結婚式関連事業を経営し、約50歳でM&Aによる会社売却を経験したたろたんパパ・ママ夫妻。コンプレックスを原動力に駆け上がった経営者人生と、売却後に贅沢を尽くして辿り着いた「お金の本当の価値観」を赤裸々に語る。
地方出身、低学歴、貧乏──。たろたんパパが経営者として駆け上がっていった原動力は、自分自身に対するコンプレックスだったと言う。
「自分のことを天才だとか、うまくいって俺ってすげえなと思ったことは1個もない。コンプレックスが結構エネルギーのメインだった」
そしてそのコンプレックスは、売却を経た今も消えていないと語る。
「だってこんな素敵なママを見て、俺でいいのって未だに思いますよ。渋谷あたりで夜中にアルファードから降りるような雰囲気のママと、全然真逆の自分。ふさわしい男なのかなとかね、思う」
パパには独特の習慣がある。会社の近くに自分専用のマンションを借り、夜中の11時から朝方まで一人でひたすら自己否定をする時間をとっていたという。
「2人の自分がいる。SとMがいる感じ。たまにSが出てきて『お前こんなとこダメじゃん』『もっとこうやったらもっといけるじゃん』と。素直なMの自分が『そうだな』と思って、常に頭の中で戦っている」
事業のシミュレーションも徹底的に行う。成功したらこう、失敗したらこのタイミングで逃げる──全部考え抜いてから翌日会社で「ボン」と意思決定するから、スピードが早い。
自己否定モードに入る時はママにも宣言する。「ちょっと癖付けに入るわ」と全部オープンにし、ママはただ寄り添う。指摘はしない。「自己反省してる内容を私から指摘されるのは大嫌い。もう分かってるから言わない」とママは笑う。
副社長やCOOとして社長を支える人の悩みについて聞かれたパパは、こう答えた。
「夫婦と一緒。今風ではなく、昭和的夫婦が一番合うのかもしれない。ママは立てる、僕は『仁坊のために戦うよ』というスタイル。お互いを信頼して、そこに愛がなければ無理」
ただし、これを会社の共同経営に持ち込むのは難しいとも釘を刺す。
「共同経営は必ずいつかお金の問題で別れる。うまくいきすぎたら共同経営っぽくなって、いずれ不満が出る。社長の仕事、副社長の仕事の領域をやって、会議の時に『お互い頑張ったよね』と言えればそれでいい」
会社では、副社長が社長を「支える」のではなく、副社長としての役割を全うする──そう割り切る方が健全だという。
会社でのママの役割は、社員と社長の間に立つ「中和剤」だった。
「ママがやっていたのは銀行の大きなお金を動かすこと。毎日のようにいろんな銀行がアポを取って並んでいた。それ以外は、笑顔を作っているだけ」
パパが厳しく社員に指示を出した後、ママが部長のところに行って「社長はこういう気持ちで言ったんだから、よろしくね」と翻訳する。子供たちに対しても同じだった。短い言葉で叱るパパの真意を、ママが噛み砕いて伝える。
パパの経営哲学で一貫していたのは、社員への還元だった。
- 社員の給料を下げたことは一度もない。年1回のベースアップは当然
- サービス業では珍しく週休2日の連休制を導入
- 業界平均より高い給与水準(仙台で当時年収500万円水準)
- 業績好調月は朝礼でじゃんけん大会を開き、勝った社員に1万円を即座に渡す
- 期末手当はキャッシュで数千万円を目の前に積み、ベテランも新人も関係なく一律配布
「社長は自分でモチベーションを上げなきゃいけないけど、社員は上げて差し上げないとダメ。生で渡した方がテンション上がる」
一方、社長自身の経費は月10万円までと自ら決めていた。会食費を含めても、だ。社内では「カラーコピー1枚取るのにも社長申請」というルールを設け、面倒がる社員が自然とモノクロを選ぶよう仕向けた結果、月40万円の経費削減につながった。
「会社が辛くても、業績を悪くしたのは多分僕のせい。社員のせいではない。社員が働かないようにした社長のせいなんです」
業績が落ち込んだ時、パパはまず自分の生活レベルを一気に下げた。リフレッシュ用に持っていたポルシェも即売却。出張は全部エコノミー、ホテルはビジネスホテル、夜食は近くで済ませる。会社からもらう小遣いも業績に連動させて落とす。
「そうでもしないと頑張れない。会社の経費でゴルフして、ベンツの中古乗って、キャバクラ行って『領収書』とか言ってる社長の会社は、未来はない」
約50歳で会社をM&Aで売却。手にしたまとまった資金で、最初の2年間は遊びに突っ走った。
「2人で生活しているのに車が4台になる。いらない時計が増える。レストランに行ってもメニューを見ない。スタッフに『おすすめは?』と聞いて即決。洋服も、フロアごと貸し切るような買い方になる」
年間で2億円を使ったという。それでも生活が破綻しなかったのは、売却タイミングが50歳直前だったからだと分析する。
「20代30代でこのお金を手にしたのと、50代残り30年で手にしたのは全然違う。85歳までを逆算すれば、月いくら、年間いくら使えるかが見える。子供たちに残すつもりは全くないので、計算は楽」
そして1年半から2年経ったところで「悟り」が訪れた。
「ブランド品も、もういい。Tシャツはユニクロでいい。時計も重いだけ。それより美味しいものを食べたほうがいい──全てがそうなってくる」
忙しさからスローライフに切り替えられるのか、と聞かれたパパは「遊びで忙しくなった」と笑う。会社売却後、1年でゴルフに160回。しかも一人で山中のコースに行き、鼻歌を歌いながら回る。
再びビジネスを立ち上げる気はないかと問われると、明確に答えた。
「やらないって宣言して、やめてますから。やったら負け」
息子・娘がYouTubeチャンネルを始めたが、出演ギャラはゼロ。案件が来てもゼロ。「子供という仲間が土台になってくれれば、それでいい」
最後に、M&Aを経験した経営者へのアドバイスを聞いた。
「今まで一生懸命、命を削って頑張ってきたんだから、まず1年間はいっぱい遊んだ方がいい。遊んだ上で悟りを開く。そこで初めて自分らしい生き方が分かる。定年退職した方も同じ。1年遊んでから、その後の人生の過ごし方を探る」
移住先も同様に試行錯誤した結果、ハワイではなく鎌倉に落ち着いた。「英語が喋れない、食事も違う。ストレスになるんじゃないか」と。
「会社売却するとその瞬間からストレスがなくなる。夜は眠れる。それが一番良かった。ストレスがなくてお金があるなら、1年は楽しめばいい。自分に対して『お疲れ様』と」
コンプレックスを燃料に走り抜け、社員に手厚く還元し、売却後は2億円を遊びに費やし、そして最後にユニクロで満足する境地に辿り着く──たろたんパパママの軌跡は、M&Aを「ゴール」ではなく「人生の折り返し」として捉え直すヒントに満ちている。
「ビッグマネーを手にしたら、1〜2年は絶対遊んだ方がいい」──このシンプルな言葉の背景には、命を削って働いてきた経営者だけが語れる重みがあった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
