ゴールドマン・サックスで17年、投資業に従事した田中渓氏が語る人生経営術。期待値ゼロの生き方、ストイックなルーティン、伸びる企業の見極め方、そして長期投資の真髄まで、ラジオパーソナリティとしての顔も持つ稀代の投資家の哲学に迫る。
ゴールドマン・サックスに17年間在籍し、投資業に従事してきた田中渓氏。現在はInterFMと福岡のクロスFMでラジオパーソナリティを務めながら、投資家として若手企業家たちを見つめている。本記事では、田中氏が語る人生経営術、投資哲学、そして伸びる会社の見極め方を再構成してお届けする。
田中氏のキャリアは、大学院時代の学生起業から始まる。当時は株式会社設立に資本金1,000万円が必要だった時代。友人の起業にジョインして大学院を中退するも、不動産絡みのシェアハウス事業という「お金と肩書きがないとやっていけないフィールド」に身を置いてしまった。
「圧倒的に手っ取り早くお金と肩書きが手に入る会社に、とりあえず一度行こう」――そう考えて選んだのがゴールドマン・サックスだった。当初は3年で稼いで再び起業に戻るつもりだったが、入社時期がリーマンショック直後のスタートアップに不向きな環境だったため、「でっかい船にしがみついておこう」と判断。それが結果として17年続くことになる。
フロントオフィスの同期約20人のうち、5年で半数、10年で4〜5人にまで減少する世界。多くがCEOやCFOとして自ら意思を持って外に出ていく中、田中氏は社内に留まり続けた。
その理由は、社内プロジェクトの中に企業投資や事業再生案件が豊富にあり、起業家と同じエッセンスを擬似体験できたからだという。「企業の一番美味しいところだけを触れる。何個も何個もプロジェクトベースでやっていたら、結構満たされてしまった」と振り返る。さらに若いスタートアップを応援する立場で多様な物語に触れることで、「自分でやらなくてもいいかも」と起業欲も薄れていった。
田中氏は、雇われで投資業を行うことの本質を「大きな失敗をしないこと」と語る。常に打席には立つが、ホームランを狙って三振し続ければクビになる。一塁打、二塁打を確実に打ち続けるのがサラリーマン的な生き方だ。
一方、起業家は何度三振してもバットを振り続け、ホームランを打つまで諦めない。チームを変え、競技を変えてでも挑戦を続ける――この「使う筋肉」の違いを冷静に見極めたことが、田中氏の17年を支えた。
田中氏が投資判断で重視するのは、「需要・好き・得意」の3つが揃っているかどうか。順番をつけるなら、まず**需要(マーケット)**が最優先。どんなに好きで得意でも、需要のない場所では勝負にならない。
また、伸びる経営者の特徴として以下を挙げる。
- **スピード感と実行力**:分析麻痺に陥らず、まず場に出て足りないものを見つけ、走りながらチューニングする
- **尋常じゃない熱量**:そのテーマばかり考えられる「ストイックさ」がデフォルトになっている
- **AIなど新技術を素早く活用できる柔軟性**
逆に、市場調査と分析を重ねて「勝ち筋っぽいもの」を探してから動くタイプは、なかなかうまくいかないという。
3時45分起床、6時から運動、7時間睡眠――超人的に見える生活も、田中氏に言わせれば「ただの時差」だ。寝る時間が子供のように早いだけで、誰でもできる再現性のあるルーティンだという。
2025年9月時点の1日の使い方は次の通り。
- 3:45 起床
- 6:00〜6:30 運動(ランニング、自転車、水泳、コアトレ等)
- 6:30〜 風呂に入りながら読書・ディープリサーチのレポート読み込み
- 9:00 フル出社、午前はアウトプット中心
- 11:00〜 ランチまたは「ノートサーフィン」によるインプット
- 午後 人と会う(意図的に非日常をつくる相手選び)
- 夜 食事しながら読書、就寝
