自民党の元幹事長・茂木敏充氏が、日本のスタートアップ政策の現状と課題、日米貿易交渉で培った交渉術、生産性向上による日本経済の成長戦略、そしてリーダーとしての意思決定論を語った。失敗を恐れずチャレンジする社会づくりに向けた政策と若手経営者へのメッセージを詰め込んだ対談記事。
衆議院議員として11回の当選を重ね、自民党幹事長や外務大臣、経済産業大臣など要職を歴任してきた茂木敏充氏。栃木県足利市出身で、東京大学経済学部を経てハーバード大学ケネディスクールで政策立案を学び、マッキンゼーで経営戦略や組織改革に携わった後、1993年に政治の世界に飛び込んだ。
「親戚に政治家は1人もいません」と語る茂木氏は、いわゆる二世議員ではない。マッキンゼー時代に各省庁の審議会委員などを務め、提言書を出してきたものの、なかなか実現しないことから「自分が内側に入って変えた方がいい」と決断したのが政治家転身のきっかけだという。
大臣を5つ経験し、経済産業大臣、経済再生担当大臣、外務大臣などを歴任。党の役職としても選挙対策委員長、政調会長、そして昨年まで3年間幹事長を務めてきた。
茂木氏は日本のスタートアップが世界に比べて遅れていると率直に認める。アメリカではこの20年でトップ10企業の顔ぶれが大きく入れ替わり、Apple、Amazon、Googleなど10年前にはスタートアップだった企業6社がランクインしているのに対し、日本ではほとんど変化がない。
伸び悩みの最大の原因について、茂木氏はこう指摘する。
「失敗を恐れずにチャレンジする、こういう社会意識全体が、まだ十分なんじゃないかなと思っています。失敗してもいいんだ、また失敗してもやり直せる、こういう社会関係を作っていくことが大切です」
もう一つの問題は資金と人材の流れだ。日本の個人金融資産は2200兆円にのぼるが、その半分がタンス預金や銀行預金として眠っている。NISAの拡充で投資の裾野は広がったものの、資金の多くは海外株式に流れ、国内のスタートアップには十分回っていないのが現状だ。茂木氏は、国内の新しい企業を組み込んだ投資信託が増えていくことの重要性を強調した。
日本人のオペレーション能力の高さを評価しつつ、茂木氏はライドシェアの遅れを例に挙げる。カリフォルニアではすでに自動運転のライドシェアが実用化されているが、日本は「日本版ライドシェア」の段階にとどまっている。
シェアリングエコノミーの市場規模は現在2.6兆円ほど。今の規制を前提にしても10年後には15兆円規模に伸びると見込まれているが、規制を取り払えば「その倍でも3倍でも広がっていく」と茂木氏は予測する。
副業の解禁についても積極的だ。タイミーのような隙間バイトのプラットフォームを例に挙げ、人の時間とスペースの余剰をデジタル技術で活用する流れを後押しすべきだと語った。
茂木氏は若手経営者の視座を高める方法として、海外経験の重要性を語る。かつてIBMが若手経営者をアフリカに派遣し「自社の仕事はせず、好きにやっていい」というプログラムを実施していた事例を紹介。現地で不便を感じる経験こそが新しい発想の源泉になるという。
例として挙げたのが、ケニアの携帯電話会社M-PESA(エムペサ)だ。かつてケニアでは銀行口座を持つ国民は1割程度で、地方の支店も少なかった。出稼ぎ労働者は給料を実家に届けるのに高速バスで現金を送ったり、同郷者に託したりする危険な方法を取っていた。
そこに登場したのがM-PESAによる電子送金サービス。銀行口座を経由せず、携帯電話だけで給料受取から仕送り、店舗での決済まで完結する仕組みが一気に普及した。
「イノベーションって遅れている分、進んでいるということが結構出てきている」と茂木氏。同じような構造的飛躍は日本でも起こり得るという見方を示した。
茂木氏は2019年に経済再生担当大臣として日米貿易交渉を担当し、5ヶ月の交渉の末に合意を取り付けた。トランプ大統領から「モテギはタフだ」と言わしめたその交渉術について、本人はこう語る。
「交渉相手があるわけですから、自分が100取って相手が0なんてことはない。64でいいんです。それも64と言っても、お互いの関心事項は一緒ではない。1番どうしてもやりたいことは何かを中心に考えて、日本としては64で取った、アメリカも64で取ったと、両方がそう思えるような交渉を進めていくことが大切です」
自分が絶対に譲れないことを把握し、そこは譲らない。一方で相手の譲れないところもある程度尊重する。ゼロサムではなく、双方にプラスになる合意を目指す姿勢が、合意成立後にワシントンで見上げた「人生で1番綺麗な空」につながった。
大臣や幹事長といった大組織のトップを務めてきた茂木氏のリーダー観はシンプルだ。
