アポイントを1週間間違えるハプニングから始まった、増田メンタルクリニック院長への相談。グレーゾーン判定の基準、薬物療法の是非、ADHDの強み、ASDと経営者の相性、規模を追わない選択まで、精神科医ならではの視点で語られた対話を再構成する。
増田メンタルクリニック院長で、YouTubeに2,400本超の動画を発信する増田先生。ある経営者が、アポイント日を1週間間違えて訪問してしまうというハプニングから始まった対話の中で、自身のADHD傾向について率直に相談する機会を得た。グレーゾーン判定の基準、薬物療法の是非、発達特性の強みと弱み、そして社長業との折り合い方──精神科医ならではの視点で語られた内容を再構成する。
取材当日、経営者は朝7時半のアポイントで増田メンタルクリニックを訪問した。ところが約束は29日。1週間早く到着してしまったのだ。日常的にキャッシュカードをなくす、インタビュー中に集中が切れて別のことを考えてしまう──そうしたADHD的な傾向を「治したい」と感じていたことが、訪問の動機だった。
仕事は成り立っている。だが日常生活には支障が出ている。薬を飲むべきなのか、そもそも自分はどの程度の状態なのか。率直に問いをぶつけることから対話は始まった。
増田先生の見立てでは、仕事が成り立っている以上、重度のADHDではなく「グレーゾーン」に位置づけられるという。
薬物療法を始める明確な基準は日本では定まっていない。アメリカでは適用範囲が広く、軽度でも処方されることがあるが、日本では医師との相談の中で判断していくことになる。
「社長業って大変だから、いい時もあれば悪い時もある。トータルで判断しなきゃいけない」と増田先生は語る。今うまくいっていても、抱えるものが大きくなれば状況は変わる。発達特性のある人が結婚や出産といった環境変化で破綻するケースもあり、求められる役割が増えてマルチタスク化したときに薬を検討するか、というのが論点になる。
「気をつける」「対策する」といった薬以外の方法はあるのか。増田先生の答えは明確だった。
「ないね」
EQ(感情指数)を育てるには膨大な時間とデータが必要で、人間を変えるのは極めて難しい。一方で薬は「飲むだけ」で衝動性が落ち着き、忘れ物が減り、怒りっぽさも和らぐ。毛嫌いせず早めに着手する方が合理的だという。
会社の規模が大きくなってからトラブルが起きるのか、小さいうちに起きて手を打てるのか──そのタイミングを考えても、薬で解決できるものは飲んだ方がいい、というのが増田先生のスタンスだ。
ADHDや発達特性のある人にしかない強みがあると増田先生は指摘する。
ひとつは「うちから出る情熱」。定型発達の人は、誰かを真似ることで「あの人が欲しいから自分も欲しい」という相対的なエネルギーを動力にする。一方、発達特性のある人は内側から湧く情熱があり、模倣ではなく自分起点で動ける。「うちから出る情熱を大事にしよう」と語るのは、たいていこのタイプだという。
もうひとつは粘り強さ。普通の人が100回で諦めるところを、1万回、10万回と繰り返せる。それは努力ではなく特性そのものだ。
だからこそ、自分にとって当たり前のレベルを部下や仲間に求めると、無自覚なパワハラになりがちだという注意点もある。マネジメントする立場では、自分の特性が周囲の標準ではないと意識する必要がある。
ASD(自閉スペクトラム症)は特性として固定的で、能力自体を変えることは難しい。ただし「圧倒されて相手に支配されない」という性質は、経営者にとって長所にもなりうる。
部下として上司の意図を察するオートマチックな振る舞いは苦手でも、社長として冷静に意思決定したり、数字だけを追いかけたりするには向いているという。
医師や経営者にもASD傾向の強い人は多い。孤独になりがちな環境ではEQが育つ時間が確保しにくく、年齢を重ねて経験で補っていく人もいれば、本当の意味でEQが育たない人もいる。診断は精神科医が5年10年と継続して診ないと分からないことも多いという。
増田先生自身のキャリアを振り返ると、20代はフルマラソンを走るなどエネルギッシュに過ごし、30歳で勤務医をやめ、32歳で開業した。当初はクリニックを大きくしたい、YouTubeをもっと伸ばしたいという意欲が強かったという。
ところが35歳を超えると体がきつくなる。時間を奪う酒を断ち、5年経って「もう1段階体力が下がった」と感じている。今は売上を伸ばしたいというより、仲のいい人たちと仲のいいままいたい、という感覚が強い。
成長に喜びを感じる経営者像とは異なる選択だ。「勝負に出てデカくできるならいいけど、自分は無理だなと思ったら手数を増やさない方がいい」。リスクを取れと語る経営者が多いのは生存バイアスでもある、と増田先生は指摘する。
経営者向けのアドバイスとして、増田先生は明快に語る。
「社長は無理じゃない、200人ぐらいまでは全部できないと」
90点でなくていい。営業、経理、バックオフィスの雑務まで、30〜60点でも全部こなせなければ会社は回らない。やりたくない仕事との折り合い方を聞くと「全部やるしかない」と即答する。メンタルが病みそうなときに割り切れるかどうかが分かれ目で、割り切れない人は5年以内に潰れる──極論ながらも、長く現場を見てきた精神科医の実感だという。
ストレス解消のために何かしているか聞くと、答えは「何もしない」。趣味もなく、寝るくらい。「ストレス解消すべき」という発想自体、資本主義のマーケティングが作り出したものだという見方を示す。
解決思考だけでなく、ありのままを受け入れ、諦めることも大事──1日50人ほどの患者を診るエッセンシャルワーカーとしての視点には、起業家が見落としがちな視座がある。
経営者の発達障害との向き合い方について、増田先生は「グレーゾーンなら薬は早めに検討してもいい」「ADHDの情熱と粘り強さは強み」「ASDは経営者の意思決定に向く面もある」と多面的に語った。同時に、規模を追わない選択や、解決思考を手放す姿勢も提示している。
成長や挑戦が美徳とされがちな経営の世界で、自分の特性と体力に合わせて手数を選ぶ──それもまた、長く経営を続けるうえでの重要な考え方なのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです。


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