シナジーマーケティング創業者・谷井等氏が、AI時代の企業経営、雇用のあり方、上場戦略、そして経営者の幸福論まで縦横無尽に語る。1999年のインターネット黎明期と酷似する現在、勝てる企業の条件とは何か。
シナジーマーケティングをはじめ7社ほどのグループ経営を手がける谷井等氏。今回は、AIによって激変するビジネス環境のなかで、経営者はどう構えるべきかを聞いた。
谷井氏はまず、現在の状況を「1999年とそっくり」と表現する。
「1999年後半、渋谷を中心にビットバレーという流れがあって、一部のテクノロジーギークたちがインターネットに熱狂していた。でも、まだ何も生まれていない状態だった。今のAIも同じで、すごいと言われているけれど、本当に実装してユーザーに提供している会社は世の中のごく一部。日常を変化させるほどのイノベーションはまだ生まれきっていない」
来年あたりから爆発的に変化が訪れる――それが谷井氏の見立てだ。
変化を予測するうえで谷井氏が意識しているのは、未来をできるだけ大胆に読むことだ。
「将来こんなに変わるだろうと思って準備していて、変わらなかったら『良かったね、準備できていたから』で済む。でも、そんなに変わらないだろうと思っていて変わってしまうと、もう手に負えない、間に合わないということになる。だからできるだけSFチックに、変わるという前提で物事を見ています」
谷井氏が好むのは、10〜30年先のテクノロジーが社会をどう変えるかを現実的に描いたSF映画だという。
ただし、谷井氏は2000年前後のインターネットバブルと現在には決定的な違いがあると指摘する。
「インターネットは公共プラットフォーム的なもので、誰も所有者がいなかった。だから誰かの意思で変わることはなかった。でも今のAIは、Anthropic、OpenAI、Googleといった一企業が提供する技術サービス。彼らの意思によって変化が生まれる」
つまり、AIインフラは全産業を飲み込もうとする力を持っている。この前提に立つと、戦い方のレイヤーは大きく3つに分かれるという。
- 最下層:標準LLMを提供する企業と直接対決する戦い(極めて困難)
- 中間層:LLMを活用してプラットフォーム上で戦う層(すぐに飲み込まれる可能性が高い)
- 上位層:AIが発展してもビジネスの根幹を揺るがされない業で、AIを最大活用する戦い
この「最大活用するレイヤー」での戦い方が今後のメインになる、というのが谷井氏の見方だ。
アメリカではすでに、シリーズBの資金調達を行う会社の約4割が従業員5人以下というデータがある。
「『今後最強の会社はAIを駆使した1人会社』と言われている通りだと思う。昨日も『AI駆使した1人会社で5000万売り上げています、来年は1億を超えていきます』という話を聞いた」
一方で、谷井氏は既存の雇用を守る立場も明確にしている。シナジーマーケティングでは2025年を「全員をAIスペシャリストにする年」と位置づけ、全社員に研修を実施。アカウント発行から実務活用、社内テストまで1年がかりの取り組みを進めている。
「メッセージは『我々は雇用の責任があるからこそ、みんなをAI人材にする』。うちで使うためではなく、どこに行っても通用する人材になってもらう。そうすれば、人を増やさなくても十分に仕事はできる」
社員が辞めると言ってきたとき、谷井氏のスタンスは一貫している。
「一度出ていこうと思った人間は出ていってしまうもの。引き止めても、その人の気持ちにはやらなかった後悔が残る。実際、外に出てから帰ってきてくれる人もいっぱいいるし、帰ってこなくてもその人の活躍を期待すればいい」
これは優しさではなく合理性に基づくスタンスだという。「合理で考えた結果、人格に見えるパターン」と谷井氏は笑う。
これから起業する若手経営者へのアドバイスとして、谷井氏は「一撃必殺」の重要性を強調する。
「複数の収益手段を最初から組み合わせるビジネスプランは、だいたい失敗する。利用料に加えてデータ販売、メディア化して広告収入……と積み上げないと黒字にならないということは、つまりそのサービスはパワフルではないということ」
