NewsPicksを立ち上げ、社長まで務めた坂本大典氏。2023年に独立後は愛媛を拠点に、地方副業マッチング、英会話スクール、ホテル開発など複数事業を同時展開している。なぜメディアから地方へ軸足を移したのか。創業ストーリーから次の10年で来る「ローカル」の波まで聞いた。
坂本大典氏は、ユーザーベースの学生インターンとして働いた後、新卒でPwCに入社。しかし入社からわずか3ヶ月で退職し、ユーザーベースに戻った経歴を持つ。
きっかけは「電話番」だったという。2009年5月、ユーザーベースが企業向け情報プラットフォーム「SPEEDA」をリリースしたタイミングで、社長2人が営業に出るためオフィスで電話を受ける人手が足りなくなった。エンジニアでは電話対応が難しい。そこで安く働ける坂本氏に白羽の矢が立った。
大手のPwCを辞めるか迷いはあった。研修期間中の退職で、可愛がってくれた先輩への申し訳なさも残った。それでも飛び込めた理由は2つあるという。
ひとつは、品川のマンション一室で社長の妹が持ってきたカレーをみんなで分けて食べた、創業期の「同じ釜の飯を食った仲間」の存在。もうひとつは、OWNDAYS(オンデーズ)の田中修治氏のような先輩経営者から「1分でも早くユーザーベースに行った方がいい。キャリアで一番大事なのは、いかにレアな道を行くかだ」と背中を押されたことだった。
坂本氏が最初に任された仕事はSPEEDAのカスタマーサポートだった。当時は1人で24時間体制。問い合わせを受け続け、顧客の課題をシステム化に直結させていく日々だったという。
1〜2年経つ頃、SPEEDAの「ファン」と呼べる顧客が増えてきた。「これはいいサービスなんだ」と確信できたこの体験は、現在の事業運営にも生きている。
「最初のお客さんは徹底的にやれ。極論、うちのサービスで対応できないなら俺が紹介する。それぐらい絶対に満足させろ、というのをメンバーにも言っています」
坂本氏自身は当初、SPEEDAの海外展開を志望していた。しかしユーザーベース創業者の梅田優祐氏に呼ばれ「経営者になりたいんでしょ。だったらプロダクトを1から作ってビジネスをやる経験をした方がいい」と説得され、NewsPicksの立ち上げに参画する。
半ば強引な異動だったが、坂本氏には明確な軸があった。
「スタートアップで働く時に決めていたのは、一番大変な仕事をやりたいということ。一番ハードで自分を追い込める仕事がしたかったので、これをやれと言われたらやる、というスタンスでした」
NewsPicksは、坂本氏(ビジネス・プロダクト全般)、佐々木紀彦氏(コンテンツ)、杉浦氏(エンジニア)の役割分担で立ち上がった。
メディア企業の成長戦略を聞くと、坂本氏は迷いなく「サブスクリプションをきちんとやり切ったこと」を挙げた。
広告モデルだけに依存すると、規模が拡大するにつれてスキャンダラスで本能を刺激するコンテンツに引っ張られていく。しかし、そういう記事は瞬間的な課金は取れても継続しない。経済の真ん中にある真面目なコンテンツこそ、課金数は少なくとも長く続いてくれる。だからこそ、コンテンツに投資し、それで課金を取るインセンティブが働くサブスク中心のモデルが重要だったという。
もうひとつ重視したのが「メディアの文脈に沿った広告」だ。どこのメディアでも同じに見える広告では単価は上がらない。経済系メディアはエンタメ系に比べてビュー数が伸びにくいため、媒体の特色を反映した広告クリエイティブを設計することが単価向上に直結する。
メディア企業の上場については、IPOもM&Aも「ゴールにはならない」と語る。グローバル展開のように大きな資金を必要とする挑戦があるなら上場すべきだが、メディア単体でキャッシュが回るなら上場の意味は別途問われる、という考え方だ。
2023年に独立した坂本氏は現在、地方副業マッチング「クロスローカル」、英会話スクール「イングリッシュバジ」、愛媛の経営者コミュニティ「ローカル大学」、愛媛・今治のホテル開発、そして山口県周防大島の企業の取締役と、複数の事業を同時に動かしている。
