NewsPicksやSPEEDAを運営するユーザベース。上場企業から非公開化(TOB)という選択を下した同社の稲垣裕介CEOに、共同創業時の葛藤、米クォーツ買収の難しさ、TOB決断の背景、そして再上場への思いまでを聞いた。
NewsPicksや経済情報プラットフォームSPEEDAを運営するユーザベース。2023年にTOB(株式公開買付け)によって非公開化され、ファンド傘下で再上場を目指すという珍しい道を歩んでいる。同社の代表取締役CEO・稲垣裕介氏に、共同創業期の苦労から米メディア「Quartz(クォーツ)」買収の経験、そしてTOBに至った真の理由までを聞いた。
稲垣氏は元々エンジニアのバックグラウンドを持ち、ユーザベースには共同創業者の一人としてCTOで参画した。創業当時は梅田氏、新野氏との3人体制。梅田氏とは高校の同級生、新野氏は梅田氏の転職同期だったという。
「違和感というか、もう喧嘩だらけでしたね」
稲垣氏はそう振り返る。スタートアップゆえに金も時間もない状況で、気を張ったまま日々ビジネスに向き合うため、些細なことで衝突が絶えなかった。「お互いの飯を食ってる音すらムカつく」というほどのギスギスした関係が続いたという。
転機となったのは、2週間お互いを無視し合うほどの関係悪化の後、新橋の高架下にある居酒屋「沢田」で6時間にわたって本音をぶつけ合った時間だった。「そこでちゃんと向き合えた。お互いが思ったよりもいろんなことを考えていることもわかったし、未来に向かって一緒にいい話ができると感じられた」と稲垣氏は語る。それ以降、感情ベースの衝突は消えていったという。
稲垣氏の役割はCTOからCOO、そしてCEOへと変遷していく。CTOからCOOへ移ったのは、自身を超える技術力を持つメンバーがチームに加わったタイミング。CEOへの就任は、共同創業者の梅田氏が米国展開のために単身渡米した時期と重なる。
「3人の信頼関係が深まってからは、こうやって柔軟に役割を変えられること自体が会社の強さだと感じていました」
ユーザベースにとってグローバル展開は長年の悲願だった。アジアではSPEEDAを中心に展開していたが、英語圏に進出するにあたり大きな壁にぶつかる。日本で評判の良かったUI/UXをそのまま英語化して持ち込んでも、ネイティブユーザーから違和感を指摘されたのだ。
「言語最適化をやるとなると、本当にネイティブの人の血肉になる感覚で物を作っていかないと難しい」と稲垣氏。そこで最初は単独進出ではなく、ダウ・ジョーンズと合弁会社を立ち上げる形でスタートした。しかし、スタートアップと大企業のスピード感や文化の衝突は避けられず、徐々にこの形では難しいことが顕在化していった。
そうした中で出会ったのが、ビジネスメディア「Quartz(クォーツ)」だった。上場直後で約100億円規模の買収は、当時のユーザベースにとって資力を超える大きな決断だった。同時期に国内でも別のM&A案件が並行していたが、グローバル進出という悲願を優先し、創業者との対話を経てクォーツ買収に踏み切った。
しかしクォーツ買収後のPMI(M&A後の経営統合)は想像以上に困難を極めた。最大の誤算はコロナ禍だった。
「僕らは何か問題があった時にチームで解決しに行くのが強みでした。アジアで何かあれば、アジアヘッドの新野に対して梅田や僕がフォローに入る。日本でも同じように動けていました。でもアメリカに関しては、それが本当に難しかった」
梅田氏が単身米国に乗り込んでいる中で渡航制限がかかり、サポート体制を組みづらくなった。同時に、新野氏が体調不良で2018年に退任したことも経営チームに大きな変動をもたらした。
さらに難しかったのは、クォーツが赤字事業だったことだ。広告中心の収益構造を、NewsPicksが日本で成立させた有料会員モデルに転換しようとしたが、既存の広告事業を維持しながら新規事業に投資する必要があり、現地メンバーとの一致団結も含めて非常に高い難易度となった。
「自分たちの強さを生かしながら、今までやったことのない課題を成功させる──このバランスを同時にこなそうとしたことが、難度を高めていた要因でした」
NewsPicksは有料会員と広告(タイアップ)の両輪でマネタイズしているが、稲垣氏には明確なこだわりがある。
「お金を払ってくれる人に、対価をストレートにお渡しできるか。マナー広告のような、誰が何の利益を得ているかわからない歪んだ構造はやりたくない」
