元起業家でインド僧侶となった小野龍光氏が、20代スタートアップ経営者の悩み、エゴと自己否定の構造、外側ではなく内側に価値を求める生き方について語る。資本主義のど真ん中を経験したからこそ見える、経営者が穏やかに生きるためのヒント。
スタートアップを志した若手経営者が、いつしか元気を失っていく――。そんな光景が珍しくない時代に、元起業家でインド僧侶となった小野龍光氏は何を語るのか。M&A CAMPでは、20代の経営者が抱える悩みから、エゴとの向き合い方、内なる信念の育て方まで、対話形式で深く伺った。資本主義の中心にいた経験を持つ氏の言葉は、数字に追われる経営者にこそ響くはずだ。
「20代のスタートアップのご相談はすごく多いんです」と小野氏は語り始める。よくある相談は、こうだ。「自分はスタートアップをやっています。今ピボット中で、何を事業にするかは悩んでいます。でも自分はスタートアップが好きなのでスタートアップをやりたいんです」――。
これに対して小野氏の答えは明快だ。「それはあなた、今スタートアップをしていませんよ。ただ自分探し中ですよ、ということに気づけずに苦しんでいるんです」。
スタートアップという言葉がトレンドにもファッションにもなっている現代。「一旗あげてやろうぜ」「海賊王みたいなものになろうぜ」という思いそのものは悪くない。しかし、何をやるかを見つけることに意識を注がないまま「何かしなきゃいけない」「何かができない自分はダメだ」という苦しみに陥ってしまう若手は多いという。
誰しも、いきなりルフィにはなれない。ルフィも小さな存在からスタートしている。筋肉も能力もそうだ。今ピカピカに見える経営者にも、駆け出しの頃があったはずだ。
ではどうすればいいのか。小野氏が提示するのはシンプルな問いだ。「自分は何をしたら、誰にありがとうって言ってもらえるんだろう」。
ただ人に挨拶をする。ゴミ拾いをする。それでもありがとうと言ってもらえる。もしかしたらそれがスモールビジネスになるかもしれない。スケールするかは分からない。だが、「スケールが目的なんでしたっけ。スケールは結果なんじゃないんですか」と小野氏は問い直す。
「ただただスケールするのがかっこいいんだ、というカルトの中にいると、それ以外に価値を感じられなくなる。でも、それがなくてもあなたは価値を提供できる人なんです。本当に価値があるとみんなに支持されたら、結果として数字という形で広がっていく。それでいいじゃないですか」
資金調達の額を競い、規模を追い求めるあまり、「何をやろうとしているのか分からない人に資金は出してもらいにくい」という当たり前を見失う。だからこそ、自分自身と周りの人にちゃんとありがとうと言ってもらえることをしているか――そこからスタートするのでもいいのではないか、というのが小野氏の主張だ。
話題は「エゴ」に及ぶ。かっこよくありたい、誰かのために頑張りたい、自分が自分を認められるあり方をしたい――こうした欲求も、根底にはエゴがあると小野氏は言う。
「誰もが自分自身のことは大切で可愛い。これは全然問題ない、当然のことです。ただ、その自尊心の取り方なんです。膨らませて、見せよ見せよ、すごいと思われたい――それが人を苦しませる」
実態のある人は、特にお知らせしなくても周りからありがとうと言われる。すごいですねと言われる。ないものを見せようとすると、まさに裸の王様になり、しかも自分はそのことに気づけない。周囲から「何か格好つけているな」と見られていることにも気づけない。
上場企業の社長も、時価総額や前年比130%以上の成長を求め続けられて悩んでいる。M&Aで数十億を手にした経営者でも幸せそうな人は2割もいないのではないか――そうした感覚を聞き手が投げかけると、小野氏はこう答える。
「お金や名声というのは外の世界です。自分の外の世界。中に頼れる価値観や信念や哲学がないと、外に求めようとする。そこは怖いですね」
若いうちは、まだ確固たる信念がないことも多い。だからこそ「見つけようという姿勢」が大事だと小野氏は語る。
「有名なYouTuberや経営者がこう言ったから自分もそうだ、ではなく、自分の中の芯を立てて磨いていくプロセスそのものが、生きるということじゃないかなと思うんです。一生それは続く。私自身も信念がガツンとあるわけではなくて、迷いながらあります。でも自分なりに確認しながら体験しながら、ようやく自信が成り立ってくる」
小野氏自身、資本主義のど真ん中に20年ほどいた。数字が大きくなるほど「自分は何者かなんだ」という錯覚が起き、もっと何者かになりたいという欲にまみれる。違和感が蓄積し、たまらなくなって死にたくもなり、逃げるように離れた――それが正直な経緯だという。
「何者かに、たとえなったとしても、何者でもないと本心から思い続けることが大事です。常に錯覚や偏見があるという前提を心に持っておけば、『なんであいつ、ああいうことを言うんだ』と感じた時にも『向こうの言い分もあるかもな』『困っているのかもな』と想像力を働かせられる。自分もイラつかないし、ぶつかりも少なくなる。実は穏やかに生きやすくなるんです」
国に行きたい、経験を重ねたい――そうした欲求と、どう向き合うべきか。小野氏は「自分は好奇心だけで生き続けてきた人間」だと語る。
学者を目指したのも、スタートアップで新しいサービスや価値観を作ろうとしたのも、根っこは好奇心。今やっているのは「人間の心というものに対する好奇心」だ。
