を磨き込むベストタイミングだと言えそうです。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