まずは100億円規模の市場で10億円を取る事業に集中する。3億円が見えてきたら、次は100億円事業へのピボットを考え始める。松下電器の二股ソケット、楽天やDeNAも、最初から現在の形を狙ったわけではない。5年スパンで段階的にメジャーリーグを目指していく感覚だ。
セールスフォース時代の知人で、米国の世界投資責任者だったジョン・サムランジ氏との会話を、谷井氏は印象深く語る。
「彼が『日本の企業は早く上場しすぎだよ』と言った。当時はピンと来なかった。でも今、上場している友達を見ると『早く上場しすぎたんだな』と感じる会社がいっぱいある」
売上数十億規模で上場すると、本来は数千億円規模に育つ可能性があった会社がダメになる。中長期的に数百億規模まで成長してから資金調達手段としてIPOを使えば、グロース市場でも経営は成立する――谷井氏は今になってその指摘の意味を実感しているという。
問題は創業者利益や承認欲求に押されて急いでしまうことだ。
谷井氏の語り口は終始穏やかだが、現代の経営者が陥りやすい罠についての指摘は鋭い。
「2人とも上場しても、『あいつの時価総額は1000億あるけど俺は100億』みたいに、結局は表面的な数字の競争になって、競争の奴隷みたいになって生きていく。それが本当に幸せだったのか。比較の中にある目標ではなく、根本源的に自分は何をやりたかったのか。相対的ではない絶対的な価値観強者にならないと、心穏やかには生きていけない」
これは、ドーパミン中毒のように常に成長を求められるYouTubeメディア運営者の悩みに対する谷井氏の答えでもあった。
谷井氏のグループ会社・ペイフォワードには「事業ビジョン」ではなく「人材ビジョン」しかない。
「人は幸せになるために生きている。0歳から80歳のうち、20〜60代の最もアクティブな時間を仕事に使うわけだから、仕事は幸せに繋がらなきゃいけない。成長が幸せな人には成長機会を、安定がいい人には安定を、時短で働きたい人には時短を提供する」
価値観の幅(バンド幅)を広げた経営をする。なぜなら、20代で「徹夜で働くことが幸せ」と言っていた人も、結婚し子供ができれば「家族との時間が幸せ」に変わる。会社が一つの価値観を押し付けると、価値観が変わった瞬間に離職が発生してしまうからだ。
「経営学的にはめちゃくちゃ無理があるとは思う。でもそれがいいよねと思う人が集まれば、モラルマネジメントが効く。ルールマネジメントよりずっと幸せだと思う」
谷井氏自身、42歳で会社を売却し、世界を旅し、コロナ禍で家族との時間が増え、価値観は徐々に変化してきたという。
「やりがい、仲間(家族含む)、時間、健康、経済的な蓄え、承認欲求――これらの重要性は時に応じて変わってくる。健康なんて若いうちは大前提だけど、僕くらいになるとそこそこ大事になってくる」
だからこそ、自分の価値観を常に見続け、変わったら変わったと受け止める。これが谷井氏の生き方の核にある。
最後に谷井氏が示したのは、AI時代における経験豊富な経営者の優位性だ。
「AIには、人間の直感みたいなものまでは持ちきれない。声色からの印象、ファーストインプレッション、こういう判断はAIには難しい。だから年寄りの方がAI活用した経営に向いているかもしれない。隣に若者のAIを駆使できるやつをサブに置いたおっさんが一番強いかもしれない」
AIが進化するほど、人を束ねられて、なおかつAIも活用できる第六感を持つ経営者の価値は高まる。合理だけでは動かない方が、結果的に合理的になる時代が来ている。
谷井氏の話を貫いていたのは、「他人が作った欲望」ではなく「自分の内なる欲求」に向き合うことの重要性だった。資本主義の同調圧力のなかで成長を強要される時代に、絶対的な価値観を持って穏やかに生きる――これがAI時代を生き抜く経営者の条件と言えるかもしれない。
「世の中の人の何割がいい人だと思う?」という問いに谷井氏は「8割」と答えた。いい価値観で生きている人と、設けているけれど価値観の悪い人を並べたとき、世の中はどちらを良しとするか。多数がいい人を良しとするなら、関数として人類はいい人なのだ――そう信じて生きる谷井氏の姿勢に、これからの経営者像のヒントがある。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