印象的だった事例として、米GE(ゼネラル・エレクトリック)とのタイアップを挙げた。巨大コングロマリットゆえに「よくわからない」と思われがちだったGEについて、創業からの経営者の変遷をまとめた記事を制作。記事には多くのプロピッカーがコメントを寄せ、GE側もそれを評価した。今でもGEのトップページに該当記事が掲載されているという。
「お金を払った人も、見た人も、みんなが満足する大会を返せている。こういう広告商材は素晴らしい」と稲垣氏は語る。
2023年、ユーザベースはTOBにより非公開化された。その理由を稲垣氏はストレートに語る。
「株価一点ですね」
上場後しばらくは売上が右肩上がりで業績は順調だったが、株価だけが下がり続けるという体験を初めてした。売上成長と利益創出の両立を目指す中で、株価下落のリスクをヘッジしながら時間をかけて再浮上させるには、上場を維持したままでは限界があった。
「ユーザベースが株主に約束していたのは『株価を上げること』ではなく、『どういう世界をつくるか』『どういう価値をユーザーに届けるか』でした。そのパーパスに最短で到達するために、TOBが最善の選択だと考えました」
通常、TOB後はロックアップ期間を経て創業者が退任するケースが多いが、稲垣氏はCEOとして残り続けている。その背景には、お金以外のインセンティブがあるという。
「お金をインセンティブにしていない、というのが昔からそうなんです。今も悔しさが原動力ですね」
稲垣氏は、創業初期にデータ提供をレベニューシェア(成果報酬)で承諾してくれた企業や、年収を下げてジョインしてくれた社員に対しては、結果的に十分なリターンを返せたと感じている。しかし、上場後に高値で株を買ってくれた個人投資家には何も返せていない、という思いが残った。
「再上場のタイミングが来た時に、可能性にかけて買ってくれる人がまた現れる。その時に『次こそは返せた』という会社の形を持てれば、それが唯一あの過去の感情を消化できる場所だと思っています」
非公開化により、ユーザベースは中長期視点での経営判断がしやすくなった。これまでアジャイル型の運営を重視し、中期計画をあえて策定しないスタイルだったが、現在は再上場を見据えて中期計画の策定に動いている。
「来年のアラートが今見えていたり、来年に向けてどういう戦い方をするのかを議論できている。これはすごく大きい」
潜っている期間を気にしなくてよい状況に身を置けたことで、これまで分散していた思考が中期計画に向けて集中できるようになったという。
メディアビジネスの立ち上げ期で最も重要なことを問われた稲垣氏は「熱狂」と即答した。
「狭くてもいいから、熱狂的な言論空間をつくる。これがなければ次にはいけない」
NewsPicksは、ユーザーがピックした記事をFacebookやTwitter(現X)で拡散する設計と、編集チームだけでは届かない領域を補完するタイアップ広告という2つの仕組みで、バーティカルメディアの壁を越えてきたという。
非公開化を経て、ユーザベースは「スケールする組織」へと進化を求められている。稲垣氏が掲げる組織論は明確だ。
「平均的な業務はすべて仕組み化し、テクノロジーで代替する。その上で、属人性を存分に発揮できる世界を作る」
個性を平均化するのではなく、個性が無駄に出る必要のない部分を仕組みで支え、その先で才能を開花させる──そんな組織を目指しているという。
最後に、M&AやIPOを検討する若手経営者へのアドバイスを聞いた。
「16年経営してきて思うのは、横にいる仲間が当たり前にいるという環境は、ずっと続くものではないということ。一緒にやろうと思ってもできなくなる瞬間がビジネスにはあります」
稲垣氏は、その瞬間瞬間を大事にしてほしいと語る。「一緒に後悔なく頑張ったことは、その後の後押しになる。思い出の配当のようなものです。そういう瞬間を積み重ねていけば、会社としても肉厚になっていくと思います」
後悔のない瞬間を生きること──稲垣氏が16年の経営から導き出した、最も伝えたいメッセージである。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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