上場と大型事業売却を経験したワークスアプリケーションズ創業者・牧野正幸氏が、給与は投資である理由、創業経営者がワンマンであるべき理由、ペシミストのポジティブシンカーこそ最強である経営哲学を語る。
ワークスアプリケーションズを1996年に創業し、2019年までCEOを務めた牧野正幸氏。退任後の2年間は様々な企業のアドバイザーを務めていたが、旧来の顧客から100件以上の相談が寄せられ、HRテック系ベンダーからも多くの連絡を受けるようになった。
「分散型のクラウドのテクノロジーは必須になっている。小回りが効く特化型のSaaSは便利で確実に普及していく。ただ大企業に入れる場合、データ量も多く各部門のオペレーションもバラバラなので、丸ごと導入したいというニーズに応えなければならない」
この課題意識から、HRのプラットフォームとデータベースを一元化し、各種SaaSを標準接続した状態で大企業に提供するモデルの新会社を立ち上げた。
ワークスアプリケーションズは一時、人気就職ランキング1位に輝いた。なぜベンチャー企業が大企業を抑えてトップに立てたのか。牧野氏は報酬への考え方の違いを指摘する。
「日本の企業は給与をコストだと思っている人が9割。私は給与はコストだとは全く思わない。あれは正しく言ったら投資なのね」
当時、新卒の平均年収が約300万円だった時代に、ワークスでは優秀者には最初から年収600万円を支払っていた。
「今すぐ600万円の仕事ができるかは別。でもこの人は600万円相当の能力があるから、必ず1年後にはそれなりのパフォーマンスを出してくれる。給与は前払いだと思っている」
さらに牧野氏は、報酬を抑えることの本質的な問題を指摘する。同じ能力の人材に対し、500万円が妥当なところを300万円で雇用すれば、2年後に500万円に引き上げたとしても、その間の200万円×2年分は「搾取」したのと同じだという考え方だ。
ワークスアプリケーションズが実施していた、月20万円のインターンシップと内定後3年間の入社猶予制度。これも採用ブランディングのためではなく、本質的な人材戦略だった。
「優秀さには2種類ある。キャッチアップ能力が高い人と、自分で物事を考えられる人。日本は基本的にキャッチアップ型の教育なので、自分で考える人は1割しかいない。しかもこの2つの能力は実はトレードオフで両立しない」
第二新卒採用で「なぜ学生時代にこの選考をやってくれなかったのか」という声が社員から上がり、学生向けに展開したのがこのインターンだった。
「優秀な人はワークスに入る気がなくてもインターンだけは受けようとなる。それがブランドを呼んだ。パスを出すと半数以上が結局入社する。リクルーティング会社からは『パスを出したら誰も来ない、内定で囲い込め』と言われたが、内定なんかいらない、パスでいいと言い続けた」
1700人を受け入れた年には採用関連で約20億円のコストをかけていたという。
創業から5年での上場。これは当初からの計画だった。
「ベンチャーキャピタルから資金を引っ張るなら上場は必須。最初から5年で上場と決めていた。上場するまで本当に予定100%ぴったりだったね」
スタートアップで予定通り100%上場できる企業は珍しい。牧野氏は「ビジネスモデルを練れていない企業が多い。思いつきでやるからダメ」と指摘する。
牧野氏は一度ワークスアプリケーションズを非上場化しているが、これについては「正直、正しくなかった」と振り返る。
「クラウド時代に再度大きく舵を切るために投資が必要だった。でも上場していると赤字になるたびに株主への説明が必要で面倒。一度非上場化して、5〜6年沈んだ後に再上場すればいいと思った。一見正しそうに見えるが、ベンチャーキャピタルとプライベートエクイティの違いを分かっていなかった」
VCはリスクマネーを提供して企業家と共に成長していくモデル。一方PEはレバレッジをかけて確実なリターンを取るモデルで、本来は成長余地が少なくなった企業向けだという。
「上場している後輩経営者には、非上場化しない方がいいと言っている。赤字を掘ってでも『申し訳ありません、こうやって頑張るから信じてほしい』と説明すればよかった」
株価との向き合い方についての見解は明快だ。