意外にも、田中氏は意図的に「ダラダラする時間」を細切れで入れているという。サイコパスでも何でもなく、人間は意識しないと前日と同じことを90%繰り返してしまうため、非日常を生む工夫を仕組み化しているのだ。
田中氏のメンタル管理術の核心は「期待値ゼロの生き方」にある。自分にも他人にも基本的に期待しない。「起こるだろうと思ったことが起こらないっていう風に整理しておくと、起こったらすごい嬉しい」というスタンスだ。
また、孤独を愛する性格も大きい。同時に許容できるのは「自分含めて4人まで、できれば2人」。5人以上になると疲れてしまう。だからこそラジオというメディアが性に合う。「YouTubeじゃなく、1対1のリスナーにボソッと届いてほしい」。社交を広げればもっと経済的に豊かになれることも理解した上で、不要なストレスを避けるトレードオフを選んでいる。
田中氏はサハラマラソン(257km)、ウルトラマラソン、そして昨年はトレイルランニングの世界最高峰と言われる170km・累積標高1万m超のレース(イタリア・フランス・スイス国境)に挑戦。46時間ノンストップという過酷さで、「スタートした瞬間からやめたい」「何回か死ぬと思った」「30時間を超えてからは幻覚と幻聴の中で走った」と振り返る。
それでも続ける理由は、「一つの山をクリアしてよかった、また一歩進めた」という小さな達成感の積み重ねにある。「究極の内省。自分の弱さと戦い続ける40何時間」――これが田中氏のアイデンティティとなっている。
ゴールドマンを離れ、メディア露出が急増した田中氏。フォロワー増加のドーパミンは「ギャンブルと全く同じ構造」だと警鐘を鳴らす。強い言葉で誰かを否定すれば数字は伸びるが、それは絶対にやらないと決めている。
企業案件・PR案件は個人では一切受けない。「自分の発言に制約がかかったら嫌だし、ノイズを排除したい」。アルゴリズムの奴隷にならず、ゆっくりと信頼を積み上げるためにラジオというメディアを大切にしている。
投資家として田中氏が勧めるのは、徹底した長期投資。「投資した瞬間にIDとパスワードを忘れてずっと放置できた人が勝ち」。だが多くの人にとっては「暇でつまらない」ため実行できない。
そこで現実解として提案するのが、ポートフォリオの80%を長期保有・20%を短期ゲーム用に分ける方法。20%でドキドキ感を満たしつつ、80%は絶対に触らないルールにすれば、結果的に資産は増えやすい。
また田中氏自身は、現金としての円は総資産の1%も持たず、ほとんどをドルや日本の不動産・未上場企業・上場株などに分散しているという。
人口減少が進む日本市場でも、田中氏は悲観していない。
- **アニメ・エンタメ**:従来の製作委員会方式から脱却し、ハリウッド型の資金調達ファンドが登場。グローバルに展開できる
- **介護・少子高齢化対応**:日本は世界で最初にこの課題を乗り越える必要がある国。介護ロボや人材不足解消の領域に勝ち筋がある
- **品質で勝つ領域**:自動運転、医療用ロボなどミスが許されない分野では、日本の品質力が独走できる
- **割安な日本株**:アクティビストの活動が本格化し、PBRの低い企業のバリューが解き放たれる5〜10年の波が取れる
また、昭和世代がまだ意思決定を握っている現在、「圧倒的に昭和の振りをして一生懸命頑張る」と資金調達もアライアンスも一気に進む――そんなテクニックも、目的達成のための手段として肯定する。
田中氏は「人間の限界を体験し、観察し、伝えること」がBeingだと語る。アスリートでも、一人飯の世界旅でも、ラジオでも、Doingは何でもいい。だからこそ「次の目標」を具体的に定めず、流れに身を任せる。
「漢字の『渓』はまさに川の流れみたいな感じ。後付けの意味でいい」――17年の投資家人生と、46時間のトレイルランで培われたこの哲学は、若手経営者にとっても示唆に富むものだろう。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
