経営者のメンタルヘルスをテーマに、社会学者・加藤諦三氏に話を聞いた。心の疲れの原因となる「無理」と「我慢」の違い、自分自身を見失わないための内発的動機の見つけ方、そしてエース性格やマインドフルネスの実践法を解説する。
競争環境に身を置く経営者は、常に高い成果を求められ、心身ともに疲弊しやすい立場にある。今回は社会学者・加藤諦三氏の事務所を訪ね、経営者のメンタルヘルスをテーマに話を聞いた。心の疲れの正体と、その対処法とは何か。
加藤氏はまず、心の疲れを取るうえで決定的に重要な区別として、「無理」と「我慢」の違いを挙げる。
- 我慢には目的がある。目的のために自ら選んでするものであり、能動的な行為である
- 無理には目的がない。「人に気に入られたい」といった受動的な動機から行うものである
「我慢は寝れば翌日には疲れが取れる。しかし無理をして溜まった心の疲れは身体に出るため、いくら寝ても取れない」と加藤氏は語る。心理的に問題を起こしてしまう人の多くは、我慢ではなく無理を続けている人だという。
自分が無理をしているかどうかを判断する兆候として、加藤氏は「いつも後悔している人は無理をしている」と指摘する。疲れが心に堆積していく人ほど、自分に適した目的を持てていないのである。
では、適切な目的を持つにはどうすればよいのか。
加藤氏は「自分自身である人は、適切な目的と適切な人間関係を持っている」と語る。一方、人に見せるための無理を続ける人は、周囲の雰囲気に飲まれ、自分以外の外側から与えられた目的を背負ってしまう。
例えば受験において、自分が行きたい学校を目指す人は、結果が伴わなかった際にも「自分には向いていなかった」と能力に合わせて軌道修正できる。しかし親から期待された学校を目指す人は、目的が自分に適していないため、いくら真面目に頑張っても成果が分からず、是正もできない。
これは経営者にも当てはまる。株主や周囲のさまざまな期待に応えすぎると、自分が自分から排除されてしまう。会社経営においても、外側から与えられた目的だけを追い続けることのリスクがあるのだ。
自分の内発的な動機を知ることは、もっとも難しい作業だと加藤氏は言う。「最も難しいのは自分を知ること、最も易しいのは人を批判することだ」。
ここで紹介されたのが、アメリカで提唱された「エース(ACE)性格」という考え方である。心と体は深く関係しているという前提に立ち、以下のステップで自分と向き合う。
- A(Attention):常に自分の感情に注意を向ける。「自分は今疲れている」などと意識する
- C(Connection):その感情がどこから生まれてきたのかを考え、原因と結びつける
- E(Express):その感情を表現する
加藤氏によれば、これを実践できる人は免疫力が高く、健康でいられるという。「能力の中で最も重要なのは、自分のことを告白する能力だ」と加藤氏は強調する。自己開示が免疫力を高めることは、複数の知見で確かめられている。
そして、話すことよりもさらに効果があるのが「書くこと」だという。辛いことを告白させると人は回復していく。悩んでいる人にとって、心の問題に向き合う具体的な手段となる。
自分の意識をさまざまな角度から見られる状態を、加藤氏は「マインドフルネス」と説明する。
例えば離婚の原因について、「相手が悪い」としか考えられない人と、「いろいろな原因があった」と捉えられる人とでは、その後の苦しみ方が大きく異なる。視点の少ない人ほど、いつまでも苦しみ続けてしまう。
その極端な例がカルト集団だ。「我々が正しく、世の中はバカばかり」という単一の視点しか持たないため、内部にいる限り疑問が生じない。
誰しも見たくない自分や、意識していない矛盾を抱えている。「本当は出世したいのに、出世なんてくだらないと言ってしまう」ような自己欺瞞を続けていると、心の問題を抱えたまま潜在能力を発揮できなくなる。
資本主義社会において、経営者は企業価値や売上の向上を求められ、競争環境から逃れることはできない。その中で自分自身を保つことは容易ではない。
だからこそ、ネガティブな感情を抱いたときに「その原因はどこにあるのか」と振り返ることが重要になる。一人になる時間を持ち、自分と向き合うこと。そして加藤氏は最後にこう語る。
「心の底を打ち明けられる友達がいるということは、医者を一人雇っているよりも意味がある」
孤独になりがちな経営者にとって、自分の感情を表現できる相手の存在こそが、最強のメンタルヘルスケアなのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
