「日本国内の差は世界の差から見れば誤差にすぎない」。M&A CAMPに登場した経営者・谷氏が語る、成長の本質と幸福度のレーダーチャート、そして経営者が一生向き合う3つの欲求とは。世界レベルで戦うための視座の上げ方を読み解く。
中小企業の経営者が今、視座をどこまで引き上げられるか。M&A CAMPに登場した谷氏は、その問いに対して明快な指摘を投げかける。
「日本国内の差は、世界の差から比べたら誤差でしかない」
プレイヤーである以上、世界レベルで戦えるようにならなければならない。グローバルとローカルの競争構造は、AIの世界でも繰り返されている。基盤となるAI開発はアメリカや中国に主導権を握られつつあり、その上で日本独自の言語特性に最適化したローカライズで勝負しよう、という議論が国内では起きている。だが谷氏は、それを「これまでの戦いと全く変わらない構図」と冷静に見る。
世界に対して日本人の視野が普通に広がる時代に入った今、言語の壁を理由に内向きの戦いを続けるのは得策ではない、というのが谷氏の立場だ。
谷氏自身が本格的に海外を旅し始めたのは、会社を辞めた30代半ばだという。シルバーウィークの数日に有休を組み合わせて10連休をつくり、そこから旅行へ出かけるようになった。
ただ、本人は「もっと早く行っておけばよかった」と振り返る。学生時代、責任が何もない状態で、沢木耕太郎の『深夜特急』のような旅をしておけばよかった、と。
なぜ早いほうがいいのか。「日本国内の差は世界の差から見れば誤差でしかない」ということを体で理解するには、感受性の高い時期に異質な社会を浴びるのが一番効くからだ。谷氏が学生だった頃の中国は、自転車と人民服が無数に行き交う社会だった。そこから猛烈なスピードで街並みが変わっていく様子。早朝から原付がうわっと走り出すベトナムの空気感。動画では伝わらないこうした肌感覚は、現地に行かなければ得られない。
今で言えばドバイ、あるいは衰退局面に入りつつある香港なども、そうした体感を得られる場所として挙げられる。
谷氏は、成長の定義についても独自の整理を持っている。
一般に成長は「できなかったことができるようになること」と語られる。赤ちゃんが自分でコップを持って水を飲めるようになる。書けなかった報告書が書けるようになる。たしかにそれも成長だ。
しかし、谷氏が重視するのはその先にある立体的な姿だ。
- パターンAの提案書で受注率10%
- パターンBも作れるようになり受注率30%
- パターンCも作れるようになり受注率50%
つまり、ある物事に対するオプション(選択肢)が増えていくこと。それが成長の本質だという。これは行動レベルだけでなく、思考レベルでも同じだ。むしろ思考のオプション力のほうが重要だと谷氏は強調する。
若い頃やビジネス経験の浅い時期は、物事を狭くしか見られない。だが他者と関わる中で「そんな見方もあるのか」「そんな考え方もあるのか」と知っていくと、視野が立体的に広がる。一つの物事を多面的に見られるようになれば、一面的に見ているときよりも成功確率は格段に高まる。
この考え方を踏まえれば、海外に出るというのは「思考のオプション」を最も効率よく増やす手段となる。
とはいえ、創業期の経営者は時間も体力も会社に注ぎ込まざるを得ない。
この点について谷氏は、「豊かさは広がるが失敗確率は高まる」とトレードオフを率直に認める。事業や組織の潜在成長率が高く、勢いに乗っていける時期は、いろいろなものを犠牲にしてでも経営に邁進したほうがいい、と。
そのうえで谷氏が示す現実解は、海外に行かずとも視野を広げる方法だ。
インバウンドで多くの外国人が日本を訪れている今、自分の街を1日案内してあげるだけで国際交流は成立する。レトロな喫茶店に連れていけば喜ばれる。その場で「あなたの国でAIはどう受け止められているのか」「政治体制はどうなっているのか」と聞いていけば、わざわざ旅に出なくても日曜の数時間で異文化のインプットが得られる。
