DMM創業者・亀山敬司氏が語る人生哲学。中学時代の「嫌われ者ベスト3」というコンプレックスをどう克服し、嫉妬や執着を経営の力に変えてきたのか。根拠なき自信、執着を手放す技術、そして「会いたい人に会いたいと思われる自分」を目指す姿勢を本音で語る。
人と比べて落ち込んだり、SNSで他人の成功を見て嫉妬に駆られたり——。経営者であっても、若手社員であっても、感情の波に揺さぶられるのは同じだ。では、DMM.com創業者の亀山敬司会長は、こうした感情とどう向き合ってきたのか。焚き火を囲んでの対談のなかで語られたのは、コンプレックスを「実験」しながら自分の人生に変換していく独自の哲学だった。
冒頭、最近怒ったことはあるかと問われた亀山氏は、こう答えた。
「3列ぐらいで緑と黄色と赤のバイクが連なって、六本木の交差点をふかしながらブンブン走ってた。お前ら信号かよ、と」
うるさかったとイラっとしたが、その対処はシンプル。「うるせえ、で終わるくらい」だという。
一方、嫉妬についてはほとんどないと語る。ただし、それは生まれつきの性格ではなかった。
亀山氏は中学時代、女子投票による「嫌われ者ベスト3」に入ったことがあるという。当時はそれが大きな傷になった。
「奥手でミキサー(合コン)でも手も握れない。エアミキサーみたいに、握ってるフリをするしかなかった」
自分に自信が持てず、女子に話しかけることすら躊躇する。陰キャのなかでも、さらにこじれていったという。高校に入ってからは友達にも恵まれ少しはマシになったものの、生徒会や学園祭の中心にいる「キラキラした実行委員長」のような存在を、地味な自分と比べて羨ましく思っていた。
「でも、あんなチャラいやつには負けたくねえ、と無理やり強がって、こじらせてた」
20代に入っても、頭の中の8割は女の子のことで占められていた——亀山氏はそう振り返る。残りの2割で受験や将来を考える日々。それを「かっこ悪い」と感じた瞬間、人生は変わり始めた。
本を読み、生きるとは何か、幸せとは何かといった哲学的なテーマと向き合う時間を意識的に作るようになる。すると、執着が薄れていった。
「思いが強いほど、相手に対してキモい存在になっちゃう。緊張が減ってくると、自然に人の目も見られるようになる」
この気づきは、後にビジネス観にも応用されていく。
執着の話は、そのまま経営論につながった。
「市場で3割4割取ったら、次は5割6割、全部取っちゃうぞ、と思うと無茶をしなきゃいけなくなる。どんな業界でも5割が限界。それ以上を取ろうとすると、残り20社30社との競争を激化させなきゃいけない」
業界1番にはなれても、2番3番まで一社で取りにいくと無理が生じる。野心が強すぎるとおかしくなる、というのが亀山氏の実感だ。執着を手放すという哲学は、私生活だけでなく事業戦略の節度にもつながっている。
女性に話しかけられないコンプレックスを、亀山氏は若い頃の路上販売で克服したという。
「アクセサリーを売ってると、ナンパはできないけど『この商品見てってよ』とは言える。下心が少しあっても、自分の中で『仕事してるんだ』と正当化できるから普通に話せる」
これがリハビリになり、自然に異性と話せるようになっていった。コンプレックスを、商売を口実に乗り越えるという発想だ。
人生の転機となるシーンとして、亀山氏はニューヨークで働いていた頃のパーティーを挙げる。30代くらいの大人たちがワイン片手に立ち話をしている光景。会話の内容も大人っぽく、かっこよかった。
「この人たちに『また会いたい』と思ってもらえる人間になりたいと思った」
一方で、パーティーに顔を出すばかりで「○○さん知ってるんで」「○○さんと友達なんだよ」と話してくる人もいる。そういう人は、結局自分が相手から求められる何かを持っていない。
「いくら人と会っても、相手にまた会いたいと思われる何かがないと、結局その場で空気になる。だから自分が魅力を持たないといけない。仕事でも考え方でも、なんでもいい」
亀山氏が50歳近くまで表に出ず、地道に仕事を続けてこられた理由もここにある。パーティーが面白かったのではなく、「いずれ認められたい」という思いがあった。だからこそ社交に流れず、目の前の事業に集中できた。
「『俺はまだ発展途上だ』といつも思ってる。これからもっと良くなるに違いない、と」
この感覚を亀山氏は「根拠のない自信」と呼ぶ。子供にも「大丈夫だよ、将来良くなるよ」と言ってあげた方がいい、と語る。根拠なき自信があれば、こじらせずに済む。
後年、亀山氏は寄付という行為にも実験的に取り組んだ。
「立派な人は寄付するというから、やってみた。でも翌年『もったいなかったな』と思ったら、それは自分には合っていないということ。同じ額を、困っている友達に渡した方が満足感があると気づいた」
寄付するから立派なのか、立派だから寄付するのか——。それは試してみないとわからない。役員に「余裕があるなら社会のために使うべきでは」と言われたことや、奥さんに「もっといいことをしなさい」と諭されたことも背中を押した。亀山氏にとって行動の指針は、「身近な人を助ける」という素朴な感覚から始まり、その範囲が徐々に広がっていったという。
嫉妬も、コンプレックスも、怒りも——亀山氏はそれらを否定するのではなく、エネルギーに転換してきた。執着を手放すこと、根拠なき自信を持つこと、そして「会いたいと思われる自分」を目指すこと。これらは経営者に限らず、誰にとってもヒントになる人生哲学だ。
SNSで他人と比べて落ち込みがちな現代だからこそ、亀山氏の「実験しながら生きる」スタンスは示唆に富む。比べることがあっても、それを唯一の物差しにしない。自分の感情を観察し、行動に変えていく——その積み重ねが、独自のキャリアを形作っていく。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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