「トップの役割というのは、まず大きな方針を示す、ビジョンを示すこと。こう行こうとコンセンサスを作って、あとはそれぞれの部局に任せて、最後の責任は取る。これが基本的なトップの姿勢です」
意思決定のスピードについても明快だ。100%分かってから動き出すのでは遅すぎる。「状況が8割確認できたら、行けそうだと思ったらチャレンジする」というのが茂木氏の流儀。マッキンゼー時代も「8割正しいと思ったら提言する。9割行ったら、どこかの企業がもう先にやっている」という感覚で仕事をしてきたという。
意思決定で重視している3つのポイントとして、茂木氏は次を挙げた。
- 国益(あるいは事業の目的)に叶うか
- スピード感(8割で動く)
- 具体的な成果が出るか、必要なチームと資源を集められるか
物価高に賃金が追いついていない現状を打開するために、茂木氏が鍵だと位置づけるのが生産性の向上だ。生産性が年1.5%上がれば実質賃金も1.5%伸び、物価上昇2%と合わせて名目賃金は3.5%上昇。3年で10%上がる計算になり、平均給与460万円が500万円を超えるラインに到達する。
税収の面でも、生産性が1%上がるとGDPが1%伸び、税収は約1.4兆円増える。「学校給食無償化はおおむね5000億円、高校教育の無償化での追加負担は6000億円。これが財源として可能になる」と茂木氏は試算する。
生産性向上の手段として挙がったのは、デジタル投資、研究開発投資、人材教育・スキルアップなど。デジタル投資3兆円で実質GDPは0.75%増、研究開発投資5兆円増でさらに0.75%増えると見立てる。
人手不足が叫ばれる一方で、ハローワーク経由の有効求人倍率は下がっているという「逆転現象」が起きている。実際の求人活動が民間サービスに移ってしまっているからだ。
茂木氏が提案するのは、ハローワークを「失業者の面倒を見る場」から「キャリアアドバイスとリスキリングを支援する場」へと機能転換すること。転職希望者だけでなく、将来の転職を見据える人にもキャリアアドバイザーが助言し、必要なスキルを身につけるための国の補助プログラム(自己負担1/3)と組み合わせれば、人材の流動化と能力開発が一体で進むという構想だ。
副業についても全面解禁を主張。商品開発担当者が副業で営業を経験することで本業に活きる、副業先の業務が向いていれば転職のきっかけにもなる──といった効果を期待する。
茂木氏は党のGX実行本部長として、10年間で150兆円規模の投資を推進している。20兆円規模のGX経済移行債(GX債)で資金を呼び水にし、民間からの投資130兆円と合わせて、製造業をはじめとする各産業のCO2削減と成長への転換を狙う構想だ。
ペロブスカイト太陽電池のようなフィルム型・曲げられるパネルなど、日本が強みを持つ脱炭素技術は、密集都市の屋根や壁面などに展開でき、東南アジア市場でも大きな可能性を持つと茂木氏は見ている。
対談の終盤、M&Aや資金調達の話題に及んだ。
M&Aの件数については「いろんな要因にもよるけれど、基本的には伸びていく」との見方。一つの会社が手広くやりすぎている領域を整理することはROEを高める意味でも重要であり、シナジーが生まれる部分での企業合併は進めるべきだという。
例として挙がったのは、ジェネリック薬業界。1.7兆円の市場に150社以上がひしめき、薬価がアメリカの2倍以上になっている。50社程度に統合することで経営体力をつけ、価格を下げ、1社だけが製造する薬の供給リスクも回避できる、と提言した。
経営者保証を外していく流れについては、「失敗しても再チャレンジできる環境を作っていくという意味でも必要なこと」と評価。日銀の金融政策については「大胆な金融緩和から正常化のステージに入っている」との認識を示しつつ、「一気に5%にはならない」とも語った。
対談の最後に、茂木氏は若手スタートアップ経営者へのエールを送った。
「皆さんの将来がまさに日本の将来だと思っています。アインシュタインがこんな言葉を残しています。『成功の反対語は失敗ではない。成功の反対語は、やらないことだ』。まさにチャレンジしてみる。それによって成功を掴んでいくということを、是非頑張ってみてください。期待しています」
国家経営も企業経営も、大きな方針を示し、8割の確度で動き、最後の責任を取る──32年の政治家人生で培われた茂木氏の哲学は、スタートアップ経営者にとっても示唆に富む内容だった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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