谷氏自身、英語力は「I love you / I like you」レベルだと笑うが、だからこそ開き直って下手な英語でぶつけられるという。日本語は世界でも極めて繊細な表現力を持つ言語で、ニュアンス一つで相手への敬意やスタンスが誤解されかねない。だから日本語での会話はかえって疲れる。英語のシンプルさは、交流のハードルをむしろ下げてくれる側面がある。
話題は「経営者にとっての幸福度」に及ぶ。
何をもってQOLが高いと言えるかは人によって異なる。そのうえで谷氏は、人が幸せを感じるためのレーダーチャートとして、おおむね5つのゲージを挙げる。
1. 家族・友人・仲間と良好な関係であるか
2. 自分の処分時間があるか
3. 健康であるか
4. 経済的に余裕があるか
5. 社会的に評価されているか
厄介なのは、それぞれのゲージの重要度が年齢によって変わる点だ。
若いうちは健康であることが当たり前で、その重要性に気づきにくい。だが50代を超えてくると健康のウェイトは一気に増す。20年以上経営を続け、ある程度の経済的余裕ができれば、経済的豊かさの限界効用は下がり、代わりに人間関係や健康が前面に出てくる。
だからこそ、自分の年齢と現在地を照らし合わせ、いま何が重要なのかを見極める姿勢が欠かせない、と谷氏は語る。
もう一つ、谷氏が示すフレームが「人間を動かす3つの欲求」だ。
- 達成欲求
- 承認欲求
- 貢献欲求
承認欲求と貢献欲求は谷氏の中でも整理しきれていない部分があるとしつつ、この3つのどれが強く出ているかは人によって、そして時期によって変わるという。
会社を立ち上げ、業績を伸ばそうとしている時期は、穏やかだった経営者が「達成欲求の鬼」のようになることがある。バイアウトを経験し、メディアから取材依頼が舞い込むようになると、今度は承認欲求が強く出てくる。電車で席を譲って感謝された経験が忘れられず陰徳を積み続けていた人が、いつしかそれを「褒められるためのもの」にすり替えていく、というケースもある。
どの欲求が支配的かは、無意識のうちに自分の中で移り変わっていく。だからこそ、自分が今どの欲求で動いているのかを把握する姿勢が必要だ、というのが谷氏の主張だ。
インタビュアーから「谷さんは今、何欲求で動いているのか」と問われ、谷氏はこう答える。
基本は貢献欲求でいたい。ただ、もしかしたら今の自分は承認欲求が強くなっているかもしれない。M&A CAMPの取材を受けていること自体、それを示している可能性がある——。承認されたいという欲求に動かされるよりも、自分が得意な事業開発の領域で、人が喜ぶサービスを黙々と作るあり方でいたい、と。
最後に谷氏が語ったのは、経営者にとっての「自分理論」の重要性だ。
面白い経営者の話には、その人独自の思想が必ず含まれている。逆に、いいとされるものを寄せ集めてギフトボックスにしたような語りは、聞いていて薄く感じる。だから、間違っていてもいい、自分理論を持ったほうがいい——というのが谷氏の見方だ。
若いうちは自分理論などないのが普通で、まずはたくさん勉強し、人の話を聞き、本を読んでインプットを広げる。そのうえで「これは違うな」「これはその通りだな」と感じたものを、表面的にコピーするのではなく、いったん素材まで分解し、自分の中で消化したうえでアウトプットし直す。この一手間を経たときに、経営者としての迫力や人を魅了する何かが生まれる。
そして、その営みに定年はない。10年前、20年前に会った人と再会すると、「あの時こう言っていた」と覚えていてもらえることがあるが、本人はもう覚えていない。考え続けているからこそ自分自身が更新され、当時の自分理論は今の自分理論ではなくなっている。
変わってはいけないことは、変わり続けることだ——。経営者が長く経営を続けるための姿勢として、谷氏のこの言葉は強く響く。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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