ワークスアプリケーションズ創業者・牧野正幸氏が、生成AI・ローコード定着化支援を手がける2期目B2Bスタートアップの30歳経営者の悩みに答える。エンタープライズ営業、第二新卒採用、ハイレイヤー登用、アクセルとブレーキの踏み方など、創業期の経営者が直面する論点を率直に語った対談。
2期目を迎えたB2Bスタートアップの経営者・福山氏は、Microsoft Copilotやローコードツールの定着化支援を、3メガバンクや3大商社といったエンタープライズ企業に提供している。社員15名・業務委託25名規模まで成長したいま、最大の悩みは「強いエンタープライズ営業組織をどう作るか」だった。
これに対し牧野氏は、まず前提を整理する。
「サービスの場合だと、割とエンタープライズにも入りやすい。1社でも打ち切れるからね」
日本のエンタープライズIT市場は、IBM・富士通・NEC・NTTデータ・アクセンチャーといった大手SIが受注の入り口を握っており、彼らが扱いたいのはカスタマイズで儲けが出るネームバリューの高いプロダクト。逆に「機能が多い国産プロダクト」は彼らにとって売りたくない商材になる。だからこそ、定着化支援のような「サービス型」は隙間に入り込みやすい——というのが牧野氏の見立てだ。
ただし「放っておいても受注が来る」のはアーリーアダプター期だけ。SI各社が同じことを言い始めれば流れは止まる。だからこそ、その前に勝ちきる組織を作る必要がある。
牧野氏は、エンタープライズ営業の本質を一言で表現する。
「一番重要なのは顧客との関係性。信頼されていて、なおかつ相手から好かれないとダメ」
どちらか片方では成立しない。「うちはすごいんだから文句あるのか」という態度では当然売れないし、可愛がられるだけで実力が伴わなくても売れない。両立できる人はそもそも「向いているタイプ」であり、コミュニケーション能力が高いことが前提になる。
さらに、エンタープライズ営業特有の難しさは関与者の多さだ。SMBなら意思決定者は1人で済む。しかし大企業では、技術バイヤー・否定型の人・知役・業務系バイヤー・最終意思決定者が並び、その合議で物事が決まる。「目先のキーマン1人に集中せず、登場人物全員に幅広く当たる」ことが肝になる。
強気の価格を提示したいが、つい弱気になる——という福山氏の悩みに対し、牧野氏は明快に答える。
「初期のうちは普及期だからプライシングは下げざるを得ない。それが当たり前になり、競争優位性だと思い込んだ瞬間、企業として終わり」
後から価格を上げる判断ができるかどうか。経営者が「もう値引きしないよ」と切り替えられるかが分岐点になる。
そして牧野氏は、いいものが普及するのではなく「普及したものが、いいものになる」と語る。売れることでフィードバックが集まり、収益が再投資に回り、製品が磨かれる。30年前のオラクルは「機能ではビリ」だったが、徹底的に売り切ったことでクレームと収益を糧に圧倒的No.1に育った。経営者が営業を嫌がるベンチャーは、この循環に入れない。
営業力のコアは何か。牧野氏は、コンサル出身者にありがちな「プレゼン力」を切り捨てる。
「プレゼン力高いやつとか、いらないんだよね。質問力のほうがずっと重要」
質問されることで顧客は言葉を引き出され、その過程で信頼関係と好感が生まれる。ところが「頭がいいのに質問力が低い」人は意外に多い。1聞いて10知ったつもりになり、勝手に仮想現実の中で「分かります」と返してしまう——これが最もやってはいけないパターンだという。
この「頭の良さ」は後天的にはほぼ身につかない、と牧野氏は断じる。20歳までで概ね決まっている、と。だからこそ採用が決定的になる。
ワークスアプリケーションズが採用していたのは、経験者ではなく第二新卒だった。理由は3つある。
第一に、大して優秀でなくても経験があるだけでコストが高くつく。第二に、自社流に再インストールする手間が膨大になる。第三に、新卒採用は「5人採るほうが500人採るより遥かに難しい」——人気ランキングは採用数と比例するため、少人数では話題にならず、優秀層が集まらない。
だから狙いは「経験ゼロベースの第二新卒を、年2回まとめて200〜300人採り、研修カリキュラムの中で見極める」というモデル。説明会も牧野氏自身が登壇し、ハードな現実を含めて率直に語った。
「この会社は面倒くさい仕事ばかりで、全部あなたが考えて行動できる。だから成長はめちゃくちゃできる。けれど、簡単ではない」——この前提で入ってきた人だけが残る。逆に、いい面だけを伝えて採用すると優秀な人ほど「騙された」と感じて辞めていく。
なお説明会は社員200〜300人時点で牧野氏自身が降りた。「説得しすぎて、入社後にギャップを生む」リスクが上回るためで、以降は配属先のクラスが行うべきだという判断だった。
