100億企業を経営しタワマン49階に住んでいた小野龍光氏が、全財産を手放した先に見出した幸福論。ドーパミンに踊らされず、内面の成熟を育てる「自覚的に生きる」技術とは。四国お遍路を歩きながら語られた経営者必読の人生哲学。
100億企業の経営者として、タワーマンション49階に住んでいた小野龍光氏。今は全財産を手放し、僧侶のような姿で各地を歩く生活を送っている。今回、四国お遍路の同行という形で再会した小野氏との対話は、「成長」「幸福」「自覚」をめぐる濃密な時間となった。
冒頭、小野氏はこう語る。
「どんどんそのお金で解決していったから幸せが膨らんでくる、ということは残念ながら起こらないと僕は思いますけどね」
会社の時価総額、資金調達額、YouTubeの登録者数――数字で可視化される「分かりやすい成長」の裏側で、本当に大切なものを見失っていないか。それが本対談の通底するテーマである。
聞き手から「売上が100億になろうが、次は1000億、その次へと終わりがない。経営の成長と幸福は両立できるのか」という問いが投げかけられた。
小野氏の答えは率直だ。
「できなかった人間の言葉なので説得力はない前提で聞いていただければですが、おそらくできるでしょうし、やってらっしゃる方もいます。一番怖いのは、僕がそうだったように、自覚すらなくなること。やっていることを正当化しきっている自分がいる。でも苦しい。そんな時って一番スピードが出ないんです」
数字を膨らませるゲームでは確かに成長は出やすい。しかし振り返ると、自分自身も周りも「めった刺し、めった切り」にしていたかもしれない――そう小野氏は振り返る。
大切なのは「客観視の状態をいかに保てるか」。小野氏が普段からよく使う言葉は、ただ一つ「気をつけて」だという。
小野氏は「人間は欲に負けるのが自然」だと言う。生物学的に、若いうちはとくに欲に振り回されやすい。だからこそ環境設計と訓練が要になる。
小野氏自身、この4年間でスマホとの付き合い方を変えてきた。
- アプリをどんどん消す
- 画面を白黒設定にする
- 夜8時から朝4時まではアイコンが出てこない状態にする
「30年デジタルにどっぷりだったので、朝起きたら用もないのにとりあえずチェックしたくなる、Xの通知が来てないか見たくなる。そこに何にもないのに、です」
コントロールはできない。しかし「コントロールできない自分」を客観視し、修正していくことはできる。スマホに手を伸ばしてしまうのはやむを得ないとしても、1分でやめる、開かないで終える――訓練でできるようになる、と小野氏は語る。
対談の中盤、テーマは「幸福の正体」へと進む。
聞き手が「経営は都度景色が変わって楽しい」と語ると、小野氏はこう切り返した。
「それはドーパミンの種類です。ドーパミンは満足を与えてくれないんです。追い求めることだけが目的なんです」
手に入りそうかどうかにだけ反応し、手に入った瞬間にワクワクは消える。恋愛に例えるなら、付き合った直後のドキドキは「ブーストタイム」で、科学的には2年が限界だとも言われている。
さらに小野氏は、ドーパミンを作る脳細胞は脳細胞全体の0.005%しかないと指摘する。
「人類はまだドーパミンに突き動かされることに慣れるだけの進化が追いついていない。3世代、5世代、10世代後になって慣れてくる、その途上に我々はいる」
小野氏自身、かつてはタワマン49階の住人だった。下の階の住人を「ふーん」という気持ちで見下ろしていたという。
しかし3.11が起きた瞬間、状況は反転する。
「エレベーターが止まると、登れなくなる。下の階の人の方が有利になる。自分を笑った、呪った瞬間でした」
聞き手も今回の引っ越しで「一度でいいからタワマンに住んで、人々を見下ろしたい」という気持ちと闘ったと打ち明ける。ギリギリで「そんなことをしたら自分じゃなくなる」と思いとどまったエピソードに、小野氏は「成熟しますね、すごいことですね」と返した。
AI時代の到来は、この問題をさらに深刻にする。
「映画マトリックスの世界に、もうなりつつあると思うんですよ。デジタルの世界が見せて感じさせてくれる。考えることも、疑問を出すことも、全部任せていったほうが楽じゃないですか」
だからこそ、自覚的に生きないと流される。
「自覚を持って生きるという人間の特性がなくなると、理性のない動物と何ら変わらない存在になる。それでいいのかと言われたら、僕は嫌ですね」
AIによる壁打ちは便利で心地よい。しかし小野氏は、本当の腹落ちは「自分の腹から出てくる言葉」でしか起きないと語る。情報のきっかけはAIや本でいい。だが、それを咀嚼し、自分の中で問いかけ、体験を通して落とし込む作業――その積み重ねでしか「生きる理由」「信念」「使命」の軸は育たない。
対談の終盤、小野氏は「成長」という言葉を二つに分けて整理した。
- 外側への拡大:株価、手にするもの、広い部屋
- 内面の成熟:忍耐力、共感力、聞く力
後者は数値化もコピーもできない。しかし、そちらにこそ幸せがある。外のものは簡単に分かりやすく手に入るが、慣れた瞬間に幸福度はゼロに戻る。
聞き手が「僕は熟したい」とこぼすと、小野氏はこう答えた。
「全然熟してないですよ。今、熟している最中だと思います」
そして、こう付け加える。
「悩ましいから、わざわざ今治まで来ていただいた。深いかどうかは本人次第ですけれども、ある種の苦しさがあるからこそ、筋トレみたいに心はどんどん熟して深くなっていく。それを喜べるようになってくると、いいんじゃないですか」
3年前、小野氏は四国本土のお遍路1200kmを徒歩で40日かけて回った。真夏の37℃、飲み物を自分で買わない約束で歩いていた小野氏に、農作業帰りのおばあちゃんが籠から一袋を差し出した。
「もったいないですよ、僕なんかに」と言った小野氏に、おばあちゃんは過去からトマトと一緒にもう一袋手渡した。
「誰でもない人に、80代のおばあちゃんが朝から一生懸命取ってきたものを、自分よりまず他人に。こんな気持ちってなかなかなれないだろうなと思って、感動しました」
お遍路道中、札所近くの店先では「1000円のものを10円でいいから取ってお帰りなさい」と値下げしてくれる場面もあった。性善説の上に成り立つ経済圏。そこには、AIや数字には決して置き換えられない人間同士の温もりがあった。
小野氏は今、月の生活費を19万8000円まで切り詰め、本すら買えないからこそ図書館に通うことが「今までにない喜び」になったという。
足りないからこそ生まれる喜び。すでにあるものへの自覚。客観視の習慣。そしてドーパミンに踊らされない、内面の成熟。
AI時代に「自覚的に生きる」とは、流されない自分を保ち続けるということだ。経営者として数字を追う人ほど、この問いから逃げられない。
捨てると増える幸福――その逆説は、タワマン49階から全財産を手放した男だからこそ語れる、リアルな経営哲学である。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