その背景には、思考プロセスを意図的に変えたことがあるという。
「やりたいことがある→できるか考える→行動する、というのが普通のプロセスですが、僕はその真ん中をやめようと思った。実現可能性を考えない。ホテルなんてやったことないですけど、やりたい→やる→どうやる、の順番に変えた」
NewsPicks時代も、メディアを作ったことのない人間が作ったメディアだった。「こんなこと悩むのは無駄だ」と気づいたのが大きいという。自分の得意領域を考えず「やりたい」を軸に置き、そのうえで自分がやるべきこと/任せるべきことを切り分ける。これがスタートアップ立ち上げ経験者の強みだと語る。
坂本氏の現在のメインプロジェクトは、地方企業と副業人材をつなぐ「地域図鑑」サービスだ。特徴的なのは、掲載企業に「地方副業・年収1000万円換算」の条件を守らせている点だ。
「地方副業界隈には『地方はお金がない』というブランドができつつあるように感じる。地方は働きがいを求めて行く場所で、稼ぎに行く場所じゃない、と。僕はそうじゃないと思っている」
坂本氏が地方にコミットする理由は、地方産業こそグローバルで戦える日本の数少ない産業だと考えているからだ。食、インバウンド、ものづくり。これらに優秀な人材が集まれば、外貨を稼げる規模で爆発できる。しかも地方の中堅企業はキャッシュを持っており、それを使わない手はないという。
料金体系は掲載課金と成果報酬のミックス。「とりあえず出してみたい」だけの企業を排除し、本気の企業と本気の人材だけをマッチングさせるための設計だ。1期目(2024年4月開始)の売上は約5000万円、2期目は約2.5億円のペースで推移しており、5億〜10億円規模を早期に目指す。
坂本氏は、地方経済について新しい仮説を語る。
「中小企業の数が多すぎて、事業承継できない会社がいっぱいある。これから起こるのは、各地にある若いリーダーの会社の元に、周辺の会社がどんどん買われていくことです。地方豪族がどんどん生まれていく社会になる」
買収によってバックオフィスを集約し、筋肉質な体質に変え、雇用を守りながら利益を出し、そこから海外展開していく。地方企業同士のM&Aや合従連衡こそが、次の10年の地方経済を変える主軸になるという読みだ。
そのために必要なのはマインドセットの転換だと坂本氏は強調する。「なぜこの会社を買おうと思わないのか」と地方経営者にあえて問いかけているのも、選択肢の存在自体を示すためだ。
メディアという手段の可能性も否定していない。中小企業をしっかりカバーするメディアはまだ少なく、相性は良いと考えているという。
坂本氏は、自身の地方ビジネスを2008年前後のスタートアップ業界になぞらえる。
「リーマンショック直後はスタートアップに誰も行かなかった。それが歴史の積み重ねで、今は持て囃されている。今のローカルは、あの頃のスタートアップに近い。ポテンシャルはあるのに、当事者は『自分たちなんて』と思っていて気づいていない」
IVSやB Dashのような経営者コミュニティ、THE BRIDGEやTechCrunch、CNETといったメディアが地道にスタートアップを応援し続けたから、現在の盛り上がりがある。坂本氏は、自分はその盛り上がりを「見ていた側」だったと振り返る。だからこそ、次の10年は「ローカルの流れを作る側」に立ちたいというのが今の動機だ。
最終的に目指すのは「日本と世界をつなぐこと」。社名「クロスローカル」には、地方と都市、そしていずれは地方と海外をつないでいく意志が込められている。英会話スクールも、ホテルも、地元・愛媛の経営者コミュニティも、すべてはこのビジョンを実現するためのパーツだという。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
