元17LIVE CEOから出家した小野龍光氏が、企業家が抱えがちな怒り・嫉妬・承認欲求との向き合い方を語る。感情の根源、囚われの自覚、内発的動機の見つけ方、そして「程よい距離感」を保つトレーニングの重要性とは。
企業家として活動するなかで、自分の思い通りにならない出来事に直面し、怒りやイライラの感情を持て余す瞬間は誰にでもある。元17LIVEのCEOであり、現在はインドで僧侶として活動する小野龍光氏は、こうした負の感情の仕組みについて次のように語る。
「2500年前のブッダが言ったらしいという話ですが、イライラや怒り、不安、嫉妬といった負の感情を起こしているのは、周りではなく自分でしかありません。どういう時に起こるかというと、思う通りにならないという『解釈』が生まれた時なんです」
ポイントは、それが事実ではなく「解釈」であるという点だ。思う通りにならないという裏側には、必ず望む姿、つまり期待や欲がある。企業家であれば「こうしたい」というビジョンや「こうありたい」という理想が強ければ強いほど、現実とのギャップが広がり、怒りやイライラに変換されやすくなる。
とはいえ、「これは解釈にすぎない」と頭で理解しても、感情そのものは理屈で制御できるものではない。聞き手のしゅう氏も、瞑想や呼吸法を実践してみても煩悩が抑えきれない実感を素直に明かす。
これに対して龍光氏は、感情のコントロールは語学や筋トレと同じく「トレーニング」でしか上達しないと答える。
「突然うまくはならず、トレーニングを重ね、失敗を重ねてうまくなっていくものでしかないかなと。組織で『なんでこの人は思う通りに動かないんだ』と怒りをぶつけても、自分はイライラするし相手も傷つけるし、見ている社員もいい気分にならない。やっても意味がないという心の気づきが生まれてくると、流しやすい自分になっていく」
小規模な組織やベンチャーでは、強い指示でメンバーを動かすトップダウン型マネジメントが機能しているように見える場面もある。これについて龍光氏は、「やる道を明確に示すこと」と「恐怖や怒りで縛ること」を分けて考えるべきだと指摘する。
人間は退屈な存在であり、何をしたらいいかわからない時間ほど苦しい。だからこそ、進むべき道を提示してくれる存在は時に幸福をもたらす。問題は、それを精神的な圧力で強制したときだ。
「価値観が合えばいいんですが、恐怖や怒りで縛る形になると、部下にとっては精神を疲弊させる作業になる。あらゆる科学・心理学・哲学・宗教を見ても、幸せを求めるなら『よき人間関係の構築』が重要だという結論になる。我を張る人は、ひょっとしたら不幸になるかもしれない」
M&Aを積極的に行う企業ではカルチャーの強さが重要視される一方で、価値観が一致しなければ受け手側が不幸になるリスクもある。これは「自分のやり方こそ正しい」という我を広げているだけとも言える、と龍光氏は率直に語る。
怒りに関するもう一つの重要なポイントは、表面的に見えているイライラの裏に、より根源的な不満が隠れているケースが多いという指摘だ。
他人を批判する、政治に文句を言う、SNSにネガティブなコメントを書く――こうした行動の背景には、空腹や体調不良、満たされていない承認欲求など、自分自身の根本的な不満があることが多い。表面の事象にいくら対応しても、根っこが満たされなければイライラは消えない。
そのために必要なのが、自分の内側にディープダイブする時間だ。仕事で忙しいほど目の前の事象へのジャッジが連続し、自分の根っこを見つめる時間は失われていく。瞑想でも散歩でもよいので、スマホを離れ、ひとり静かな時間を意図的に作ることが重要だという。
しゅう氏は、龍光氏との出会い後にXやInstagramを削除したものの、再びインストールしてしまうこと、YouTubeの登録者数の伸びにドーパミン的な快楽を感じてしまうことを打ち明けた。
龍光氏自身も、外に出る活動は「承認欲求の塊」であると認めたうえで、再生回数やコメントをあえて見ないようにしているという。すべてを断つのではなく、自分なりの「程よい距離感」を見つけることが本質だと語る。
また、ネガティブな感情を持つ自分を否定する必要はないとも付け加える。
「自己肯定はすごく大事です。自分はここにいていいんだ、役に立てているんだ、と思える根っこがないと、周りに対するイライラはなかなか消えない。『生きてるじゃないか、災害も紛争もない国にいるじゃないか』と、自分に対して少し肯定が生まれて初めて、他人を認める心が生まれてくる」
怒り、嫉妬、コンプレックスは短期的にはエネルギーになる。向上心が強い人ほど理想と現実のギャップに苦しみ、それが推進力になることもある。問題は、そのエネルギーを向ける方向だ。
