ファインドスターグループ創業者・内藤氏が、共同創業の失敗、組織崩壊、同梱広告事業との出会い、そしてグループ経営13社・売上370億円規模に至るまでの30年を振り返る。逆算経営、組織浸透、絶対に潰さない財務戦略まで、地に足のついた経営の原理原則を語る。
ファインドスターグループ代表の内藤氏は、経営者歴およそ30年。新卒で入った会社を3年ほどで離れた後、最初の起業は学生時代の友人との共同創業だった。しかし、この1社目はわずか1年で清算という結末を迎える。
「やっぱり一番は上下関係ですよね。形的には友人が代表で僕がナンバー2でしたが、気持ち的には元々友人なので、お互い対等のような感じだとうまくいかない」
弁護士が入り、約1時間ほどで会社の終わりが決まった経験は、内藤氏に強い印象を残した。共同創業の難しさを身をもって味わったうえで、内藤氏は次の事業を立ち上げていく。
1997年、内藤氏が最初に手がけたのはインターネット接続用のダイヤルアップアダプターの開発だった。当時はまだ「インターネット」という言葉自体が一般化しておらず、家電量販店に売り込みに行っても相手にされなかったという。
転機となったのは、創業初期の楽天市場への出店だった。13店舗でスタートした楽天市場のうちの1店舗としてアダプターを販売したものの、最も売れたのは自社のホームページ経由。「ホームページはすごい」という顧客側の反応をきっかけに、Web制作会社へと事業を転換していく。
当時はYahoo!カテゴリーへの登録(10万円)が大きな集客手段となり、Web制作事業は18人規模まで成長した。しかし、競合の増加と顧客減により、社員数は10人まで減少。創業から5〜6年は「しんどかった」「利益はほとんど出てなかった」と振り返る、地に足のついた下積み期間だった。
Web制作事業をナンバー2に任せ、内藤氏自身は「身軽になって」新しい事業を探す中で出会ったのが、現在のファインドスターの主力サービスのひとつである「同梱広告」だった。
発端は創業期の体験にあった。インターネットアダプターを開発していた当時、資金がなかったためプロバイダーのベッコアメに紹介状の同封を依頼。会員5万人に対しチラシを同封したところ、1個1万円の商品が500台売れた。「ターゲットを絞ったメディアに広告を出すと売れる」という成功体験が、後の同梱広告ビジネスの原点となっている。
その後、Web制作で関わりのあった結婚情報サービス「ツヴァイ」と、コスモ・ザ・カードの請求書同封という偶然の組み合わせが見つかり、3円で仕入れて4円で売る商売が即決。年間契約に発展し、内藤氏は「同梱広告というキーワードでサイトを作ったら、これが爆当たり」したと語る。月に50件程度の問い合わせが入るようになり、大手企業との取引も増えていった。
同梱広告事業は、創業から5〜6年経過したタイミングで売上2億円から、4年で13億円規模まで一気に成長した。内藤氏はその要因を「見つけたマーケットとビジネスモデルと自分たちの強みがすごくマッチしたから」と分析する。
Web制作の延長で蓄積したクライアントネットワーク、自社メディアによる集客力、そしてターゲットを絞った広告運用のノウハウ。これらが、当時としてはまだ参入者の少なかった同梱広告領域で強い差別化要因となった。
参入障壁も意識的に作っていった。同梱広告は要広告メニューではないため、オペレーションが極めて複雑で「一発間違うと平気で数百万損する」リスクがあった。この複雑性をあえて取り込み、専門のオペレーション部隊を組織化することで、参入障壁を構築した。
急成長のなかで内藤氏が経験したのが、組織崩壊だった。10人から一気に60人へと増員した結果、1年で約20人、しかも管理職層から辞めていった。「これは完全なる組織崩壊」と振り返る。
要因として内藤氏が挙げるのは2点。
1点目は意思決定プロセスの共有不足。「決まったことをそのまま決まったことだけマネージャーに下ろしていた」結果、メンバーから質問が出た時にマネージャーが答えられず、組織が機能しなくなった。