「好奇心は尽きることはないかもしれないし、もっともっとと膨らむかもしれない。でも数字のように苦しめるものではない。それによって新しい知見や場、出会いが生まれる。もっと言えば、人間は好奇心があったからこそ発展してきた。誇るべき能力、大事にすべき欲かもしれません」
見るべきは内面だ。何を育てたいと思うのか。好奇心、徳のある人格――そうした内なるものを育てる方が、ステータスやお金や名声といった外のものよりも確かなものになる。アリストテレスを引き合いに、「外のものは一時的にしか満たしてくれない。内なる信念は自分の柱として死ぬまで育ち続けることができる」と小野氏は語った。
聞き手は問いを重ねる。M&Aで売却益を得た経営者でも、家庭が壊れて不幸になるケースも少なくない。よき人間関係を築くコツは何か。
小野氏はまず一度結婚に失敗した経験を明かす。今の妻――「神」と呼んでいるという――には頭が上がらない。「突然こんな姿になって無職になり、家にも帰らず、人に呼ばれるところを歩いている。それを許してくれている。神は本当にハードルが深いので、我が家には怒りが起きないんですね」と笑う。
人間関係の本質は、孔子の言葉にあるという。「全ては徳を損なってはいけない、ということに尽きるんです。自分が誰しも可愛い、だからこそ自分の可愛さを大事にするあまり、他の人にとってその人が可愛いと思っている自分を損ねてはいけない」
それぞれが望むもの、期待するものの最大公約数がどこにあるか。自分が完全に他人になることはできないが、相手のことを慮り、想像力をたくましくする。「お前ってこうだよね」と決めつけるのは偏見でしかない。常に自分は相手に対して錯覚しているかもしれない、何も分かっていないかもしれない――その謙虚さで臨むこと。その人にとって喜ぶことは何か、押し付けにならない程度で自分にできることは何か。1対1の関係で「ありがとう」と言ってもらえる何かを探っていく。それがあらゆる人間関係において重要だと小野氏は説く。
成功すると、どうしても傲慢になりがちだ。それをどう防ぐか。アリストテレスを再び引きながら、小野氏は「良い行いの継続」を強調する。ビジネスで言う習慣化だ。
小野氏自身、僧衣のような格好をしているのにも意味がある。少し前まで気温40度のミャンマーやインドにいたため、東横インに泊まった日本では寒く感じた。「不足を感じる状況を自ら作っておくと、いろんなものに感謝が生まれる。普段飯を食わないと飯への感謝が生まれる。あらゆる宗教で断食があるのも意味がある」
キャンプが楽しいのも、足りない状況が生まれるからだ。「当たり前のものは当たり前じゃないと、頭で言い聞かせるんじゃなくて、肌や五感で感じる機会を作る」――それがルーティンとして組み込まれることで、傲慢さを忘れずにいられる。
小野氏自身のルーティンは、毎朝頭を剃る時に「自分は何者でもないんだぞ」と思い出すこと。スマホで目と耳だけを使うのではなく、鼻や舌や皮膚感覚で体験することが、脳に深く記憶を刻む。
前世(出家前)と今で、物質的な豊かさは比べ物にならない。だが精神状態や幸福度はどうか。
「これが全部、私の資産なんです」と小野氏は身の回りを示す。インドから帰国したばかりで普段よりもパンパンだが、それでもわずかな手荷物だけだ。「物を管理することも、忘れることもない。手荷物が一つなので飛行機も楽。いかに多くのものに囚われていたのかと感じます」
クローゼットの中に「いつ買ったんだ」という服がある。Amazonでポチった時は興奮していたのに、結局使っていないものがある。それは物が欲しかったのではなく「物を買う、手にする刹那の興奮」を得たかっただけかもしれない。
「物が必要だと思っている以上に、退屈を埋めるために買い物をしている可能性がある。それに気づくだけでも違います。意識の容量は決まっているので、物が少ないほうが、本当に向き合いたいパートナーや仕事に意識を向けられる」
穏やかな時間は確実に増えたという。妻からは「お前は何も考えずに無責任に生きているからな」と言われるが、それも含めて感謝なのだろう。
話の最後に、聞き手は就活チャンネルや転職チャンネルを運営している立場から、若い世代へのメッセージを求めた。
アリストテレスはこう言っているという。「その都度その都度の程よいところを選んでいくのが大事だ。程よいものは何か、変数は常に変わるので、程よさの場所も変わる。家庭との関係、経済との関係、その中で程よさを選ぶ行いはやればやるほどうまくなる。実践こそが、君の程よさを掴む能力を上げ、内なる成長になる」
日本では偏差値という数字、貨幣量という数字、そしてステータスという、かなり偏った価値観しか浸透していない。だからこそ就職でも「みんなからすごいと言われる会社に入りたい」「役職を上げたい」「お金を増やしたい」となる。それ自体は悪いことではない。
しかし、そればかり見つめていると、会社が簡単に人を切ったり、思いもよらないことが起きた時に、自信を失ってしまう。「そういう時こそ、自分の内なるものに向き合うきっかけとして、自分の中の価値観を磨ける。すると発展にもつながります」
――本質にちゃんと向き合おうという姿勢を持って日々生きる。改めてそう思わされる対話だった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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