資金繰り、ナンバー2の裏切り、終わりのない競争――経営者は気づかぬうちに脳を疲弊させ、燃え尽きてしまう。登録者約60万人のメンタルヘルスYouTubeを運営する精神科医・増田氏に、不調のサイン、日常でできるケア、瞑想と睡眠の本質を聞いた。
「資金繰りで半年から1年ずっと考えていると、調子が悪くなる人が多い」――精神科医として開業しながら、メンタルヘルスをテーマにしたYouTubeチャンネルを運営する増田氏は、近年の経営者を取り巻く状況をそう語る。
M&A後にうつ状態を経験したホストが、自身も増田氏のチャンネルに救われたと語るところから対談は始まった。本記事では、リーダー・経営者のメンタルヘルスをテーマに、不調のサイン、受診の目安、日常で実践できるセルフケアまでを再構成してお届けする。
増田氏はまず、現代のうつ病の捉え方の変化に言及する。
「いわゆるうつ病の概念がもう変わってきていて、どちらかというと『うつ病』というよりは『バーンアウト(燃え尽き症候群)』に近い。中長期にわたる心身の疲弊状態で、ストレスが蓄積して脳の炎症反応がずっと続き、回復が追いつかなくなって、とうとううつになってしまう、という流れです」
頭を使いすぎたり、強いプレッシャーがかかる仕事を続けたり、資金繰りを長期間考え続けたりすることで、経営者は徐々に脳を疲弊させていく。景気の不透明感やビジネスモデルの転換期にあって、こうしたケースは増えているという。
症状はうつ症状全般に及ぶが、増田氏は経営者に特徴的なパターンを挙げる。
- 落ち込み・イライラ・やる気が出ない・涙が自然に出る
- うつに加えて**パニック発作**が出るケース(過呼吸、ヘルニアのような症状)
- 弱音を吐かない人ほど身体症状に出やすい(首・腰の痛み、不眠)
「経営者で多いのは、うつにプラスしてパニック発作が出るパターンです。弱音を吐かない方が多いので、身体症状に表れる人も結構多い」
治療の基本は睡眠薬と抗うつ薬、そして禁酒。ただし、経営者の場合は「仕事を休めるか」という現実的な壁がある。ナンバー2の裏切り、人間関係のもつれ、二代目社長であれば先代から引き継いだ幹部からのパワーハラスメント――個別性が高く、すぐには解決できない問題が背景にあることも多いという。
「とにかく薬で凌ぎながら、何が最適解かを一緒に考える。体力が残っていれば頑張りながらやるし、限界なら諦めて一度やめる選択も取らなければならない」
「病院に行くほどではないかも」という段階で、何ができるのか。増田氏の答えはシンプルだった。
「運動はしない方がいい。もう疲れ果てているので、運動より寝ること。とにかく寝る。スマホをいじらない。問題を広げるより、問題を整理して、多面戦争にならないようなアプローチがいいと思います」
この段階では大きな意思決定は避け、細かい意思決定の数自体を減らすことを勧める。アルコールについても「やめた方がいい」と明言する。
「お酒を飲んでいて良いというデータはない。脳の炎症からの回復も遅れる可能性があります」
また、受診のハードルについてもこう指摘する。
「実力のある精神科医やカウンセラーのところなら、行った方がいい。コンサルやコーチングよりはるかに安い。初診で5000円ほど、再診なら1500円ほど。保険が効くので、行けるなら行った方がいいと思います」
クリニック選びは「自分と似たような境遇の人が集まる病院」を探すのがコツ。経営者の治療経験があり、論理的に別角度から光を当ててくれるドクターを、紹介や口コミも活用しながら探したいところだ。
増田氏が日常的なケアとして勧めるのが、座禅・瞑想だ。
「目を閉じて深呼吸して、5分過ごす。できるなら30分まで伸ばす。スマホを見ずに、ただただ頭の中を整理する時間です。考え込みすぎたら『いかんいかん』と呼吸に戻る。それを繰り返すと、業務内容や課題が整理されてくる」
ポイントは、いわゆる「ゾーン」を目指すことではないという。
「呼吸をゆっくりすれば心臓の動きもゆっくりになり、頭の回転もゆっくりになる。不安なときや焦っているときは呼吸が浅くて心拍も速いけれど、呼吸を意図的にゆっくりすることで体が引っ張られて、頭がすっきりしてくる。プレゼンや経営判断の場面で、これを普段からやっておくとスッと整えられる」
