DMM.com会長の亀山敬司氏が、仕事は合理的に、家庭は非合理に判断するという独自の哲学を語る。夫婦喧嘩の収め方から親子のスキンシップまで、経営者ならではの家庭円満術を紹介する。
DMM.comグループ会長として知られる亀山敬司氏。経営者として合理性を追求する一方で、家庭においては「非合理であること」が円満の秘訣だと語ります。本記事では、亀山氏が日々実践する夫婦関係の捉え方、家族とのスキンシップの取り方、そして「親孝行」としての物理的接触の大切さについて、対談形式で語られた内容をお届けします。
亀山氏は「亀山語録」の中で、仕事は合理的に判断すべきだが、人間関係、特に家族については非合理に判断した方がうまくいくと語っています。
「仕事は合理的に判断していいけど、人間関係、特に家族とかは非合理に判断した方がうまくいく。うまくいくというか、楽しめるよ、というぐらいかな」
夫婦喧嘩においても、ロジカルに正論を述べたところで関係が落ち着くわけではない、というのが亀山氏の実感です。価値観や考え方が根本的に異なる二人が一緒に暮らす以上、論理で分かり合おうとすること自体が無理筋だと言います。
奥さんと考え方が根本的に違うときはどうしているのか。亀山氏の答えはシンプルです。
「悪いと思ってなくても『ごめんなさい』って言って、それで収まる」
ある程度の年齢まで生きてきた人間同士、いまさら価値観が大きく変わることはない。多少の影響を受けて似てくる部分はあっても、基本的には「分かり合おう」と思いすぎてはいけない、というのが亀山氏の見解です。
例として挙げられたのが、お風呂上がりに浴槽の中で体を拭くか、外のマットの上で拭くかという些細な違い。これが原因で離婚した夫婦もいるそうですが、「どうでもいいっちゃどうでもいい」こと。お互いそれぞれのやり方で済ませ、無理に接点を持とうとしないのが共存のコツだといいます。
会社では絶対的な決定権を持つ経営者も、家庭では持ち分50%の「共同創業者」のような立場。このマインドの切り替えはどう行っているのでしょうか。
「会社では結構、山の大将じゃない。多くの仕事してる人の中で、家庭よりも会社の方がストレスないって人は多いと思う。経営者は特に、思い通りになるから」
一方、家庭は本当に持ち分が半々。互いに譲り合わなければならない場面が多く、納得がいかないけれど「分かりました」と引き下がる瞬間もあるそうです。亀山氏はそうした経験を「社員の苦労を家庭で味わっている」と表現します。マネージャーから言われて渋々従う社員の気持ちを、自宅で疑似体験できるというわけです。
基本的に一緒にいたいと思えるなら、その関係性は6対4で「いたい」が勝っている状態。だとすれば、こちらから優しくしたり、たまに花を送ったりすることで、それを7対3、8対2に高めていける、というのが亀山氏の発想です。
「離婚する気がなくていいところがあるなと思って、6割いいなと思ってたら、こっちからどんどん優しくするとか、たまに花を送るとか、なんでもいい。なんかやっていったら、これが7になったりすることもある」
結婚しないという選択肢もあったが、結局は「してよかった」と振り返る亀山氏。自分の思い通りにいかないことを知る経験、誰かと一緒に生きていく経験は、損になるものではないと言います。
近年、恋愛や結婚に対しても「コスパが悪い」「タイパが悪い」と語られることが増えています。資産を持つ起業家であれば、離婚時の財産分与を理由に結婚を避けるケースもあるでしょう。
しかし亀山氏は、それを合理性で片付けることに違和感を示します。
「仕事は合理性がないと成立しないから、合理的にすべき。でも恋愛とか結婚に対してまでコスパとかタイパが悪いと言うのは、そもそも仕事じゃないんだから。わけもなく夕日に向かって走れ、みたいな。そういうもんなんじゃないの、人生なんて」
プライベートにまで合理性を持ち込むことは「結構つまらないような気がする」というのが亀山氏の率直な思いです。
夫婦関係について語る中で、亀山氏が強調したのがスキンシップの重要性です。年齢を重ねるとときめきは減っていくものの、愛情は年々増えていく。だからこそ、物理的な接触を続けることが大切だと言います。
「奥さんとはもうしません、という人もいるけど、断られてもいいから行け、と。スキンシップは大事だし、せめてハグでもいい。女性はいつまでも女性でいたい気持ちがあるだろうし、断れる分にはいいじゃない」
たとえ断られても、相手にとっては「気持ちを向けられている」というメッセージになる。翌日のおかずが一品増える、といった些細な変化につながるかもしれない、というのが亀山氏の語り口です。
スキンシップの重要性は、夫婦関係だけでなく親子関係にも及びます。亀山氏は10年ほど前から、実家に帰るたびに母親をハグするようになったそうです。
きっかけは、武田鉄矢氏のラジオで「年寄りになったらスキンシップが本当になくなる」という話を聞いたこと。さらに、自身の祖母が亡くなる直前にしわしわの手を差し出してきた際、自分は握れなかったが息子が握ってくれた──その光景が心に残り、後悔として残っていたといいます。
「一緒にテレビ見てる時にいきなりガバッと(ハグした)。母ちゃんが『何すんじゃ』みたいな。最初は大変だった。タイミングが測れなくて、勇気を持って決心していった」
恥ずかしいのは親も子も同じ。だからこそ、勇気を持つべきは子の側だ、と亀山氏は言います。親はそれを嫌がりはしない。ハグでも肩もみでも、何かしらの物理的な接触を続けることが、最良の親孝行になるという考えです。
実際、亀山氏が周囲の若者数人にこの話をして「やってみろ」と勧めたところ、誰もできなかったとのこと。日本にはハグの文化がないため、それだけ難しい。だからこそ意識的に取り入れる価値があるといいます。
亀山氏は家庭内で、自分が悪くなくても一瞬で土下座できるという話も飛び出しました。理屈で反論したくなる場面でも、関係を保つことを優先して切り替える。徐々に「その方がいい」と学んでいったといいます。
「最初はちょっとこれ違うよ、と理屈を言ったりするけど、やっぱり理屈じゃない部分ってあるんだよね。会社の中にもそういう部分はあるけど、組織は基本的にある程度合理的な方向じゃないとまとまらない。せめて友達関係や夫婦・家族くらいは、合理的に動かない方がいい」
対談の終盤、亀山氏はユニークな視点を提示しました。
「AIから見たら俺らバグだからね。人さえいなければ、世の中すごく自動運転で回るのに、と思っているんじゃない。むしろ非合理であることが、人間にとっての勝ちかもしれない」
合理性が支配する時代において、非合理を楽しむ感覚こそが人間らしさであり、家庭円満の核心でもある──そうした亀山氏の哲学が、対談を通じて浮かび上がりました。
仕事は合理的に、家庭は非合理に。経営者として圧倒的な決定権を持つ亀山氏が、家庭ではあえて50%の立場を受け入れ、ときに土下座し、意識的にスキンシップを取り続ける姿勢は、多くの読者にとって示唆に富むものです。コスパやタイパでは測れない人間関係の機微こそ、人生を豊かにする鍵なのかもしれません。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