「株価を異常に意識した経営はやるべきじゃない。1000億円の時価総額になったら1000億円で買った人がいる。500億円に下がったら彼らはたまったもんじゃない。永遠に上がり続ける株なんてありえない」
さらに牧野氏は驚くような告白をする。
「上場後に株の動き方を見ていて、自分がインサイダーで売り買いしても絶対儲からないと思った。掲示板で言われていることは99.99999%嘘。事実と関係ないところで株価は動く」
組織が大きくなっても、創業経営者は一定の独裁性を保つべきだと牧野氏は説く。
「ワンマンというのは、人の話を聞かないアホとは違う。情報は社員からも顧客からも徹底的に集めるべき。でも多数決で決めちゃいけない。飲み込んで自分で考えて結論を出さないとダメ」
また、創業者がいなくなった会社についても辛辣だ。
「創業者がいなくなった会社はもうダメだと思っている。0.1から1には行けるかもしれないが、1から100にはならない。魂が抜けたビジネスになる。天ぷら屋の2代目が初代を超えるには多店舗展開しかないのと同じで、2代目は拡大するしかなくなる」
リクルートを例に挙げ、創業者不在後も成長は続くが「魂は抜けている」と評する。
上場前後の企業が新規事業に手を出すことについても、牧野氏は明確に否定する。
「1回目の企業で上場していく最中に新規事業をやるやつはアホ。なぜ新規事業をやらなきゃならないかというと、1本目のTAMが小さすぎるから。1本目がうまくいっていないのに2本目がうまくいくわけがない」
せっかく勝負をかけているなら、1本目のビジネスボリュームをよく考えて、シェア20〜30%を取った時点で十分な規模になるよう設計すべきだという。
社員数が数千人規模になっても、文化への意識を毎月全社員に伝え続けたという牧野氏。
「カルチャーが合わない人はさっさとやめてくれた方がいい。お互いにとってマイナス。優秀な人ばかりだから、他に行けば絶対活躍する」
また採用面接についても、1ヶ月のインターンが見極めのギリギリだと語る。短期間では「嘘をつこうと思えばつける」ため、ベンチャー企業に必要な「問題解決能力」と「実行力」は判別できないという。
若手経営者に向けた最重要メッセージとして、牧野氏が挙げたのが思考の質だった。
「経営者にとって1番重要な資質はペシミストのポジティブシンカー。性格と思考は別物。性格はペシミスト(悲観主義者)とオプティミスト(楽観主義者)、思考はポジティブとネガティブ」
たとえ話で説明する。穴ぼこの開いた道を歩く時、楽観主義者は「大丈夫だろう」と落ちる。悲観主義者は怖いから避ける。それでも落ちることはある。落ちた後に「命があってラッキー、ここから100%行ける」と思えるのがポジティブシンカー。「もうダメだ」と思うのがネガティブシンカーだ。
「最悪なのはオプティミストのネガティブシンカー。普段は明るいが、ちょっとしたことで落ち込む。性格は変えられないが、思考は努力でいくらでも変えられる」
牧野氏自身、前職を退任した直後の1ヶ月は落ち込んだが、数ヶ月後には「めちゃくちゃラッキーだ。ゼロからやれる」と心から思えたという。
最後に牧野氏は、若手経営者に向けて2つのアドバイスを送った。
1つ目は、社会的意義のあるビジネスモデルを設計すること。
「優秀な人を集めたければ、社会的意義のあるビジネスでないと成り立たない。優秀な人ほど、経営者の金儲けのためには働かない。綺麗事じゃなく、それが必須条件」
2つ目は、特にBtoB領域において、製品を完成させるより先に顧客を掴むこと。
「いいサービス・いい製品があれば普及するというのは間違い。逆。売る力があるからいいものになっていく。営業の仕事は売ることじゃなく普及させること。製品を全部作り上げてからリリースしようとしたら、もう時代から外れている」
自分が金持ちになりたいから会社をやる人もいていい。ただし、その場合は「優秀な人を集めるな、1人でやれ」と牧野氏は語気を強める。社員と顧客を巻き込む以上、経営者には最後まで責任を取る覚悟が求められるからだ。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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