整理の到達点として増田氏が示すのが「エレベーターピッチ」のレベルだ。
「今自分が抱えている課題はこれとこれとこれ、目標はこれ、何のためにやっているかはこれ、今日やることはこれ――これを1〜2分でパッと言えるところまで整理しておく。それができていると、悩みではなく『やるべきこと』に変わる」
経営者にはすでに十分なインプットがあるからこそ、これ以上情報を詰め込むのではなく、紙もスマホも使わず頭の中だけで整理する時間こそが必要だという指摘だ。
なお、瞑想にはひとつのラインがある。「5分続けられないほど調子が悪いときは、瞑想はかえってやらない方がいい。内的世界に入り込んでぐちゃぐちゃになってしまう。そのときは寝る、寝られないなら薬を使ってでも寝かせる治療になる」。
座禅を続けると、仏教的な価値観に興味が湧くことがあると増田氏は言う。スタンフォード大学の岩松正史氏との対話を引きながら、未知なる領域への向き合い方の話に展開した。
「人間の認知の外側には未知の世界がある。これをネガティブに捉えるかポジティブに捉えるかで変わる。未知への恐怖感が減れば冷静でいられる。ただし、ポジティブに捉えすぎると騙されるリスクもある。神は信じても、人は信じない――その難しさはあります」
日本人は宗教を毛嫌いする傾向がある一方、未知に対する受容や、お金以上に価値があるものを感じ取る信仰的な装置を持ちにくい。結果として、東アジア特有の「比べる文化」のなかで、お金や学歴といった限られた指標で消耗しがちだと増田氏は分析する。
「アメリカは資本主義の競争がえぐい。日本は別の競争で、比較する指標が少ない分、しんどい部分がある」
スタートアップ界隈の時価総額至上主義のように「一生走り続けるレース」になりがちな環境こそ、別世界を持ち、人間の価値はそれだけでは決まらないと腹落ちさせることが大切だという話に、ホストも強く共感していた。
対談の終盤、増田氏は脳の疲労が自覚しにくい現代の構造について警鐘を鳴らす。
「スマホ、アルコール、カフェイン、エナジードリンク――いろんなものが疲れの自覚を麻痺させてしまう。間接的にしか自分の調子はわからないので、感情的な言動や周囲の反応、座禅中の自分の感覚を通じてセルフモニタリングするのが大事です」
睡眠については、「何もインプットしない時にも脳は『デフォルトモードネットワーク』として活動し続け、修復・記憶の整理・抽象化といった作業を行っている」と説明。何もせずに寝ている時間こそ、脳にとっては必須の整理時間なのだ。
ホストはYouTuber業界に多い躁鬱気質についても質問した。創作・発信の世界では、躁状態のときに走りすぎ、鬱状態で深く落ち込むパターンが少なくない。
増田氏は、漫画家業界の変化を例に挙げた。
「昔の漫画家は徹夜続きの不規則な生活で躁鬱気味の方も多かった。でも今の漫画家は、朝何時から夕方何時までコンスタントに働く方が増えていて、躁鬱っぽい方は減っている。長く高い質で走るには、規則正しい生活が最適なんですよね」
躁状態のときに余計なことをせず淡々とやる――波の範囲内で動くことが、創作・経営問わず長距離を走るためのコツだという。
リーダーや経営者のメンタル不調は、長期間のプレッシャーが脳を疲弊させた結果として、気づかぬうちに進行する。増田氏が示した処方箋は、特別な何かではなく、極めて当たり前のことの徹底だった。
- 不調のサインを見逃さず、早めに専門家へ相談する(コーチングより安価)
- 疲れているときは運動より睡眠、スマホを離す、意思決定を減らす
- 1日5分でも目を閉じて呼吸を整え、頭を「エレベーターピッチ」レベルまで整理する
- 比較に消耗せず、別の世界・価値観を持つ
- 規則正しい生活で長く走る
「経営者は命を取られるわけじゃない」――最後にホストが漏らした言葉のとおり、まずは自分の脳と体を整える時間を意図的に確保することが、リーダーが長くパフォーマンスを発揮し続けるための土台となる。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです。


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