DMM.com会長の亀山敬司氏が、ミッション・ビジョン・バリューが重視される時代に「信念は持ちすぎない方がいい」と語る理由とは。譲れない最低ラインと、「とりあえず」を軸にした柔軟な経営観を聞いた。
ミッション・ビジョン・バリュー、パーパス経営、人的資本経営。経営の現場には、企業の存在意義や価値観を明文化することを求める声があふれている。しかし、DMM.comの創業者である亀山敬司会長は、それらを過度に重視することに懐疑的だ。同社が掲げる行動原則は、わずか「金は盗むな」「詐欺はするな」の二つ。なぜ、信念を持ちすぎない方がいいのか。M&A CAMPによるインタビューから、亀山会長の経営観を読み解く。
亀山会長はまず、若いうちに固めた信念は「大したものではないことが多い」と切り出す。10代の頃に「愛が大事」と感じたことと、20代・30代を経て同じ言葉を口にすることでは、その重みもレベルも違う。経験を重ねるなかで「やっぱり金も大事だ」「いや、やっぱり愛だ」と揺れ動くのは自然なことだという。
問題は、それが30代、40代、50代と進むにつれて固まりはじめる点にある。人生の経験が増え、過去が積み重なるほど、人は信念を凝り固まらせていく。誰かに裏切られて他人を信じられなくなったり、その逆もあったりしながら、自分なりの「真理」を抱え込みやすくなる。
しかし亀山会長は、そこに警鐘を鳴らす。「これが真理だ」と思い込んだ瞬間、人の成長は止まる。何歳になっても「とりあえず」という時間軸の中で生きていかないと、頑固親父になって思考停止に陥ってしまう、というのだ。「この先もみんな迷ってけよ、っていう話。一生続くんじゃない、死ぬまで」と亀山会長は言い切る。
信念が変わると、社員は戸惑う。「社長、また言うこと変わった」と現場がざわつくのはあるあるだ。亀山会長はその時、どう向き合ってきたのか。答えはシンプルで、「俺が間違ってた、と認める」というものだった。
そのうえで亀山会長は、信念に「余白」を残す重要性を語る。経営者であれば「ここだけは譲れない」という核は徐々にできあがる。だが、その信念をそのまま若い世代に押し付けるのは違う。「自分はこう思うが、今の若者にはこの考えは違って映るだろう」と一歩引いて、周囲の異なる意見を許容できるかどうかがポイントだという。
時代によって価値観は当然変わる。デジタル空間で半分以上の時間を過ごす世代、性別や家族の在り方への認識の変化——それらを「最近の若いやつは」と切り捨てるのではなく、進化として受け止める柔軟さが経営者には求められる。
DMMには、社訓と呼べるようなものはほぼ存在しない。亀山会長が口にする譲れないラインは、「金は盗むな」と「詐欺はするな」の二つだけ。社員から「ミッション・ビジョン・バリューを出してほしい」と求められても、「出せと言うから出したけど」という温度感だ。
なぜ最小限なのか。亀山会長は、企業活動の前提として法令遵守はあるものの、それと倫理は別物だと整理する。たとえば「出会えない出会い系サイト」のように、サクラがメッセンジャーを担当して課金を引き出す仕組みは、法的には微妙でもビジネスとして存在しうる。今ならAIで女性キャラを装うことも可能だ。「これはAIで作った女の子です」と明示すればよいが、本物だと装って実はAIや男性が応対していた、という線は越えてはいけない。
このラインは業界によっても会社によっても異なる。だからこそ亀山会長は、「最低ラインだけを決めて、あとは自由に迷いながら頑張ってくれ」というスタンスを取る。固定的な社訓を作ることは、それ自体が成長と思考を止めるリスクをはらむからだ。
一般的な企業はある種の宗教を作る、と亀山会長は指摘する。創業者が美学や教えを掲げ、社員に従わせる構図だ。しかし、「これが正しい」「こう生きるべきだ」と全てのルールを決めてしまった経営者は、もうそこで進化が止まる。
また、宗教同士が対立して殺し合いに発展した歴史を引き合いに、教義の固定化が組織同士の衝突を生むリスクにも触れる。亀山会長は、ブッダもキリストも本来は哲学者であり、本人たちは神格化されることを望まなかったのではないか、と独自の見方を示す。「俺と同じように、悩んでようと思ってたんじゃないか」と。
この感覚が、亀山会長の組織観を支えている。経営者が「神」になって絶対的な正解を提示するのではなく、社員一人ひとりが自分で考えて迷い続ける——それを許容する組織こそが、長く続く成長余地を持てるという考え方だ。
とはいえ、何も方針を示さなければ社員は動けない。亀山会長自身も、考え方が変わりやすい時期に「何も言えなくなった瞬間」があったと振り返る。明日には変わるかもしれない、と思うと言葉が出なくなる。
そこでたどり着いたのが「とりあえず」という言葉だ。「とりあえず今こう思う」「とりあえずこれで行く」と発言すれば、方向性は伝わる。あとから変わったときには「ごめん」とフォローすればいい。経営判断にも生き方にも、頭に「(仮)」を付けておくくらいでちょうどいい、と亀山会長は語る。
インタビュアーが、自社で最近「中性ファースト」「スピードと量で圧倒する」「実行こそ正義」という三つのバリューを定めた経験を共有すると、亀山会長は否定しない。ただし、それらは「枝葉」の戦術レベルの話であり、トレンドや事業内容が変われば差し替えが必要になる、と指摘する。「『枝葉でしかない』と自覚しておくことが大事」というのが亀山会長の整理だ。
DMMの黎明期、亀山会長は典型的な独裁スタイルだった。「これやっとけ」「あれやっとけ」と指示を飛ばす一方で、「自分で考えろ」と促す姿勢は基本にあったという。ただ、店舗のオープンや売上づくりに追われた時期には、社員に考えさせる時間を取れなかったのも事実だ。
それでも初期から「次は自分で考えろよ」と期待を伝え続けてきたのは、同じ価値観でガッと突き進めば短期的には伸びるが、その後に新しい挑戦をさせようとした時、ついてくることしかできない人間ばかりになるからだ。「次どうすればいいですか」と上司に聞き続ける人材が増えれば、組織は責任者になっても誰かのお伺いを立て続ける構造から抜け出せない。
決められたルールに従うのが楽な人もいる。亀山会長は、それで救われる人がいることも認める。ただ、できれば自分で考え、何が自分にとっていいかを哲学し続けるべきだ、というのが本人のスタンスだ。
信念や価値観は、放っておいても勝手にできあがる。だからこそ、それを過度に固めようとしないことが大切だ——というのが、亀山会長から導き出される結論だった。
譲れないラインは最低限に絞り、あとは「とりあえず」「(仮)」を頭に置いて発言・決断する。社員が混乱すれば、間違いを認めてアップデートする。他者の異なる価値観を受け入れる余白を残しておく。これらが、亀山会長が約40年にわたってDMMを率いてきた経営観の核にある。
子どもの頃に親から「お前はダメだ」と言われ続けて自己否定が信念になっている人もいる。しかし亀山会長は言う。「子供の頃に自分がこうだとか、世の中こうだと思ったことなんてロクでもないから、どんどん変えていこう」。信念とは、抱きしめるものではなく、更新し続けるものなのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