2点目は人を入れれば売上が伸びる事業構造による、急成長志向と既存メンバーの志向のズレ。「新しいことをやろう、会社を伸ばそう」というトップの方針に対し、ベンチャー志向ではない社員が辞めていった。
この組織崩壊をきっかけに、内藤氏はミッション・ビジョン・バリューの浸透に本格的に取り組み始める。当時100人の社員を5人×20チームに分け、各チームと月1回・90分のディスカッションを行動指針について繰り返した。「20×6回で120回。これを4〜5年やった」と語る。
「教えるというよりは議論。教えたら宗教法人になっちゃうし、怪しい会になっちゃう」という姿勢で、半年ほどで「共通言語ができた」「お客さんに対する迷いがなくなった」という変化が出始めたという。
ファインドスターグループは現在13社体制(直近で売却もあったため減少)。グループ経営に舵を切った背景には、ソフトバンクの孫正義氏の影響があった。
「2002年に孫さんが企業をグループ化するとおっしゃって、その時に1号がアリババ。マンさんがマジョリティを持ってソフトバンクが34%程度。マジョリティはいらない、拒否権だけあればいい関係で入れる、という発想が面白かった」
ファインドスター1号会社「ワンスター」は、退職した社員の起業に出資する形で誕生。以降、社内事業の分社、外部企業への少数出資、M&A など、グループ会社の組成パターンは多様化している。資本構成も100%子会社、社長マジョリティ保有など案件ごとにケースバイケースだ。
内藤氏はグループ経営の効果を「事業のエンジンが複数あるから伸びる」とシンプルに表現する。同梱広告1本では市場規模の限界がある一方、複数の事業エンジンを持つことでグループ全体の成長余地を広げてきた。
グループ会社への内藤氏の関与は意外なほど薄い。たとえばグループの中核を担うワンスターについて、内藤氏はこう語る。
「ワンスターの会議に出たことが1度もない。代表が集まる会議には出ますが、ワンスターそのものの会議には出たことがない。今もオフィスがバラバラなので、向こうのオフィスに行けば、向こうの人は僕のことを知らない」
それでもワンスターは100億円を超える規模に成長している。内藤氏はその理由を「千葉(現代表)1人ではなく、創業者の基礎の上に2代目がスケールさせ、周囲に経営人材がいたから」と分析する。
「関与を薄めた方が伸びるというよりは、トップのリーダーの器の方が重要」というのが内藤氏の見解だ。ただし放任すればよいわけでもなく、最終決定はグループ会社社長に委ねつつ、結論に至るまでのプロセスでは「バイアスの外」からの視点提供が必要だとする。
「気になっても介入しない方が正解。気になったら言いたくなっちゃうから、なるべく接点を減らす」という距離感の取り方が、グループ経営を成立させている。
内藤氏は代表時代、月10件前後・年間120人規模で一次面接に立っていた。「事態リスクを減らすには、僕がフロントに立って口説いた方が勝率が高い」という勝率の問題として捉えている。
特に新卒採用に注力し、説明会で50人を相手にまとめて魅力付けし、最終面接にも自身が立つスタイルで効率を確保していた。「1部上場企業で社長が出てくる会社はあまりない」という差別化要因にもなっていた。
人材育成については「人は育たない」というやや踏み込んだ発言も。「正確には、その人にあった環境であれば育つ」とした上で、血統や適性の重要性、そして適性を見極めるためのローテーション人事の有効性を語る。営業として採用した人材がCFOになるなど、ある程度の規模があるからこそ「正解正答率が上がる」のだという。
ファインドスターは創業以来29年で、赤字を計上したのは実質1回(創業1年目)のみ。内藤氏はその理由を「踏まないからじゃないですか」とシンプルに語る。
「絶対に潰さない会社を作るというのが根っこにある。バイアス的に踏めない」
この慎重な財務スタンスが、内藤氏が代表を退いた理由でもある。「100人採用するのは僕には無理。でも僕が辞めたら次のリーダーは100人採用した。あっという間に800人まで行った」
