DeNA出身で組織開発のプロ・坂井風太氏が語る、強いカルチャーの落とし穴。ミッション・ビジョン・バリューが機能しない理由、事業フェーズに合わせた組織文化の見直し方、スタートアップが陥る「カリソメモメンタム」の危険性まで、組織が自滅するメカニズムを解き明かす。
組織開発のプロフェッショナルとして活躍する坂井風太氏は、元DeNAで事業サイドのリーダーや子会社経営、M&Aを担当した経歴を持つ。独立後は人材育成や組織開発を手がけている。
坂井氏が本動画で投げかけた問いはシンプルだ。「強いカルチャーの企業は本当に成功するのか?」。多くの会社を見てきた経験から、坂井氏はむしろ「カルチャーの設定によって自滅しているケース」のほうを多く目にしているという。
坂井氏は、組織カルチャーを次の3階層で整理する。
- 物理的人工物(ミッション・ビジョン・バリュー)
- 行動ルーティン(実際の行動様式)
- 組織内の信念(土台となる前提)
ミッション・ビジョン・バリューの策定が機能しないのは、それが「人工物」でしかないからだ。本質的に組織を動かしているのは行動ルーティンであり、その下にある組織内の信念である。
「人は環境によって育つ」と坂井氏は語る。組織信念を変えずに人材育成だけを叫んでも「人材育成、面倒くさい」となって終わる。順序としては、信念→行動ルーティン→人工物(MVV)であり、MVVは最後に固定化する材料として位置づけるべきだという。
強いカルチャーの会社が伸びるのは、市場が固定的で「この行動をすればいい」が明確な時期だ。市場が伸びていて行動量で勝負できる場面では、「ガッツでやり切ろうぜ」というカルチャーを徹底すれば事業は伸びる。
しかしこれが脆さの正体でもある。市場がシュリンクし、ガッツだけでは限界になったとき、強化されすぎたカルチャーは見直しが効かなくなる。組織理論で言う「シングルループ学習」(前提を見直さない)に陥り、「ダブルループ学習」(前提自体を疑う)ができなくなるのだ。
坂井氏自身、前職でクリエイティブ勝負を美徳化する空気が、本来データドリブンが最適なポジショニングのはずの事業を逆に脆くしていた経験を語る。「他社のかっこいいカルチャーを真似ることが、自社を脆くする」という視点だ。
スタートアップが陥りがちな失敗として、坂井氏は「カリソメ(仮初)モメンタム」と表現する。MVVを刷新したと宣言し、PR的に華やかに見せることで、見かけ上の勢いをつくる。しかし運用が伴わず、退職者が続出するケースは少なくない。
「カリスマ性、キラキラ感、言いたくなる気持ち」は分かる、と坂井氏。しかし「2010年代後半のスタートアップが失敗していった背景には、このカリソメモメンタムへの過度な依存がある」と分析する。
「抜擢人事」「信じて任せる」「率直なフィードバック」――こうした美しいバリューも、運用次第でカルト化する。
抜擢人事は、抜擢した後に本人が成果を出せる関係性や支援とセットでなければ、「リーダーをやってみたが向いていなかった」という挫折を生むだけだ。率直なフィードバックも、心理的安全性や余白がなければ、声の大きい人による一方的な圧力に変質する。
「自社は特殊なんで」と語り出した時点で、自社原理主義に染まり始めている兆候だと坂井氏は警告する。
10人規模から組織を拡大していくとき、最も注意すべきはピープルマネジメントだという。ワークマネジメント(行動管理・KPI管理)は書籍で体系化されているため学びやすい。一方、ピープルマネジメントは属人化しやすい。
初期は「人柄のいい社長」が全てのトラブルを巻き取れる。しかしミドルマネージャーを置き始めた瞬間、基盤がなければ崩れる。「全員が一段階下の仕事をすることになり、最も貴重な時間というリソースが奪われ始める」と坂井氏。売上は上がっても、トラブル対応で事業に向き合う時間が減っていく。
スタートアップ、特にSaaSやDX領域でよく起きる失敗が、異なる畑出身者によるマネジメント自論のぶつけ合いだ。創業者、プロCFO、メガベンチャー出身者、業界ベテラン――それぞれが「自分のやり方が正しい」と主張し合う。
「元○○ですから」と過去の所属を神格化する発言が出始めたら危険信号。事業フェーズによって最適解は変わるのに、過去の文脈を当てはめようとする。マネジメント研修の前に、経営陣でマネジメントの共通言語を持つことが先決だと坂井氏は指摘する。
坂井氏が繰り返し語るのは、「売上は全てを癒す」という神話の崩壊だ。売上が上がっている間は問題は隠れる。しかし踊り場を迎えたとき、企業の本当の強さが試される。
「成長ではなく膨張の始まり、らしさの損失」という言葉は印象的だ。メディアでの露出が増え、「あの企業はすごい」と褒められるほど、経営者は上澄みを見て現場の課題が見えなくなる。
対策として坂井氏が挙げるのは、情報戦のリテラシーだ。
- 変な情報を掴まされない
- 過去の有識者事例を学ぶ際は前提条件を疑う
- 「過小努力の事例学習」に陥らない(本当に突き詰めて検証されたものか)
DeNA時代にM&Aも経験した坂井氏に、PMI(買収後統合)における文化統合のコツを尋ねた。
「『どっちのカルチャーが正しい』というバトルをしない方がいい」と坂井氏。事業の現フェーズと文脈を踏まえ、「これとこれは大事にする、これは事業を伸ばすために変える必要がある」という合理的なセットで説明することが重要だという。
「事業を伸ばす、企業価値を上げるという大義は共通しているはず。それを起点に説明すれば納得は得られる」。元いたカルチャーを尊重しすぎることもまた、新しいフェーズへの足枷になる可能性がある。
坂井氏が伝えたかったメッセージは明確だ。
- 強いカルチャー神話に溺れない
- 強い筋肉だけでなく、しなやかな筋肉を持つ
- 自社カルチャー絶対主義になった瞬間、組織は危険水域に入る
- 健全な組織カルチャーには、体系的な人材育成・組織マネジメント理論が必要(批判的に自社を見るため)
「成功は逆襲する」――一見正しく見えることを疑う知性こそが、踊り場を迎えた組織を救う。事業モデルがフィットした後は、組織の戦いになる。坂井氏のこの言葉は、すべての経営者に向けられた警鐘だ。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
