シナジーマーケティングを100億円で売却した谷井等氏が、能動的な経営姿勢、理念より黒字化、組織づくり、AI時代の経営観まで、中小企業オーナー社長へのアドバイスを語る。
谷井等氏は自身の年間スケジュールをデータ化し、能動・受動の比率を分析したという。結果は90%超が受動的な時間。「これはあかんなと思っている」と率直に語る。
行きたい場所に向かって歩いているはずなのに、「ちょっと来て」「ちょっと来て」と寄り道を続けてしまう。経営者は本来、目的としている活動のために時間を使うべきであり、自分からアポを取って人に会い、目指すものに一直線に進むべきだと谷井氏は説く。
一方で、若手経営者の時期、特に創業初期は事情が異なる。
「24時間呼ばれたらどこにでも行くぐらいでいい」と谷井氏。20代から30代半ばまで、深夜1時に布団に入りかけたところに「谷ちゃん、どこおんの?」と先輩から電話がかかれば、場所を聞かずに「行きます」と即答してタクシーで駆けつけていたという。
出ていくことで、人付き合いの仕方や社長たちの生態系を学べる。チャンスをもらえる。中堅クラス(スタートアップ業界では35歳前後)になれば選択できるようになるが、初期はとにかく動くべきだと語る。
谷井氏が東京に通い続けた理由も同じだ。「メディアに乗ったらもうその情報には価値がない」。その前段階で何が議論され、誰と誰が仲が良いのか――その輪の中にいることが最も重要だという。
IPOやM&Aで大きな金額が動く時代。谷井氏は時価総額について「ゲームのスコアぐらいに思っている」と表現する。売却して初めて現金になるが、その時に使い方を知らないと痛い目に遭う。
- 不要なものを買ってしまう
- 投資家としての評価軸を持たないままエンジェル投資をして失敗する
- 「俺はこれだけのことをやってきた」と脇が甘くなり、次の事業で鳴かず飛ばずに終わる
「あんまり大きなお金を持って幸せになった人を僕は知らない」と谷井氏は言い切る。生活水準だけが上がり、毎晩シャンパンを開けないと気が済まなくなる。それは1人の人間として生き方・あり方が定まらないまま、キラキラしたマーケットに翻弄されているだけではないか――。
谷井氏自身は売却後も「普通の経営者の日常より少し金遣いが粗くなった程度」だったという。元々地味であり、今も地味。それが幸福度の高さにつながっている。
シナジーマーケティングが組織として立ち上がっていった要因を、谷井氏は「僕と社員の信頼関係」と語る。
- 自分は従業員を幸せにしようと本気で思っている
- 社員は自分が掲げたビジョンの実現に夢を感じて入ってきている
このシンプルな関係性が核だった。社員数が20名程度になった頃、創業4年目にしてミッション・ビジョン・バリューを初めて定義。それまでは何もなかった。
価値観を浸透させるための努力は徹底していた。最大20人の枠で1回3時間の理念研修を、多い時は年24回開催。社員には最低でも年1回の受講を義務付けた。研修では過去1か月の社内トラブルや顧客との出来事を引き合いに、「我々のビジョン・ミッションに照らせばこうあるべきだ」と具体例で語った。
「人は最初に入った時に理解してくれていても、日々の実務で目先のことに追われ、北極星を忘れていく。だから年1回は北極星をここだよと見せてあげなければいけない」
組織が20人未満の段階では、阿吽の呼吸の世界。「一発当てる」「儲けてやる」という気概のある人材が集まることが先決だ。
「1番最初は理念なんてクソくらえやと思っといた方がいい」と谷井氏は語る。理念に縛られて身動きが取れず会社が倒れるよりは、まず黒字化すること。1円でも黒字なら会社は続く。1円でも赤字ならいつかキャッシュが尽きる。
日本の振興企業の98%は資金調達もせず、ほぼ100%の持ち株比率でやっていく経営。資本集約型の強烈な成長モデルを目指さないのであれば、「とりあえず儲ける」で走った方がいい、と谷井氏は明言する。
ミッション・ビジョン・バリュー経営は、戦後の焼け野原では成立しなかった。豊かになった現代だからこそ、人は仕事の意味を問うようになり、この経営手法が時代にフィットしている――しかしそれは流行であり、本質ではない、というのが谷井氏の見立てだ。
「AIを駆使できる人材が少数精鋭で集まった会社であればあるほど、大きなことができる時代になる」
谷井氏は、これが100年単位で起きるパラダイムシフトだと見る。19世紀の産業革命と似たタイミング。日本でも失業率20〜30%が普通になる可能性があり、ベーシックインカムの議論も現実味を帯びる。働かない人が大半となる時代に、経営モデルもまた変容する。
少数精鋭でAIを活用すれば資本がいらない。金融機関やベンチャーキャピタルの存在意義も変わる。「資本家が偉い」という世界観そのものが、5年程度で景色を変えるかもしれない。
物流の長距離トラックは無人化し、サンフランシスコでは無人タクシーが既に走っている。アノニマスなウェブデザイナーの仕事はAIに置き換わり、「あの人がデザインした」というバイネームだけが残る時代になる。
動画の最後、地方の中小企業オーナー社長に向けた助言として、谷井氏は2つのポイントを挙げた。
会社を成長させたいなら、会社を自分のものではないという認識を持つ必要がある。社用車、住宅費の一部負担など、個人的なものは全部自分で買い取る。「自分が豊かになりたい」と「会社を伸ばしたい」を切り分けることが大前提だ。
「ほとんどの企業が勉強していない」と谷井氏。教科書を用いた経営の基礎学習が圧倒的に不足している。応用ばかりやって我流になっている経営者が多い。
例えば組織設計には、職能別・事業別・マトリックスの3パターンしかない。それぞれにメリット・デメリットがあり、適切なタイミングがある。基礎を理解せずに「お絵かき」した組織図では、うまく回らない。
問題にぶつかった都度、本を1冊買って重要なところをパラパラ見れば見当がつく程度のもの。それすらせず、人にアドバイスを求めて走り出してしまう経営者が多い、と谷井氏は指摘する。
採用力・認知度・マーケットからの期待感は、いざという時の経営資源になる。星野リゾートの星野氏のように、業界全体について語るだけでも莫大な営業効果が生まれる。
「社長は特に初期、出ることに対しては無料だしどんどん出た方がいい。物事すべてが前向きに回る。会いたいと言われる側になれば、ファーストコンタクトで勝っている」
シナジーマーケティングも、2010年前後の最盛期には年200営業日のうち150日は何らかのメディアに出ていたという。メディア戦略で伸ばした会社、と谷井氏は振り返る。
ただし、自己顕示欲が会社の成長を上回ってタレント化してしまうと逆効果になる。出ること自体は良いが、目的との整合性は常に問い直す必要がある。
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能動的な経営、初期の理念観、お金との距離、組織づくり、AI時代の見立て――谷井氏の言葉は、100億円売却を経た経営者ならではの実感に裏打ちされている。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