広告代理店ビジネスは、赤字を出すと媒体社の取引規定が変わり、入金が遅くなりキャッシュフローが逆回転する構造的リスクがある。「保証金も取られるし、代理店をやっている人なら分かる」と、業界特有のリスク管理の重要性を強調した。
資金調達もエクイティではなくデット中心。「常に銀行借入をしていて余裕資金。苦しくなってから銀行に頼んだって貸してくれない」という保険的発想で、分厚いバランスシートを築いてきた。
創業後しばらく、内藤氏は対前年で2割成長すればよいというスタンスで経営していた。しかし同時期に創業したアイレップやオプトが急成長を遂げる中、アイレップ創業者の高山氏から「逆算の経営」という考え方を学ぶ。
「目標を決めてそこから逆算すると、倍々成長しなければいけない。僕の場合は対前年で2割成長すればよいと考えていたので、自分の中で別だった」
試算した結果、メディアの直代理店として取れる売上は最大100億円程度、社員数で200人規模が現実的な上限と算出。一方で「1000人の会社を作りたい」という構想も抱き続けた。リクルート時代の広いオフィスや、インテリジェンスのオフィスで見た光景が原体験となっている。
内藤氏が強調するのは「ドリルダウン」の発想だ。事業領域を横に広げるよりも、同じ顧客領域・同じマーケットを深く掘ることのほうが優位性を築きやすい。
ファインドスターの場合、メディアは多様化させているものの、顧客はD2Cが中心という一貫性がある。ただし近年はD2Cへの偏りが業界の踊り場と重なっているため、新しい顧客マーケットの開拓が課題となっている。M&Aもその手段のひとつとして強化していく方針だ。
直近1年で2社を売却したファインドスターグループ。判断の軸は「社員が不幸になるかどうか」だ。
「我々がピンで持っていても伸びないとなったら、社員が不幸。3月に売却したSESの会社も、トップと話して『ライスワークになっている』ということだったので、もっと伸びるマーケットに行った方がスケールするんじゃないかと議論した」
売却時、社員と新代表は引き継ぎ先へ移籍し、グループ代表は残るというスキームをとっている。「アセットアロケーションの話。僕のアセットはグループの代表」という整理だ。
内藤氏が買収先に求める条件はシンプルだ。
- B2Bビジネスであること
- ロイヤル顧客をしっかり持っていること
- 3年前より顧客数が増えていること
業界が広告領域でなくてもよく、実例として5年前に買収した花屋(B2B・大手コンサル会社向け)は、当時赤字400万円だったが直近期は営業利益6000万円規模まで成長している。
グループ会社代表のインセンティブ設計についても柔軟で、買収先には100%買収だけでなく、グループ会社株式の保有や役員持株会への参加といったオプションも用意している。「バークシャー・ハサウェイの発想に近い」と内藤氏は語る。
内藤氏が30年の経営で語る原理原則は、ある意味で極めてシンプルだ。
1. **マーケットとビジネスモデル**:自社の強みが活きる領域を選び、深く掘り下げる
2. **人材**:プールがあり、シナジーを生む領域で勝負する
3. **絶対に潰さない財務スタンス**:分厚いバランスシートで事故への備えを持つ
グループ経営、ミッション・ビジョン・バリューの徹底浸透、関与しすぎないリーダーシップ、そして社員を中心に据えた売却判断。キラキラしたスタートアップの文脈とは対照的に、地に足のついた商売の原則を貫いてきた経営者の姿が、約1時間のインタビューから浮かび上がる。
「絶対にね、事故らないと言っても自動車保険には入る。何があるか分からない」——リスクを徹底的に潰しながら、複数の事業エンジンで安定的に伸ばすファインドスターの経営は、上場志向だけが正解ではないことを示している。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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