M&Aバンクの島袋さんは2019年にシンガポールへ移住し、4年以上現地で生活している。事業売却後の起業家コミュニティ、税制、教育環境、ドバイとの比較まで、海外移住のリアルを語ってもらった。
シンガポール在住4年、M&Aバンクを運営する島袋さんの自宅を訪ねた。日本での「上場を目指さなければならない」「時価総額や売却金額で測られる」といった終わらないレースから抜け出し、海外でフラットに暮らす経営者は近年確実に増えている。本記事では、事業売却を経験した経営者がシンガポールに集まる理由、生活コスト、教育、富裕層コミュニティのリアル、そしてドバイとの比較まで、島袋さんの本音を聞いた。
現在の住まいは月額1万2000シンガポールドル、日本円にしておよそ140万円ほどのコンドミニアムだという。
「僕が来た2019年は1シンガポールドルが82円ぐらいだったんですよ。今は114円とかだから、為替がめちゃくちゃ上がっている。前に住んでいたコンドミニアムはこの1.5倍ぐらいの広さで1万8000ドルだったので、ちょうど140万円ぐらいだった。東京で住んでいた時は50〜60万円ぐらいだったけれど、せっかく海外に行くんだから背伸びして稼ぐために、と思って家賃を高めに設定した」
その後シンガポールドルが上昇し、家賃の絶対額は下がったものの、円換算するとほぼ同じ水準。日本国内で同等の広さを借りるよりは高いが、海外移住でよく語られる「家賃が跳ね上がる」感覚とは少し違うようだ。
島袋さんが移住によって得たのは、家や気候の快適さ以上に「精神的な解放」だったという。
「日本にいると仕事が100%になっちゃって、レールが決まっているような気がするんですよ。上場を目指さなきゃいけないとか、アルファードに乗らなきゃいけないとか、時価総額や売却した金額とか。そういうのが僕の場合は窮屈だなと思っちゃった」
一生終わらないレース──そう表現される日本の経営者カルチャーから一歩外に出ると、シンガポールには国籍も価値観もお金の桁も全く異なる人たちが共存している。「安い店から高い店まである、お金持ちのレベルも桁が違いすぎてよくわからない」。その混沌こそが心地よかったと島袋さんは語る。
意外だったのは、「事業売却で大きな金額を得た人ほど移住が楽になる」というイメージが必ずしも正しくないという指摘だ。
「お金持ちで移住する方が大変だと思うんだよね。出国税があるから。持っている資産に対してかかるし、利益が出ていればかかるし、株をたくさん持っていたら20%ぐらいかかる。だからお金がないぐらいの方が、多分移住はちょうどいいと思う」
島袋さん自身は2019年の移住時、2回目の事業売却を経験した直後だったが「使い切る一歩手前」で、運営していた会社も赤字。出国税の対象にならない状態で身軽に出られたという。逆に、潤沢なキャピタルゲインを得てから動こうとすると、課税の壁が立ちはだかる。これは、売却後の海外移住を検討する経営者にとって見落とされがちな盲点だ。
シンガポール在住の日本人は約3万人。その大半は駐在員だが、起業家層も一定数存在する。中でも島袋さんが指摘するのが「上場企業の社長」の存在だ。
「上場しても株は売却できない。99%以上保有している大株主はもし売ったら株価が崩れちゃう。配当を出しても日本にいると手残りが少ない。手残りを増やすために海外に行く、その中でも金融が発達しているシンガポールが選ばれやすい」
税制優遇を受けるには日本で住民票を抜き、年間183日以上、できれば200日ほど現地に滞在する必要があるとされる。家族の所在、仕事をどこでやっているかなど総合的に判断されるが、島袋さん自身も毎年半分以上をシンガポールで過ごしているという。
島袋さんが定義する「大型売却組」とは、売却金額30億円以上の経営者だ。M&Aバンクのチャンネル出演者を含め、シンガポールには30億円超で事業を売却した起業家が複数住んでいる。
