ストックオプションは単なる報酬ではなく「将来の株主側に行く目線」を渡す仕組み。資本政策の専門家・黒坂氏が、税制適格・信託型・有償型の違いから、ガバナンス設計まで実務的に解説します。
スタートアップや成長企業にとって、ストックオプションは重要な株式報酬制度のひとつです。しかし、その本質を経営者・従業員ともに正しく理解しているケースは多くありません。
今回は、Diary代表のしゅが、自社のストックオプション設計を担当したマルコポーロ合同会社代表の黒坂氏に、設計の考え方と実務の勘所を聞きました。黒坂氏は財閥系信託銀行で23年半、うち18年にわたり上場を目指す企業の資本政策とコーポレートガバナンスのコンサルティングを手掛けてきた専門家です。
――ストックオプションを発行しても、従業員のモチベーションが目に見えて変わった実感はあまりない。これはなぜなのでしょうか。
黒坂氏はまず、株式と現金報酬の本質的な違いを指摘します。
「株式とは経営権そのものです。会社の支配者は株主であり、ストックオプションとは『将来、株主側に行ける権利』を渡すこと。ここがすごく大事なポイントです」
つまり、ただ「頑張ったら何かもらえる」というインセンティブが目的なら、ストックオプションでなく現金ボーナスでも構わない。ストックオプションがユニークなのは、付与された人が「将来の経営者側」に立つ目線を持つようになる点にあります。
たとえば将来、会社の成長フェーズに合わせて経営陣を入れ替える必要が出たとき、ストックオプションを保有する人が株主側の目線で判断できれば、企業価値最大化のための意思決定がしやすくなる。逆に現金報酬だけでは、こうした視点は生まれにくいといいます。
そのため、特に創業初期にストックオプションを付与する相手は、慎重に見極める必要があります。
「将来、経営者になってほしい人。つまり『そっち側の人だな』と感じる人に出してあげる、というのが見極めポイントだと思います」
また、株式そのものを生株として渡してしまうと、後にM&Aを検討する場面でやりづらさが生じることがあります。一方ストックオプションであれば、行使条件が成立しない限り株式にならないため、経営者にとっても出しやすい設計が可能です。
世の中で発行されているストックオプションのうち、最も多いのは「税制適格ストックオプション」です。これは税務上のメリットが大きく、もらった従業員にとって有利な仕組みになっています。
ただし、税制適格として認められるためには複数の条件があり、その一つが「行使価格が時価以上であること」。つまり、付与された時点の株価より高い金額で買う権利でなければ、税制優遇は受けられません。
問題は「時価をどう算定するか」でした。従来は、直近のファイナンスのバリュエーション(例:プレ30億円・3億円調達ならポスト33億円)を時価とみなす考え方が一般的でした。
ところが、信託型ストックオプションをめぐる課税問題をきっかけに、国税庁は「税務上の時価を使ってよい」という整理を発表します。これにより、赤字を掘っている成長企業であれば、税務上の評価額をベースに極めて低い行使価格でストックオプションを発行できる余地が生まれました。
しかし、ここに会計上の落とし穴があると黒坂氏は指摘します。
上場を目指す企業は、監査法人の監査を受け、税務上とは別の企業会計上の決算書を作成する必要があります。ストックオプション会計のルールでは、行使価格が企業価値を下回ると、その差額を費用計上しなければなりません。
たとえば、企業価値が33億円の会社が1円で買える権利を1%分付与した場合、その差額は巨額の費用としてPLに計上されることになります。
「報酬費用なので、会社からしたら利益がめっちゃ減るということです。株価は利益×PERですから、利益を直撃すると上場時の株価がものすごく下がってしまう。これは大変なことです」
つまり、税務上は得に見える設計でも、上場時のバリュエーションを毀損するリスクがあるため、安易な発行は推奨できないということです。
話題になった信託型ストックオプションについても、黒坂氏は簡潔に整理します。
仕組みとしては、株価が低い時点で発行し、従業員や取締役に直接割り当てるのではなく「信託」というビークルを介して保管。将来、上場後に安い行使価格のストックオプションを従業員に割り当てられる、というものです。
本来、税制適格ストックオプションであれば、行使時点では課税されず、売却時に約20%の税金がかかる仕組みです。ところが信託型は、行使した瞬間に給与所得課税(最大約55%)が発生する、という解釈が国税庁から示されました。
「1株1,000円で買える権利を持っていて、株価が100万円になったとき、1,000円払って100万円の株式を受け取る。その瞬間に給与所得として課税される、という整理です」
つまり、お金がない時点で行使してしまうと税金が払えず、株を売却せざるを得なくなる。さらに税率も大きく上がるため、設計者にとっても従業員にとっても痛手となりました。
税制適格の条件に合致しないケース、たとえば社外の専門家、経営者、社長の親族(兄弟が一従業員として働いているケースなど)にストックオプションを出したいときに有効なのが「有償ストックオプション」です。
これは、文字通り従業員側がお金を払ってストックオプションを取得する仕組み。導入すれば、税金面では税制適格と同じような扱いになります。
「自腹を切る感覚があるので、本気になってくれる効果も期待できます」
ただし、行使価格とは別にオプション自体の価値を算定する必要があり、非上場企業では計算が複雑です。プルータス・コンサルティングやブリッジコンサルティングなど、算定の専門会社に依頼するのが一般的だといいます。
黒坂氏の専門領域はガバナンスです。ベンチャー企業ではあまり意識されにくい分野ですが、取締役会の役割と業務執行の役割が混在している会社は少なくありません。
「場合によっては、社長以外は全員社外取締役にして、取締役会は人を監督する仕組みに振り切る、という設計もあります」
取締役会が肥大化すると意思決定が遅くなる。経営と業務執行を切り分け、創業者を中心に意思決定し、上場後は外部の取締役を入れながら入れ替えていく。そうした柔軟な設計こそが、企業の成長段階に合った姿だといいます。
そしてストックオプションは「長期的な報酬」と位置付けられます。来期の業績に対して頑張ってほしいなら、それはボーナスのような短期インセンティブで報いるべき。何を、誰に、どの時間軸で期待するかによって、選ぶべき報酬制度は変わるのです。
会社のフェーズが変われば、期待する役割も時間軸も変わります。だからこそ、ガバナンスも報酬設計も「変わることを厭わない」姿勢が重要だと黒坂氏は語ります。
「今の自分たちの立ち位置と目指す世界からどうなっているか、毎年見直していく。会社によってそれに適した組織を作っていくことが大切です」
ストックオプションは、単なる従業員へのご褒美ではなく、株主側の目線を共有するための仕組み。設計の選択肢、税務の落とし穴、ガバナンスとの整合性まで含めて、経営者が腰を据えて考えるべきテーマだといえそうです。
後編では、上場することのメリットと、企業価値を中長期で成長させるための視点について、引き続き黒坂氏に伺います。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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