社会学者・加藤諦三氏が語る心の休ませ方とは。「無理」と「我慢」の違い、リラックスできる場所と人の重要性、そしてカルト集団化する組織の危うさまで、経営者にも通じる人間関係の本質を解説する。
社会学者・加藤諦三氏へのインタビュー第二弾。今回は「自分の人生を生きる方法」「自分を好きでいる方法」「心の休ませ方」「絶望から立ち直る方法」「夫婦関係および人間関係を継続する方法」というテーマで話を伺った。
まず加藤氏は、心の疲れを語るうえで「無理」と「我慢」の違いを明確に区別する。
「我慢には目的があって、そのために頑張っているわけですから、心の疲れはないんです。一方、無理には目的がない。相手から嫌われるのが怖くて相手に合わせる、低く評価されることを恐れていろんなことを頑張る――こういう動機で動くと心が疲れるわけです」
つまり、相手に合わせること自体が問題なのではなく、その「動機」が問題だという。相手への愛情から頑張るのは無理ではないが、拒絶への恐れから合わせると心が消耗する。
心の疲れを取る方法として加藤氏が挙げるのは、シンプルだが本質的なものだ。
「自分にとって特に利益があるわけでもないし、美味しいものを食べられるわけでもない。なんだか知らないけれど、よく考えてみるとあそこの場所によく行っているな、あいつとよく会っているな――そういう場所や人のところに行くことが、心の疲れを取る方法なんです」
損得勘定では説明できない、無意識に足が向く場所や人。それこそがリラックスの源泉だという。
この考え方は、経営者が従業員を採用する場面にも直結する。加藤氏は静岡県知事の発言問題を引き合いに出し、こう語る。
「就職するときに、この会社に行くことが自分に合っていると考えて選んだ人と、給料がいいからこちらを選んだ人とでは、全く違うんです。条件で選ぶのは、犬を猫のつもりで買うようなもの。犬に猫の役割を期待するのは、犬にとって最悪の場所ですよ」
採用される側も採用する側も、価値観や相性を見極めることが何より重要だという指摘だ。
静岡県知事の問題に話を戻し、加藤氏は組織や人間関係のトラブルの本質を解説する。
「商売をやろうが県庁の職員になろうが、どちらでもいい。知性を磨くことが価値があるという前提で発言する側もおかしいし、それに反発する側もおかしい。両方とも視野が狭い人同士がぶつかったんです。どちらかの視野が広ければ、トラブルにはならない」
そして、世の中のトラブルの大半はこの構造だと続ける。
極端な例として加藤氏が挙げるのが「カルト集団」の構造だ。
「カルト集団とは、俺たちだけが素晴らしくて、俺たち以外はみんなバカだという価値観です。だから世の中に受け入れられない。逆に言うと、カルト集団はいつも心が疲れているんです」
アメリカのカルト集団「ヘブンズゲート」の集団自殺や、ナチスの幹部たちが最終的に自殺していった歴史を例に、加藤氏はこう述べる。
「どんなに巨大な力を持っても、『他はみんなバカだ』という価値観で生きている人間は、最終的に生きていけなくなる。最後に『我が人生に悔いなし』と言って死んでいける人は、最後まで人との関わりの中で仕事をした人なんです」
社会的成功の有無にかかわらず、人とのつながりを失った者は心の疲れで消耗していく。これは経営者にとっても示唆に富む指摘だろう。
最後に、人間関係を継続するための要点について。アメリカで離婚理由の第一位は、嫁姑問題でも不倫でもなく「相手とコミュニケーションができなくなったこと」だという。
「嫁姑や不倫の問題があっても、両者の間にコミュニケーションができていれば関係は持つ。だが、コミュニケーションができなくなった段階で、もう維持できないんです」
加藤諦三氏が示した心の疲れを取る方法は、次の二点に集約される。
- 我慢はいいが、恐れから来る「無理」はしない
- 人との交流を死ぬまで続ける
リラックスできる場所と人を持ち、視野を広く保ち、コミュニケーションを絶やさない。シンプルだが、組織を率いる経営者にとっても、人生を全うするための普遍的な指針と言えるだろう。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