ゴルフや焼き鳥に「暇だから集まろう」と気軽に声がかかる、ゆるやかなコミュニティだという。「群れる感じではない」が、必要な時に集まれる距離感が保たれている。
気になるのは「事業を手放した後、暇を持て余して退屈なのではないか」という疑問だ。インタビュアーが投げかけた「記憶なくなるんじゃないか説」に対し、島袋さんはこう答えた。
「最初はそう思っていたけど、ここ4〜5年見ていて、最近めちゃくちゃ幸せそう。むしろめちゃくちゃ忙しい」
株主・投資家としての関わり方が定まり、コロナ後は世界中のイベントに足を運べる。仕事ではマウントが取れない領域、つまり趣味から新しい人間関係をフラットに始められることが、彼らの幸福度を底上げしているという。「仕事が100%だった人が、仕事がなくなるとロスするんだけど、次に埋めるものが100%仕事じゃなくなってきて、それが結構幸せ」。さらに「お金持ちのところしか、本当の金儲けの話は入ってこない」とも語り、資本のあるレイヤーにしか流れない情報があることも示唆した。
人付き合いの面でも、海外移住には独特のメリットがあるという。
「日本にいると、誘われる機会がありがたくて多すぎた。予定がないと断る理由がなくて、半分以上は断っていたけど、3か月先までスケジュールが埋まっているのが結構きつかった。シンガポールにいると『今シンガポールなんで』『どこにいるかわからないから』と言って、誘われる対象から外れる。自分でコントロールできるのが幸福度を上げる上で良かった」
誘いを断らない優しさが、皮肉にも自分の時間を奪う構造を、海外移住が物理的にリセットしてくれる。
移住先として近年人気の高いドバイにも訪問した島袋さんが、最終的にシンガポールを選び続けている理由は明確だ。
- 昼の暑さがシンガポール以上に厳しい
- 一部に「アングラな世界観」が見受けられ、利用される(カモにされる)リスクを感じた
- 日本との時差が4時間半あり、ビジネスのやり取りが不便
- 宗教上の理由で飲酒環境が限定的
対してシンガポールは、空港から街中まで20〜30分、日本までフライト約7時間、時差は1時間。気温も「26〜30度ぐらい、虫もいない」と過ごしやすい。クリーンな治安、金融インフラ、日本ビジネスとの両立しやすさが揃う。
娘さんは6歳でシンガポールに移住。「日本が悪いというわけではない」と前置きしつつも、本人に聞くと「シンガポールがいい」と即答だという。
「自分のキャラクター、個性を全開にできているような感じがする。日本にいた時よりかは楽しそう」
画一的な「お行儀」を求められる空気感がないことが、子どもの自由度に直結している様子だ。
現在の島袋さんは、クラブピラティスを中心としたフランチャイズ事業とM&A事業(M&Aバンク)の2軸を経営している。育毛剤の会社(リネ)は代表を退き、徐々に手を離れていく予定だ。大型売却組とは異なり、「あったら事業にぶっ込んじゃう」事業家タイプである。
そんな島袋さん自身、シンガポールに住み続ける確定的なプランは持っていない。
「住み続けるつもりもないし、別の国に行くかもしれないし、日本に戻るかもしれないし、3拠点生活になるかもしれない。決めていない、時代の流れに身を任せる」
日本でバリバリ事業を回しながら家族はシンガポール、母子留学のような形でシンガポールに来ている経営者も増えており、「東京で会社をやって週末長野に帰る」感覚で東京とシンガポールを往復するスタイルも一般化しつつある。
島袋さんの語るシンガポール移住は、単なる「節税のため」「リゾート気分」ではない。日本の経営者が無自覚に走らされている見えないレースから降り、自分のキャラクターと時間を取り戻すための選択だった。出国税というハードルや為替の影響、滞在日数要件など現実的な制約はあるものの、事業売却前後で海外を視野に入れる経営者にとって、シンガポールは依然として実用性の高い選択肢であり続けている。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです。
