人気漫画『キングダム』の主人公・嬴政のモデルとなった秦の始皇帝。天下統一を成し遂げた稀代のリーダーは、なぜ統一後すぐに王朝を滅ぼしてしまったのか。早稲田大学の渡邉義浩教授に、中国古代史から読み解く理想のリーダー像と、現代経営にも通じる「創業」と「守成」の違いについて伺いました。
人気漫画『キングダム』の主人公・嬴政のモデルとなった秦の始皇帝。天下統一を成し遂げた稀代のリーダーは、なぜ統一後わずかな期間で王朝を滅ぼしてしまったのか。中国古代史を専門とする早稲田大学の渡邉義浩教授をお招きし、史実と漫画の交差点から見えてくる理想のリーダー像、そして現代の経営にも通じる「創業」と「守成」の本質について語っていただきました。
――『キングダム』に登場する人物は、史実とどこまで一致しているのでしょうか。
渡邉教授によれば、そもそも秦の時代を知る一次資料は前漢の司馬遷が著した『史記』が中心であり、そこに描かれた始皇帝像が実像を正確に映しているとは限らないといいます。「『史記』に書かれているけれども、その姿が本当に実際の始皇帝のことかは分からない」。新たに「秦王政」と呼ぶ出土資料も発掘されているものの、像が大きく塗り替わるほどの内容ではないとのこと。結局のところ、『史記』に基づく像をどう解釈するかという問題なのだといいます。
歴史の教科書では「暴君」として知られる始皇帝ですが、『キングダム』では志高い若き王として描かれています。これについて渡邉教授は、「始皇帝が暴君化するのは天下統一の後」だと指摘します。統一以前の姿は史料からも明確には分からず、漫画の解釈の余地は大きいというわけです。
秦は天下統一を果たした直後に滅亡しています。この現象を、渡邉教授は中国古典に遡って解説します。
「創業者の創業と、守成(しゅせい)は違うんだよ、という議論は唐の太宗・李世民とその家臣たちの間ですごく議論されていて、帝王学においても国を立てていくものとそれを守って継いでいくものは別なんですよね」
これは現代の経営にも通じる論点です。創業期と成長・安定期では、リーダーに求められる能力が大きく異なる。両方を一人でこなせる人物はまれであり、早めに役割を切り替えるほうが組織は長く続く、と渡邉教授は語ります。
その好例が徳川幕府です。家康は生前から将軍職を秀忠に譲り、続く秀忠もまた早期に家光へバトンを渡しました。さらに渡邉教授は、徳川幕府が四百年近く続いた理由として、「徳川家自身があまり国を経営することに執着せず、進化(家臣団)の役割分担に委ねた」点を挙げます。「神輿は軽いほうがいい」という言葉どおり、君主が神輿に乗るあり方の典型例だというのです。
対照的に、始皇帝は「全部自分でガリガリやる方」。創業の中心人物として強烈に国を立ち上げる一方、守成への興味は薄く、人間の欲望そのものである長生(不老不死)の追求へと傾いていきます。暴君化するのは、ある意味で必然だったのかもしれません。
――上場企業ではコーポレートガバナンスが機能しますが、皇帝専制の時代に暴走を止める仕組みはあったのでしょうか。
渡邉教授はまず「ガバナンスは誰のためのガバナンスか」を問い直します。民主国家の法治とは異なり、中国における法とは「支配者が法律を使って人々を支配するもの」。皇帝そのものをガバナンスで縛ることは、原理的にあり得なかったといいます。
それを補ったのが儒教の「天人相関」思想でした。政治の善悪が天に影響を与え、災害や異変として表れる。家臣はそれを根拠に「あなたの政治は良くない」と諫めることができたのです。
「その度に皇帝の欲しいままな政治を止めることができる、そんなシステムを儒教は持っていた」
一方、始皇帝を支えた韓非子ら法家思想は、君主が全権力を握ることを是とする立場で、家臣の力を借りるという発想に乏しい。前漢の武帝あたりまでは法家が尊重されますが、その後二千年にわたって儒教が正統思想として残ったのは、まさにこの「暴走を止める理論」を備えていたからだと渡邉教授は説明します。
戦国時代は中国史のなかでも特異な時代でした。陳勝・呉広の乱で陳勝が叫んだとされる「王侯将相いずくんぞ種あらんや(王や将軍は生まれながらにそうであったのか、いや実力でなるものだ)」という言葉が象徴するように、出自に縛られない人材登用が行われた稀有な時代だったといいます。
本来、周王朝の制度では本家の長男だけが王位を継ぎ、次男以下は諸侯に、その次男以下は大夫にと、血統で身分が固定されていました。その制度が崩壊する変革期だったからこそ、諸子百家が自由に思想を語り、実力主義が機能したのです。
また、当時の国家観は今想像するほど絶対的なものではなかったといいます。500年続いた春秋戦国の混乱のなかで、人々は「どの王に税金を納めるか」よりも「食べていけるか」を重視していました。渡邉教授はこれを「会社のM&Aみたいな感じ」と表現します。経営層以外は、給料が担保されれば会社が変わってもさほど抵抗感はない、という現代の感覚に通じるというのです。
商人出身の呂不韋が秦の宰相にまで上り詰めたエピソードも、戦国時代の例外性を示すものです。漢代以降、社会が安定すると儒教の「士農工商」の序列観のもとで商人は政治的に抑え込まれていきます。
「商人だけど宰相だ、というのは非常に珍しい時代」
呂不韋が貨幣で国を動かそうとした構想は理に適っていた一方、当時は国ごとに通貨が異なり、商売の成り立ちにくい状況でもありました。だからこそ、通貨と度量衡を統一し全土で流通させる発想が出てくる。商人の論理から見ても、天下統一は合理的な目標だったのです。
――言語が大きく異なる広大な中国を、どう統治していたのでしょうか。
渡邉教授は、その鍵は「文字」にあると説きます。話し言葉が地域ごとに違っても、漢字は表意文字であるため、発音が変わっても文字は同じ。アルファベットのような表音文字では発音が変われば綴りも変わり、別言語・別民族として分岐していきますが、漢字はそれを媒介として「中華」というまとまりを保ち続けてきました。
ただし支配に関わったのは、文字を読める1%程度の階層のみ。文字を介して支配層がつながり、民族はバラバラのまま統一性が維持される――この構造が、現代まで続く中国の独特な統治のあり方を形作っているのです。
始皇帝を題材にした今回の対談からは、現代の経営にも直結する示唆が浮かび上がります。
第一に、創業と守成では求められる能力が異なるという原則。第二に、トップを暴走させない仕組み(儒教における天人相関のような“諫める論理”)の重要性。第三に、混乱期にこそ身分を超えた人材登用が機能するという歴史の事実。そして第四に、通貨や文字といった「共通基盤」を整備することが統治と経営の根幹であるということ。
『キングダム』を一段深く読み解く視点として、また自社の経営を歴史のスケールで捉え直す手がかりとして、ぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
