18歳でさくらインターネットを創業し、27歳で上場した田中邦裕氏。創業29年、上場20年を迎えた連続経営者が語る「お金を持たずに循環させる」哲学、コミットメントが会社を変える瞬間、そして家族・時間・体験への投資論を、M&A CAMPがインタビュー。
1996年、18歳で京都の高専在学中にさくらインターネットを創業し、2005年に27歳で上場。創業から29年、上場から20年というキャリアを歩んできた田中邦裕氏。来月で上場20周年を迎えるタイミングで、M&A CAMPは田中氏に再びインタビューを行いました。
テーマは、若手起業家が増える今だからこそ問い直したい「上場する意味」「お金との向き合い方」「経営者として手放すこと」。学生起業家ピッチコンテスト「GSEA」東京大会の審査員を務める田中氏が、自身の29年を振り返りながら語った言葉をまとめます。
近年、SNS上では「スモール上場はダサい」という声が広がりつつあります。しかし田中氏の見方は明確です。
「いや、全然いいと思いますよ。むしろ『ダサい』っていう方がダサいんじゃないかなと」
田中氏が根拠として挙げるのが、昨年12月に出された「スモール上場で上場した後にユニコーンになった企業リスト」。さくらインターネット自身、上場時の時価総額は約50億円。リーマンショック後には10億円ほどまで落ち込みましたが、現在は約1,200億円規模に成長しています。
「最低期の100倍、上場時から見ても10倍以上になっている。だからこそスモール上場は大切にすべきだと当初から声を上げてきました」
その上で田中氏はこう付け加えます。
「ただし10年経っても時価総額が上がらないなら、経営に問題があるということ。スモール上場が悪いのではなく、その後の成長にコミットできているかが問われている」
上場というのは野球で言えばトップリーグへの昇格に近い、と田中氏は例えます。難しいリーグに上がるほど、会えない人に会え、想像以上のハードルが課される。その「体験価値」こそが上場の最大の魅力だと言います。
上場後、関係者やVCの目が薄れ、個人としても十分に裕福になり、ハングリー精神が薄れていく経営者は少なくありません。田中氏自身も同じ局面を経験したと言います。そこで先輩経営者から告げられたのが、強烈な一言でした。
「お金は持っちゃダメ。もっと使うべきだ」
この言葉を受け、田中氏は実際に行動を変えてきました。エンジェル投資先は約80社。直近1年で5,000〜6,000万円規模の寄付も行っています。寄付先は、恵まれない子どもの支援、母校、AI研究所、熊本のイノベーションベース、若手起業家コミュニティなど多岐にわたります。
「エンジェル投資はもう浪費だと思っています。ほとんど失敗するわけですから。でも『一発当ててやろう』という人を応援したい気持ちはある」
田中氏が強調するのは、「お金を堰き止めると運気が下がる」という感覚です。
「使って入って、使って入って、という流れの中で残高が増えていくのはいい。でも止めてしまうとダメ。利益を出しても株価が反応しない、生活も豊かでハングリー精神も消える。担保割れすればリスクも取れなくなる──ずるずる縮んでいく経営者を多く見てきました」
10億円を年利5%で運用すれば年間5,000万円。生活には困らない金額ですが、田中氏はこう言い切ります。
「毎年1億、2億、5億、10億を自由に使える人生にはつながらない」
田中氏自身は、別荘も自家用車も持たず、電車もタクシーも普通に使う生活。金銭感覚は多くの人と変わらないと話します。違うのは、「ここに貢献したい」と思った相手や領域に、数千万円単位の出資・寄付を躊躇なく行えるという一点です。
たとえばあるスタートアップから「GPUが足りない」と聞けば個人で買って送る。地域の応援になれば、本当に成功した時のリターンは経済的な意味を超える──そんなエピソードを田中氏は淡々と語りました。
さらに田中氏は、若い世代に向けてインフレ時代の資産観を提示します。
「お金は将来のために貯めるよりも、将来稼げるための自分に投資した方が絶対いい。インフレが進めばお金の価値は目減りする。今500万円稼げる人が、10年後に1,000万円稼げるスキルを身につけている方が、500万円を貯金しているより遥かに価値が高い」
田中氏は人生の意思決定における三つの資源として「お金」「体力」「時間」を挙げます。
- 20〜30代:時間も体力もあるが、お金がない
- 40〜50代:お金はあるが、忙しく時間がない
- 60代以降:お金も時間もあるが、体力が落ちる
「だから40〜50代でお金があるうちに使うべきだし、なんなら20代の時にお金を持つのが一番いい」
先日、田中氏はノルウェーに住む妹のもとへ、両親と妻と4人で訪問しました。3人目の出産を控える妹のために、70代前半の両親を連れて行ったのです。10年経てば長距離移動は厳しくなる。子どもや甥・姪が3歳、5歳の時間は二度と戻ってこない。だからこそ、「今できることは今やる」と田中氏は語ります。
ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授による著書『イノベーション・オブ・ライフ』のエピソードも紹介されました。世界一のMBAを卒業した同期たちが10年後に集まると、自殺、過労死、薬物依存、不正会計による解雇など、社会的成功の裏で家族や人生を失っているケースが少なくない──。
「人生において本当に勉強と仕事だけなのか、と問い直されたエピソードです」
お金論と並び、田中氏が繰り返し語ったのが「コミットメント」の力でした。
2015年、上場10周年のタイミングで、田中氏は「このまま二部上場のままでいいのか」と自問。実際にプロジェクト化し、その年の年末に東証一部への指定替えを実現します。
「経営者ってスピードが重要。決めたらすぐやる。経営者が本気で決めれば会社は本当にすぐ変わるんです」
メンタリングしたスマレジ・山本博士氏との関わりも象徴的です。当時のスマレジは、社長交代直後で経営企画もまだ脆弱な状況。田中氏は「計画より3倍の成長率」を提案し、CFO採用も自分自身の時間を使って動くべきだと迫りました。結果、スマレジは上場時にさくらの時価総額を初値で抜き去るほどに成長。
さくら自身も同じです。2020年頃、AWSの台頭により赤字に転落。SI事業や新規事業を模索しましたが、田中氏が選んだのは「サーバー事業の新規市場開拓」でした。経済安全保障やデジタル貿易赤字を背景にした国産クラウド需要、そしてChatGPT登場に伴うGPU需要に集中投資し、わずか2年で売上は300億円台へ。
「コミットメントを決めて、いつまでにどうするかを示せば、社内の空気はガラッと変わる」
ただし田中氏は、これは経営者の資質次第だとも付け加えます。「やめようかな」と思った瞬間は、自身も100回以上ある、と。だからこそ、会社以外にも複数の居場所(コミュニティ、業界団体、家族)を持っておくことが重要だと語ります。
上場後に会長職へ退き、株主として残るスタイルについて、田中氏の視点はシビアです。
「会長職に留まっている会社は、伸びていない会社が多い。経営とオーナーシップは一体だと思うんです。株だけ持って経営させるのは難しい。逆に、株を持って自分で経営するからこそモチベーションが上がる」
もしオーナーシップだけを残して経営は外部に任せるなら、経営のプロを支えて成長させる覚悟が必要だ、と田中氏。中途半端な「会長居残り」は、企業価値の停滞につながると指摘します。
また、上場・非上場を問わず、社員を1人でも雇った時点で「上場企業と同じ覚悟」を持つべきだとも語りました。
「同族企業でも、社員が1人でもいたら、会社のお金を一族で全部使ってしまえば社員は白ける。社員への責任は変わらないんです」
インタビューの後半、田中氏が繰り返し口にしたキーワードが「新陳代謝」です。
「新しいことをたくさんできる会社や人よりも、新陳代謝がうまい会社や人の方が伸びる」
この考えは、お金の使い方にも、時間の使い方にも、コミュニティの持ち方にも通底しています。田中氏自身、社外活動を意識的に減らし、ゴルフなどの「付き合い」もほぼ行わない。一方で、家族との時間や信頼できるコミュニティへの投資には惜しみなくお金を使う。
「捨てられるかどうかなんですよね。手放せるかどうか」
年間の休暇は約1.2か月分を確保。業績が良かった年には、家族で2週間モルディブへ行ったこともあるそうです。
田中氏は最後に、若い世代へ向けてこう語りました。
「タイパだけで行動を決めない方が人生は豊かになる。20〜30代の点が、線になり、面になって回収されることは多い。短期的な得を計算しすぎると、買うものまでメルカリ基準になっていく。それで失っている時間や豊かさはもったいないですよ」
お金を持たずに循環させること。経営にコミットしきること。家族や体験に時間を投資すること。新陳代謝を恐れず手放すこと──。
田中氏が一貫して語ったのは、「自分が本当に大切にしたいこと、やりたいことという内発的動機にフォーカスすれば、人生は豊かになる」というシンプルなメッセージでした。
29年の起業家人生、20年の上場経営者としての経験から導かれた言葉は、これから上場や事業承継、M&Aを考える経営者にとっても、人生設計の補助線になるはずです。
10月末には学生起業家ピッチコンテスト「GSEA」東京大会が開催され、田中氏も審査員として参加します。学生起業家にとって、世界大会への扉を開くチャンスでもあります。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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