「相手を損ねる方向ではなく、別な方向にポジティブな形で向けられるかどうかが大事です。M&Aで搾取されたという思いを『次の事業でより良い会社を作ってやろう』に変換できれば、ポジティブなエネルギーになる。一方で『あいつの生活を脅かしてやる』となれば、憎しみのスパイラルでしかない」
後半は、企業家のビジョンや内発的動機の話題に移った。心の囚われを減らし、内側から湧き出る衝動でビジネスを進めるためには何が必要か、というしゅう氏の問いに対し、龍光氏はこう答える。
「囚われをなくすには、いなくなるしかない。人間の発言はすべて自分の脳と五感を通した情報処理から生まれており、根本的に偏見にしか溢れていない。だからこそ、まず『人間はそもそも囚われている存在だ』と気づけることが第一歩なんです」
囚われていないと思っているほど、自分のとらわれに気づけない。「なんで思った通りにやってくれなかったんだ」という衝突は、自分の理想への囚われを相手に押し付けた結果でしかない。
相手の視点を想像できるようになると、自分の信念を保ちつつも一方的に押し付けない、対人関係の「中間点」が見えてくる。これが対人関係をうまく運ぶ実践的な技法になる。
内発的動機は再現性をもって見つかるものなのか――この問いに対し、龍光氏はそれを「本能」に近いものだと位置づける。
誰かに感謝されたい、役に立つ生き方をしたい、幸せになりたいという根本的な欲求は、誰もが本来持っている。それを「自分なんて価値がない」「自分には無理だ」と理性で打ち消してしまうことが多い。少しの勇気で自己肯定し、自分の本能を認めてあげることが、内発的動機を立ち上げる出発点になる。
ビジネスにおいても、最初は「起業したい」「目立ちたい」というファッション的な動機でよい。やっていくうちに「誰のどんな課題に役立てるのか」というストーリーが具体化し、価値として認められれば結果として人がついてくる。
しゅう氏は「数字って魔力ですね」と漏らす。これに対し龍光氏は、数字は人間にとって白黒をつけやすく、無限に膨らむからこそ怖いものだと指摘する。
「自然はグラデーションです。太陽も上がれば沈むし、雨も降れば雲も消える。我々もその自然現象の一部分でしかない。脳みそが白黒つけたいだけで、宇宙全体で見ればエネルギーは一定の法則で循環している」
外側の成長は数字で見やすいが、内側の成長――イライラしにくくなる、心が穏やかになる――は時間も力もかかる。だからこそ意識的に取り組む価値がある。
承認欲求は欲求段階の頂点に置かれることが多いが、龍光氏は逆の立場を取る。
「群れこそが、生命としての我々のリスクを抑えてくれる土台中の土台です。生き物として群れないと生存が難しい。不倫や浮気をする人は、孤独なんだと思います。プライドを忘れて、根っこで信じられる人間関係が増えれば、なかなかそうはなりにくい」
孤独は生命にとっての危機であり、だからこそ「自分の根っこを満たす」ことが、刹那的な欲に流されないための土台となる。
龍光氏が日常的に役立てているのは、「呼吸」への意識だ。欲に流されそうな時、深呼吸を一度置くだけで、一瞬気づきの隙間が生まれる。
「ダイエット中なのにドーナツに手が伸びそうな時、一度呼吸を置いてみる。常に自分は息しているかなと意識する習慣がつくと、『今、流されそうになっている』と気づきやすくなる。呼吸を置けば精神的にも、肉体的にも脳に新鮮な酸素が届いて、流されにくくなります」
龍光氏が出家したきっかけは、生き方を見失っていた時期にインドの師匠から「お前、坊主になれ」と告げられたことだった。当時無宗教を誇りにしていた龍光氏にとっても突然の出来事だったが、迷いのなかで「孤独を埋める一つの方法論」として受け取ったという。
90歳を超える師匠は、暗殺未遂や病気を経ながらも、夏のインドの猛暑のなか朝3時から夜中まで人々に会い続けている。龍光氏はその姿を「文字通り自分を消して、人さまの役に立ち続けている」と表現する。
メディアで取り上げられる経営者は、競争を勝ち切った人ばかりだ。しかしその陰には、勝ち切れずに自信を失っている人が無数にいる。龍光氏は、競争だけが全てではないという視点が、勝者にも敗者にも広まっていくことに意義があると考えている。
「成長成長と外に求めなくても、自分のうちがわの成長というものもあるかもしれませんよ、というアンチテーゼを勝手にやらせていただいています」
企業家として走り続けるなかで感じる怒り、嫉妬、承認欲求。それらをなくすのではなく、自覚し、程よい距離感を保ち、自分の根っこを満たしていく。龍光氏が語るのは、特別な宗教の話ではなく、誰もが日常の中で取り組める「心のトレーニング」の話だった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