CXOクラスや営業部長クラスを外部から登用したい——という相談に対する牧野氏の答えは厳しい。
「ハイレイヤーで取って成功するのは1割。9割は辞める」
これを「いきなりトップ」のポジションで入れると、辞めるたびに社長への信頼が下がり、組織がボロボロになる。だから牧野氏のやり方はこうだ。
- 営業部長候補で取りたい人は、まず課長想定で入れる
- 部長クラスの報酬は払う。ただし「課長としてのパフォーマンスを出してください」と明示
- 1〜2年で結果を出せば部長へ。出なければ退いてもらう
ハイレイヤーが活躍できないのは、組織・プロダクト・顧客・信用度のすべてが前職と異なるからで、「組織ごと連れてこない限り野良の力では戦えない」。下から引き上げる方が、組織にとっても本人にとっても確率が高い。
優秀な社員ほど独立志向を持つのは自然なこと。牧野氏はそれを止めない。
「独立するより面白い仕事と興奮するフィールドを与えていれば残ってくれる。辞めるのは会社が悪い」
ワークス時代には「カムバックパス」を発行していた。5年以内に戻ってくれば最低でも元の給与で再雇用するという確約書だ。「神棚に飾っていた」という元社員も多く、家族を安心させるためのお守りとしても機能した。優秀な退職者を引き止めず、戻る道だけを残す——人材流動性への独自の答えだった。
伸びている時にどこまでアクセルを踏むべきか、という悩みに対する牧野氏の答えはシンプルだ。
「伸びている時は怖くない。踏み切れないなら、自分のどこかに自信がない部分があるはず。マーケットや会社に勢いがある時に伸ばさなければ、もう伸ばせない」
ボトルネックは多くの場合「人材」になる。だから採用にブレーキをかけてはいけない。「こなせるかどうか」を心配するより、死に物狂いでやり切り、その分だけ報酬を払えばいい——大企業にはできないベンチャーの戦い方だと牧野氏は強調する。
前社・ワークスアプリケーションズはエクイティ中心で資金調達を続け、上場直前期には牧野氏の持分は「0.0何%」まで希薄化していた。当時のジャスダックから「経営トップが2割を持っていなければ上場できない」と言われ、ベンチャーキャピタルがワラントを通じて20%相当を返した、というエピソードを明かす。
一方、MBO以降の現会社ではLBOローンの仕組みも活用。特別目的会社で借入し、買収後に合併させることで、自己資金「1円」で株式を保有するスキームを実体験として語った。スキームの妙味と同時に、ファンドのレバレッジ意向に応じる構造的事情にも触れている。
人事や財務は専門家に任せていい。経営者がコミットすべきは3つに絞られる、と牧野氏は言う。
- サービス提供
- 営業
- 採用
配分のイメージは「採用4割・営業4割・サービス2割」。中でも採用が最も重要で、ここを外すと他のすべてが崩れる。
そして経営者本人は、3つの中でも「自分がスーパーエースとして活躍できる領域」に全力を注ぐべきだという。会社全体としては「どこがボトルネックになりやすいか」を見極め、そこに集中する。広く浅く全部見ようとする経営者ほど、コアを失う。
若手経営者が陥りがちな「会食・人脈作り」について、牧野氏は一刀両断する。
「30代でやってたら、俺だったらぶん殴る」
自分より上の人脈を作ろうとしても、誰もそのために時間を使ってはくれない。結局集まるのは同じレベル。それより自分自身が3つの領域に集中してポジションを上げれば、人脈は自然と上に伸びていく。「人脈は作るものではない」というのが牧野氏の持論だ。
生成AIによって営業ロールプレイや知識共有は効率化される。SMB向け営業や入口のマーケティング機能の多くも代替が進むだろう。それでも牧野氏は断言する。
「俺はエンタープライズセールスはなくならないと思っている」
エンタープライズの意思決定は、複数の関与者を巻き込み、信頼と好感を媒介する人間の仕事として残り続ける——というのが、長年この市場で戦ってきた創業者の見立てである。
対談の最後、福山氏はこう振り返った。
「情報が散乱しているので、ファイナンスの要素やいろんな話を並列に見てしまう。でも本当に大事なのは、自分の会社のコアを抑えること」
牧野氏は最後にこう付け加えた。「事業1本ではだめ、3本の矢を束ねろ——そういう雑音はいらない。ベンチャーで複数事業なんてできるわけがない。組織を早く作れというのも同じで、ある時期までは嘘」。教科書とフレームワークが氾濫する時代に、創業者本人が現場で掴んだ判断基準を伝える対談となった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
