社会心理学者・加藤諦三氏が、経営者が抱えるメンタルヘルスの本質を語る。無理と我慢の違い、安全と成長の選択、競争社会で自分を保つ方法、夫婦・人間関係を続けるコツまで、幸福に生きるための心の在り方を体系的に解説する。
社会心理学者の加藤諦三氏は、経営者のメンタルヘルスを考えるうえで、まず「無理」と「我慢」の違いを認識することが重要だと語る。
「我慢には目的があり、そのために能動的に頑張っているもの。一方の無理は目的がなく、人に気に入られたいといった受動的な動機から生じます。心の疲れの原因になるのは無理であって、我慢ではありません」
我慢からくる疲れは一晩寝れば取れるが、無理からくる疲れは体に蓄積し、寝ても回復しない。心理的に問題を抱えている人の多くは、この「無理」を続けている人だという。
無理をしているサインは「いつも後悔している」こと。自分の潜在能力に適した目的を持っていれば、我慢はあっても疲れは残らない。逆に、親や周囲の期待など外側から与えられた目的を追いかけている人は、自分自身を失っているため成果も出にくい。
自分を知ることは最も難しく、人を批判することは最も簡単だ、と加藤氏は指摘する。アメリカで提唱された「ACE性格」は、心と体のつながりを示す重要な概念だという。
- A(Attention):自分の感情に常に注意を向ける
- C(Connection):その感情がどこから来たのかを考える
- E(Express):その感情を表現し合う
この3つを実践することで免疫力が上がるという研究結果がある。話すこと、そしてそれ以上に「書くこと」が、心の回復に効果的だ。
また、物事を多面的に見る「マインドフルネス」の視点も重要となる。離婚を例にとれば、原因を「相手が悪い」の一点でしか捉えられない人は長く苦しみ、複数の視点から原因を見られる人は早く回復する。視点が一つに固定された極端な例がカルト集団であり、「自分たちだけが正しく、世の中はバカばかり」という単一視点が破滅を招く。
フロイトは「人間は苦しみたがる」と言った。意識では幸せになりたいと願っていても、無意識では不幸を選んでしまう傾向が人間にはある。
「人間は不幸と不安の選択を迫られると不幸を選び、不幸と不満の選択を迫られると不満を選びます。アルコール依存症の夫と別れない女性は、別れて一人になる不安より、不満な現状にとどまることを選ぶのです」
これは「安全性の優位」と呼ばれる人間の本性。成長にはリスクと不安が伴うが、安全にとどまるほうが楽だからだ。マズローが説いたように、幸せになるには人間性についての深い理解と、不安に向き合う「勇気」が必要となる。
「幸福への道は舗装されていないが、地獄への道は舗装されている。だから多くの人が地獄への道を歩んでしまうのです」
好きで選ぶことと、欲で選ぶことは似て非なるものだ。
- 好き:能動的で、自分自身を発揮できる。成長を伴い、最終的に幸福へ導く
- 欲:受動的で、「みんな私を愛してください」という発想。穴の開いたバケツに水を注ぐようなもので、決して満たされない
ビジネスにおいても「好きで商売をやっている人は確実に幸せになれる。だが、儲かるからという動機では際限がなく終わりがない」と加藤氏は語る。競争社会では勝ち負けの「欲」に飲み込まれやすいが、好きで生きてきた人には内なる力があり、目の前の問題を一つひとつ解決しながら最終的に幸せに到達できる。
人間の成長には段階があり、各段階の課題を解決せずに次へ進むことはできない。野球で言えば、一塁、二塁、三塁を順に踏まずにホームインすることは許されない。
青年期にアイデンティティを確立できなかった人が、家庭・会社・社会の責任を背負う壮年期に進むと、その重荷に耐えられなくなる。マザコン問題も、母親との関係を解消しないまま社会的・肉体的な大人になってしまった結果として表出する。
「欲求は抑えることはできても、消えることはありません。抑え込まれた欲求は無意識から満足を要求し続けるのです」
アメリカの結婚問題研究所の調査によれば、問題のない結婚はない。良い結婚かどうかを決めるのは、双方に問題解決能力があるかどうかであり、その本質はコミュニケーション能力だ。
アメリカでの離婚理由の第一位は「相手とコミュニケーションできなくなったこと」。逆に言えば、コミュニケーションさえ維持できれば、嫁姑問題や不倫問題があっても結婚は維持される。
上司と部下の関係も同じで、どちらか一方にコミュニケーション能力があれば、適切な距離感を保ち、大きなトラブルにはならない。パワハラ問題の多くは、注意した側ではなく、満たされないものを抱えたまま社会人になった部下が、客観的にはささいな注意を「古手梃子にやられた」と受け取ってしまうことから生じる。
「我々は事実に影響を受けていると思っていますが、実際は事実をどう認識するかを通して影響を受けているのです」
アメリカは日本よりはるかに格差社会だが、社会問題化していない。なぜなら「将来自分は豊かになる」と信じている人の比率が圧倒的に高いからだ。同じ事実でも、解釈次第で人への影響は全く異なる。
これは経営の現場でも同じで、相手がどう解釈しているかを察知するコミュニケーション能力こそが、人間関係を築く要となる。
古代ギリシャの雄弁家デモステネスは、努力の末に最高の地位に登り詰めながらも、最終的に自殺している。マラソンの円谷幸吉選手も「お父さんお母さん、もう僕は走れません」と書き残して命を絶った。
「人間の行動は、背後にある動機となった考え方を強化します。劣等感から努力すれば、成功しても失敗しても劣等感は深まる。優越すれば劣等感がなくなるというのは大きな誤解です」
劣等感とは「多くの価値の中の一つの価値を、唯一の価値だと思い込むこと」。だから解決策は競争に勝つことではなく、視野を広げ、競争する必要を感じない人と接することだという。
加藤氏自身、東大では「マルクス主義者でなければ人間ではない」とされたが、ハーバード大学では同じ仕事が「想像性豊かな学者」として高く評価された経験を持つ。場所と環境を変えれば、評価軸はまったく違うものになる。
加藤氏は最後にこう締めくくる。
「パソコンができなくても、語学ができなくても生きていけます。しかしコミュニケーション能力がなくなったら、人は生きていけません」
経営者が自分らしく、そして周囲の人をハッピーにしながら生きていくために必要なのは、無理ではなく我慢を選び、欲ではなく好きで生き、安全ではなく成長を選ぶ勇気だ。そして何より、視野を広げ、コミュニケーションの力を磨き続けることである。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
